第一章 第六話 道中

フランシアが語り出したのは、ある静かな夕暮れ、星見の丘に向かう道中のことだった。彼女はふと立ち止まり、木漏れ日を受けて輝く木々をじっと見つめていた。言葉を探しているような間の後、低い声でこう話し始めた。


「まだ私が小さかった頃、森の中で果物を集めていたの。夕陽が差し込む中で、ひとつの木の実が輝いて見えたの。ねえ、覚えてる?まるで星がそこに落ちたみたいな光だった。」


彼女の指先はその記憶を辿るように空中でそっと動いた。私は静かに頷きながら、彼女の言葉を待った。


「それに触れた瞬間、全てが変わったの。木々のさざめきが耳に溢れて、地面の振動が私の中に響いてきた。風が吹くたび、森全体が何かを語りかけてくるように感じたのよ。」


その声には、懐かしさと恐れ、そして何か深い悲しみが混じっていた。


「まるで森が私の中に入ってきたような感覚だった。でもね、それだけじゃなかった。森そのものが私を見つめている気がしたの。私の中に入るというより、私が森の中に溶け込んでいくみたいに。」


私はその言葉をどう解釈すればいいのか分からずに彼女を見つめていた。けれどフランシアはその視線を受け止め、さらに話を続けた。


「森は私に囁いたの。すべてが繋がっているって。私たちが歩く地面も、木々も、空を飛ぶ鳥も、すべてが一つの命の中にあるんだって。でもその命は、私たちが理解できる形では存在していないの。ただそこにあって、私たちを見守っているだけなのよ。」


彼女の言葉は一見単純に聞こえたが、その背後には深い意味が隠れているように思えた。私は思わず問いかけた。


「それじゃあ、森が語りかけてくる言葉って、どういう意味なの?」


フランシアは静かに目を閉じ、風が木々を揺らす音に耳を澄ませた。


「それはね、答えじゃないの。ただの問いなのよ。森はいつも問いかけてくる。『君は何者なのか?』『君はこの大地の上でどう生きるつもりなのか?』ってね。だけど、その問いにはどこか終わりがない。まるで森そのものが、問い続けることで存在しているみたいに。」


私はその言葉に息を呑んだ。問いそのものが存在であり、答えは永遠に到達しないものだという考えに触れたのは初めてだった。それはどこか哲学的でありながら、同時に詩的でもあった。


フランシアは微笑んだ。その微笑みはどこか諦めと慈しみの混じったものだった。


「森が教えてくれたのはね、私たちは答えを探す存在ではなく、問いを抱き続ける存在だってことよ。そして、その問いを抱き続けることが、生きることそのものなんだって。」


彼女の言葉が風に乗って森の中に消えていく。その瞬間、私の中で何かが震えた。彼女が言った「問い」が、いつしか私自身にも宿っているような気がしたからだ。

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