第6話 到着

 アギルべに声をかけられ、幌馬車ほろばしゃからルーベスは顔を脇の方へ覗かせる。すると、街道の横には休閑期で牛や豚、羊を放牧させ、大地を休ませている数々の農地が広がっている。その奥に視線を向けると小麦や大麦のような穀物が青々と生い茂り、ところどころに黄金色こがねいろの穂が実っている部分も見られ、それを挽くために設置されているであろう風車も点在している。そして、さらに目を凝らすと農民たちがくわすき、人によっては魔法を用いて田畑を耕しているところや次の作物の種を蒔いている農民の姿も小さいが確認できる。

 「すごい!こんな大きな畑初めて見ました!」 

 ルトヴァの畑は漁に出ない女性を中心に、村全体の共同で運営されている畑であり、交易に作物を出すということもなく、生産から消費まですべて村内で完結している小規模な農地であった。

 「そうだろ!ここはアウターベリー農場っていう帝国直下最大の農地だ。ここより大きな農地は外の国でもそうそう見られないと思うぜ」

 地平線のその先まで続いているのではないかと感じるほど、その広大な農場で生産された作物は皇都だけに限らず、帝国全体へ供給され、領内の食料供給総量の四割に相当している。そのため、昼夜問わず厳重な警備体制を敷かれており、アウターベリー農場で従事する農民は、反乱や脱走をされないように兵士や軍属魔導師に次いで、かなりの好待遇をされている。なかでも、帝国から支給されている黄金色こがねいろの腕章をつけて町へ行くと、帝国から直接認可が下りている店では料金がすべて無償になるといった特権は、地方ではあまり効果がないが、国から直接認可を受けなければ基本的に出店することができない皇都では、かなりの効力を発揮し、ほとんどすべての店が無償になるといった風だ。

 「ここまで来れたならあと少しで皇都だ。太陽が一番高いところに上る頃には到着してるだろうよ」

 「ほんとですか!」

 その声は軽やかに弾んでおり、「もうすぐ皇都に着く」という少年の嬉々とした気持ちが見て取れる。


――一時間後


 「見えてきたぞ!あれが皇都ラグジスだ!」

その声に少年はバタバタと荷台の上で音をさせながら、せわしない様子で荷台の縁に手をかけ、身を乗り出す。すると、遠くにあるはずなのに、すぐに手が届くのではないかという距離に錯覚するほど大きく堅牢なその灰色の城壁に気圧される。

 「あれが、ラグジス……」

 「どうだ、びっくりしたろ!帝国を越えて大陸最大の魔導都市だ。ルーベス、念願のラグジスを外から見た感想はどうだ」

 少年は息を呑み、数分間じっとラグジスを見つめる。

 「あんな大きな都市だなんて……想像以上で、えっと、言葉が出ないです……」

 ルーベスのその様子にアギルべはニヤニヤと笑いながら続ける。

 「今からその調子で大丈夫か?中に入ったら倒れるんじゃないか?ほら、検問だ。荷物全部持って、全部見せれる準備しな。聞かれたことに素直に答えればいいだけだから」

 ルーベスは鞄から出していた本を元に戻し、鞄のかぶせを留めるとそれを背負い、杖を持って、荷台の後ろから降りる準備をする。

 「そこで止まれ!」

 その大声がすると城門の前で馬車は止まり、アギルべが御者台ぎょしゃだいから降り、二人の検問官と会話を始める。

 「ノイフェンのオーゲン商会から来たアギルべ・バーデンだ。今日はノイザントからの品を売りに来た」

 今までのアギルべの柔らかく穏やかな雰囲気とは打って変わって、毅然としたその声への変わりように少し驚きながらもアギルべのそばへ少年は歩いていく。

 眉間に皺の寄った険しい顔で、その身に甲冑を身に着けた一人の検問官はアギルべが提出したであろう商人手形の紙へ手をかざす。すると検問官の手がぼんやりと淡い光を発す。どうやら偽装がないかどうか魔法で確認しているようだ。しばらく手をかざし、それを確認し終わると「確かに」とそれを商人へ返し、荷台へ向かい、危険な物がないか確認しに回る。すると、少年の方へもう一方の若い検問官が近寄る。

 「この少年は何だ」

 「街道で見かけてな。迷子かと思ったんだが、どうやらラグジスへ用があるらしいから一緒に乗せてきたんだ」

 アギルべは少年の頭にポンっと手を置き、その頭を優しくなでる。

 「少年、それは本当か」

 検問官の一人は少し屈み、視線の高さを合わせるようにし、「僕の目から目線を外さないで」とじっと少年の瞳を見ながら質問する。

 「はい、もうすぐ魔法学院で入学試験があるらしいので、それを受けるためにルトヴァから来ました」

 「なるほど、入学試験か。確かに三日後に行われる予定だな。そのために来たということだな」

 「はい」

 「よし、嘘はついていないようだ」

 そういうと男は深く目をつむり、再び目を開くとよいしょと腰を伸ばし、「一応、荷物の確認をしていいかな」ともう一度聞く。

 「は、はい。どうぞ」

 男はまずルーベスの体の上から下までポンポン叩くように触り、次に背負っていた鞄の中をひとつひとつ確認する。『魔法史』と書かれた本。クタルカ帝国の地図。数枚の金貨と銀貨が入った小袋。水の入った革袋二つ。いくつかの干物の入った食料袋。布にくるまれた数本の木の枝。それらすべてを見て、不審物がないことを確認する。

 「で、あとは杖だ。うん、大丈夫。変な物はないね」

 その一言に少年は安堵でホッと胸を撫でおろす。

 「こちらも確認が済んだ。通っていいぞ」

 貨物を確認し終えた検問官がこちらへ近づきながらそう告げる。その言葉を聞いたもう一人の若い検問官はもう一度少年の前で屈む。

 「ようこそ、ラグジスへ。試験、頑張ってね」

 「は、はい。ありがとうございます……!」

 ルーベスとアギルべは馬車へ戻り、堅牢な城壁の中、皇都ラグジスへ進んでいく。

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