第5話 お互いの話

 「いやあ、やっぱり人と食う飯はいいな」

 アギルべは屈託のない笑顔をルーベスに向けると、自身の木皿に盛ったシチューの最後の一口を幸せそうに頬張る。それを見て、ルーベスは半分ほど食べたシチューを掬いながら、満足げな彼に質問を投げかける。

 「アギルべさんはどうして僕に声かけてくれたんですか?」

 「ん?ああ」と話すのを渋りながらも言葉を発す。

 「こう見えても嫁とお前ぐらい、いや、もう少し小さいか。まあ、ガキがいてな。ルーベス、お前にな、後ろ姿が似てるんだ。黒くて少し長い髪。華奢な体。あいつは体が弱いから、お前みたいに砂漠を越えて旅をするなんて、到底できないだろうが、それでもかわいいやつなんだ……」

 彼は自身の息子の話を始めると、穏やかに燃える焚火をじっとあたたかな目で見つめながら、ポツリ、ポツリと言葉を紡いでいく。

 「たまにしか帰れないのに、帰ると絶対玄関まで父さん、父さんって走ってきて、旅の話してよって、キラキラした目で俺に聞いてくるんだ。それがたまらなく可愛くてよ……」

 アギルべはそう言うと「あっ」と声漏らし、恥ずかしそうに短いあごひげを触りながら、咳ばらいをする。

 「と、とにかく、うちのガキに似てたお前が、一人で街道を歩いてるのが心配になってな。だから声かけちまったんだ」

 「息子さんが大好きなんですね」

 ルーベスが目を細め、微笑みかけると「ああ」と男の口角が自然に上がるところが窺える。

 「俺の話はしちまったし、この際だからお前の話を聞かせてくれよ。魔法の勉強をしにラグジスに行きたいとは言ってたが、お前の故郷は海に面してるおかげで港町ノイフェン、ヘンデルほどじゃないにしても、交易商もそれなりに出入りして、周りの村よりは発展してるはずだ。俺が聞くルトヴァの話じゃ、外に出なくても不便はしないはず。それなのになんで村を出たんだ」

 アギルべは先程までとは打って変わって、真剣で、それでいて心配げな眼差しをルーベスに向ける。その言葉と眼差しに「えっと……」と弱々しく言葉を詰まらせながらも口を動かす。

 「僕、両親がいなくて、じいちゃんと二人で暮らしてたんですけど、二年前にその……、じいちゃんが死んじゃったんです」

 「そうだったのか。なんか、悪いな。思い出したくないだろ」

 「いえ、最初はもちろん泣いてばかりで悲しかったけど、今はもう、少し寂しいだけで悲しくはないんです。じいちゃん、しばらく寝たきりだったんですけど、死ぬ直前まで、お前が死ぬ時までそばで見ててやるって。元気な時からそう言ってたんですけど、それを言うときは元気だった時みたいに、今にもベッドから起きてくるんじゃないかってぐらい力強い目をしてて。ああ、じいちゃんならそれぐらいしちゃいそうだなって思うんです。それに、そのじいちゃんが手紙残してくれたんです。僕と村のみんな向けて一通ずつ。僕には一言だけ、外の世界を見て来いって。きっと、じいちゃんなりに背中を押してくれたんでしょうね……。だから、十三歳になって魔法学院に入学できる年齢になるまで待って、来月の頭に入学試験があるから村を出たんです」

 少年は自身の木皿に盛った残りのシチューを木で作られたスプーンでぐるぐると何度もかき混ぜながらそう語った。

 「そうか」とアギルべはつぶやき、どう声をかけるべきか考えを巡らせたが、良い言葉が見つからず、神妙な面持ちで、ただ一言。

 「お前は強いな」

 「そうなんですかね」

 「ああ、強いよ。俺がお前ぐらいのときは、ただ近所の奴と街を走り回って遊んでは傷を作って、そのたびに母親に叱られて、ほんとに何も考えてなかったよ」

 その一言に「ふふっ」と少年は目を伏せながら笑みをこぼし、男は「なんだよ」と不思議そうに顔を覗き込みながらも、その笑顔に釣られて口角を上げる。

 「なんだか想像できるなって」

 男は「うっせ、早くそれ食っちまえ」と真剣な表情を崩し、朗らかな顔で少年の脇腹を肘で軽く小突く。

 

――少年と男の旅の終わりまであと半日。 

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