第4話 シチューっておいしいよね

 少年が目を覚ましたのは辺りは暗く、静まり返り、動物や魔物が動き出す頃だった。外から香ってくる美味しそうな匂いに鼻をくすぐられ、少年は目を開ける。荷台から外を見ると周囲を木々に囲まれた森の中におり、パチパチと木がはじける音とトントントンという木と固い何かが一定のリズムで当たっている音が聞こえてくる。その音の方へ視線を向けると男が包丁でなにかを切っているところが見え、少年は眠たい目を擦りながら荷台を降り、男の方へと向かう。

 「なに作ってるんですか?」

 「ん?ああ、起きたか。シチュー作ろうと思ってな。わかるか?」

 「あ、わかりますよ!トマトとか玉ねぎを入れる煮込み料理ですよね!」

 「トマト?いや、入れないが入れるのか?」

 「え、シチューって赤っぽいサラッとした料理ですよね?」

 「いや、牛乳入れるから白っぽくなると思うぞ……?」

 二人はお互いの顔を不思議そうに見合わせ、ただの「シチュー」にも違いがあることに驚き、お互いが知る「シチュー」について語り合った。少年が知るシチューは魚とトマトを主とした野菜、そして鷹の爪が入っており、スパイシーで少し辛みがあり、食べると汗をじんわりとかくこと。対して、男の知るシチューはお肉を使う料理で牛乳が入っていることから、すごくまろやかで優しい味であること。男はそれを小さなころから食べて育ったということを語り合った。

 少年は会話の中であの小さな砂漠を隔てるだけでも、たったシチューだけでこれだけ食文化が違うということに興味津々だった。

 「ほかにもこんな風に名前は一緒だけど中身は違うみたいな料理もあるのかなあ……」

 「俺も驚いたぜ、小さい頃から食べてる飯がほかの地域だとそんなに違うなんてな」

 男は「ガハハ」と豪快に笑い、トントントンとまた野菜を切り始め、調理に戻る。

 「僕も何か手伝えることないですか?実は料理好きなんです」

 「お、そうなのか?小さいのにほんとよくやるな。でも、包丁一つしかねぇしなぁ……。あ、じゃあ、向こうに水と牛乳、あと鍋持っていってくれるか?」

 そういうと男は「水と牛乳は馬車の中に置いてあるぞ」と後ろにある幌馬車ほろばしゃを親指で指し示す。

 「わかりました!持ってきます!」

 そう一言いい、小走りで幌馬車へ向かうと、ヤギの皮でできた水筒と小ぶりなペール缶を手に取る。すると、その二つを鍋の中に入れ、パチパチと音を立ててオレンジ色の火を上げている暖かそうな焚火の方へと向かう。そうして鍋からそれらを取り出し、焚火の上に鍋を吊り下げる。

 「あの、先に炒めるならまだ入れない方がいいですよね」

 「そうだな、もう切り終わったからちょっと待ってくれ」

 男はまな板に切り終わった野菜とお肉、炒める用の木べらを乗せ、落とさないように鍋の中へ運び入れる。

 「なあ坊主、そういやお前名前なんてんだ?いやな、ずっと坊主坊主いうのもなんだなと思ってな……」

 男は鍋に入れた食材を炒めつつ、少し恥ずかしそうに自身のひげを触りながら聞く。すると少年は名乗るなんて全員が知り合いの小さい村にいたときにはなかったと新鮮な状況にこれからは名乗らないとダメなんだとハッと気が付く。

 「そういえば名乗ってなかったですね。僕はルーベスといいます。なんか改めて名乗るって恥ずかしいですね。おじさんはなんていうんですか?」

 と少年も先程まで話していた人に改めて名乗る恥ずかしさに少し照れながら頭を傾げながら掻いて、男の名前を聞く。

 「俺はアギルべ・バーデンってんだ。短い道のりだが改めてよろしくな。ルーベス」

 アギルべは食材を炒めていた手を止め、木べらを置くとルーベスに右手を差し出す。少年もそれに呼応するように手を出し、アギルべの手と固く握手をする。

 二人はその後もお互いの故郷の料理の話に花を咲かせながら、ゆっくりと長い時間を過ごしつつ交代で混ぜながら、牛乳の入った白くまろやかなシチューを作った。

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