第5話 へっ?ユーレイって何ですか?

アウロンド装具店 ーエミル・Dダイアナ・アサネー


 今日は朝から雨音が止まない。

 そういうことで店番もそれなりだ。


「ああ、よくやったな。」

 俺はギルドからの回覧文書を読んでそう思った。

ーマーミヤ郊外で大ムカデスコーペンドのアッケーノ討伐さるー

 ええと、なになに・・・


 呼び鈴が鳴った。俺は読みかけの回覧文書を置いて振り向いた。

「はい、いらっしゃい。」

 そこには幼い兄妹が立っている。

「おう、アルとクララじゃねーか。どうした?」

 近くに住んでいる子ども達だ。親父さんがいない。母ちゃんが女手ひとつで育てているので、いつも薬草を取ってきては生活の足しにしているようだ。えらい子達だな。

 じいちゃんなんか猫可愛がりで、薬草に少し色をつけて買ってやったりしている。

 しかし、朝からこの雨だ。薬草を摘んできたとは思えないが。


「母ちゃん、また調子崩したのか?」

 この子らの母親のエリーさんは少し体が弱い。たまに寝込むことがある。

「うん、ちょっとね。」

 兄貴のアルバートの声は弾まない。

「頭が痛いんだってぇ。」

 代わりに妹のクララが答えてくれた。

 雨が降ってるからな。気圧で頭痛がするくらいならまだいいんだが、いつもの風土病が悪さしているならいけない。

 俺の転生したこの国は島国で全体でサミオの国といい、ここはサナの国という一地方だ。

 昔からこの島国には特有の風土病があり、それは五感の感覚を失うという厄介なものだ。初期症状は頭痛や関節を伴う。

 クカイ病と呼ばれている。


「それで、要件はなんだい?アル。」

 アルは肩からさげたバックから何かを取り出した。

「これ、買い取ってもらえない?」

「んん?これはバックラーか?」

 バックラーとは腕を守るための小さな盾がついた防具ことだ。

「よく分かんない。母さんが物置を整理してたら出てきたんだ。死んだ父さんが使っていたのかもって。」

 おい、錆びついちゃいるがコレ相当な代物だぞ。でも右手用か?おかしいな、だいたい右手で剣を持つから右手用なんて珍しいんだけど。奇襲艇の右舷を主に弓で守るSスタボードチェイサーのやつの中には使うやついるかもな。

「だけど、それなら、父ちゃんの形見だろ?そんな大事なもの売っていいのか?エリーさんは知ってるのか?」


「・・・・その・・。」

「なんだ、黙って持ってきたのか?」

 うんうんとクララがうなづく。素直だね。

「お母さんの許しがないとダメだぞ。」

 ・・・おい。アル、なんでそんなに目に涙を溜めてるんだ?怖かったか?優しく言ったつもりなんだが・・・。


「おお、二人とも雨の中よく来たね。」

 じいちゃんが奥から出てきた。あら、もう菓子の入った箱持ってるわ。よく分かるな。

「おう、どうしたアル坊。このオジサンにイジメられたか?じいちゃんがやっつけてやろうか?」

 おい、じいちゃん。俺はイジメてもいないし、断じてオジサンではないっ!まぁ父親でもおかしくない年ではあるが。


 ふと、前世の息子と娘のことを思い出した。学ラン着てたな。じゃあ娘はJKになってたのかな?

 元気に生きていてくれればいいけど。


ー俺がいなくても、世界は回ってた・・・もんなー 全然関係なく。アルと同じだ。涙が出そうだわ。


「これ、おじいちゃん。」アルがバックラーを差し出した。

 バックラーを見るなりじいちゃんが爆笑し始めた。


「これを買えとな?ハハハ」・・・何がおかしいのだろう?

「じいちゃん、黙って家から持ち出したみたい。エリーさん知らないらしいよ。」

 じいちゃんはすでに虫眼鏡で覗いてウンウンうなづいてた。

「ええよ。買おう!」

「はぁっ?ダメだろ。」

「ええんじゃ。」

 じいちゃんは奥にもどってしばらくして帰ってきた。

「エミル、大金じゃ。ふたりを連れてエリーさんところまで送っておあげ。」

 そういってじいちゃんは金の入った袋を俺に渡した。


 俺は愕然とする。これ、この3人家族が5年は暮らせる額じゃないか!

 どういうことだ?それなら俺にバイト代弾めよ!


「ええんじゃ!それだけの価値がある。」


 それから俺は、いろいろな薬も持たされてエリーさんのところに送り出された。

 ふたりには言わないがこれはクカイ病の薬だ。じいちゃんは何か知っているな。


 店を出る時、クララが振り返って言った。

「バイバイ!ユーレイさん。」


 へっ?ユーレイ?何のことですか?

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