第22話 地上
縦穴を抜けて、天高くへと飛翔する。
水晶遺跡には居たのはわずか一日。二十四時間にも満たない時間だった。しかし何故だか長い間、遺跡にいたような気分だ。
太陽の光が懐かしい。
「わぁ〜! 綺麗……!」
ホタルが腕の中で感嘆の声を漏らした。
眼下を見下ろせば、荒廃した都市群があり、【終末の獣】による破壊の爪痕が激しく残っている。故に、とても綺麗とは言い難い。
しかしホタルが見ていたのは全く別の景色だった。
眼下の光景など目もくれず、視線は遙か水平線の彼方に向いている。
空は雲一つない快晴。
そして陽の光を反射してキラキラと輝く、大海原。海中から突き出た巨大な
いつも見ていた光景。しかし、しっかりと見たことのなかった光景。それはとても新鮮なものだった。
……確かに綺麗だな。
この世界は地獄だ。
その認識は今でも変わらない。しかし、こんなに綺麗な景色もあるんだということを初めて知れた。
……これもホタルのおかげ……か。
そんならしくもない事を思い、腕の中のホタルに視線を向ける。するといつのまにかホタルも俺を見ていて、ぱちっと目が合った。
至近距離で交差する視線。
陽の光を反射して紅く輝く瞳はまるで宝石のようだった。
「――ッ!?」
気恥ずかしくてどちらともなく視線を逸らす。
「あーっと、……降りるからちゃんと掴まっておいてくれ」
「ぅ……うん」
首に回された腕に力がこもった。
別に重力を操作しているのだから掴まっても掴まらなくても落ちる事はない。だから今の言葉は苦し紛れの言い訳だ。
なんてことを思いつつ俺は重力を操作して地面に降り立った。
するとその時、待っていましたとばかりに物陰から黒い狼型の魔物、
その数、八体。俺たちを取り囲むようにして唸り声をあげている。
以前までならば即時撤退を選んでいた相手だ。だけど今の俺にとっては脅威でも何でもない。
……せっかくいい気分だったのに。
だからだろうか。心に苛立ちが募る。
俺は右腕を前方に向け、
「――潰れろ」
俺の言葉通り、一瞬で
……倒すとこうなるのか。
初めて見る現象を興味深く観察しながら、左眼であたりを確認。物陰や建物の裏にも魔力反応がないことを確かめてからホタルと碑石を地面に下す。
「それにしてもすごい力だね……ですね」
「……ホタル。無理に言い直さなくても楽な話し方でいいぞ? 俺は気にしない」
「え? あ〜」
ホタルは困ったように頬を掻いた。
「これは私の中での決め事みたいなものなんです。外にいる時は気を引き締める意味も込めてこの口調にしています」
ホタルの言っている事はよく理解できる。
エリュシオンの隷属兵にもそういった人物はいた。口調で自分の中のスイッチを意図的に切り替える手法だ。軽い自己暗示のようなものだとその人物は言っていた。
「なるほど。時々外れるのは気が緩んでるってことか?」
「……むっ。意地悪を言いますね? 普段はこんなに外れないんですよ?」
口を尖らせたホタルが半眼で睨んできた。
「そうなのか?」
「そうなんです!」
強めの肯定が飛んできた。
「まあともかく、俺はどちらでもいい。それだけは言っておく」
「わかりました。お気遣いありがとうございます」
「礼には及ばない。……それで? ヴァルハラにはどうやって帰るんだ?」
「転移装置があります。ですが、その前に少しいいですか?」
「ん? ああ」
俺が頷くとホタルは胸元に付いていた機械の突起を押し込んだ。
通信機だろうか。ノイズの混じった電子音が聞こえてきた。
ホタルが通信機に向かって言葉を投げかける。
「こちら螢火隊隊長、特級探索者、
『………………』
しばらく待ってからもう一度。
「
『………………』
しかし、通信機はノイズを垂れ流すだけで、いくら待っても応答はなかった。
「ダメですね。爆発の時に壊れてしまったようです」
「転移装置に向かえばいいだけじゃないのか?」
「私たち二人ならそれで良かったんですが、碑石があると話が変わるんです」
「あぁ。なんとなく理解した」
転移装置というものがエリュシオンが使っていた転移ポータルと似たような物ならば、おそらく人一人分ぐらいしか転移させることができない。
これ程までに大きな碑石となれば、転移させる事は難しいだろう。
「おそらくヨゾラのご想像通りです。ですので先に連絡して巨大遺物用の転移装置を用意してもらおうと思ったのですがダメでした。ですのでこのまま向かいます」
「わかった。どっち方向だ?」
「――え……? ちょっ!? ヨゾラ!?」
ホタルを抱きかかえると目を白黒とさせていた。
「……? どうした?」
「なんで抱きかかえる必要があるの!?」
「いや、飛んで行ったほうが早いだろ?」
「あー……。はい。あっちデス」
「……?」
何だかよくわからないが俺は再び重力を操作。ホタルと共に再び空へと飛翔した。
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