第21話 禁忌録
とりあえず俺は自身の変化をそのまま受け止めた。
だから試しに打算を抜きにしてホタルのことを信用してみようと思う。
ひとまずは禁忌録の碑石をヴァルハラに届けるまでは。
「じゃあ、お返しに俺からの歩み寄りだ」
「……?」
ホタルが歩み寄ってくれたのだから、俺も歩み寄る。それが第一歩だと信じて。
ホタルは俺の言葉に首を傾げていたが、俺は構わず禁忌録の碑石に目を向けた。
「『人類は星に終焉を齎す――』」
「……なに……を……?」
俺は左眼で見た禁忌録を上から読み上げていく。
「『故に星は七つの禁忌を人類に課した。一つ――』」
「ちょっ! ちょっと待ってヨゾラ! まさか……まさか読めるの!?」
「ああ。右眼だと読めないが、左眼だと読める。不思議だな」
「不思議だな……じゃないって! いや、落ち着け。落ち着け私」
ホタルは自分に言い聞かせるようにして一度深呼吸をした。
「もう良いか?」
「うん。……じゃなくて、はい。大丈夫です。これは特級探索者として聞かなくてはならないことです」
ホタルが頷いたのを確認して、俺は続ける。
一つ、時間遡行。
二つ、星壊兵器の開発。
三つ、死者蘇生。
四つ、不老不死への到達。
五つ、魂の改竄。
六つ、完全知の取得。
七つ、境界の破壊。
禁忌を犯すことなかれ。
犯せば獣が全てを蹂躙する。
「これが禁忌録の碑石に書かれている内容だ」
どれも荒唐無稽な記述だ。
時間遡行はまず無理だとして、星壊兵器の開発、これは文字通りに読むのならば星を破壊するほどの兵器。その開発だろうか。ともかくそんな兵器を開発できるとは到底思えない。
その他の項目もそうだ。どれも実現不可能なように思える。
しかし最後の文、
ならば約三百年前、人類はこのいずれかの禁忌を犯したのだろう。俄には信じられないが、この禁忌録の碑石が正しいのならばそう読み解ける。
「そう……だったんだ。なら……! ヨゾラ!」
「なんだ?」
「私は何が何でも貴方をヴァルハラにお連れしなければならなくなりました。一緒に来てくれますね?」
ホタルは真剣な表情をしていた。
この反応は、おそらくヴァルハラは禁忌録に関して何かを知っているのだろう。
しかし知っていようが知るまいが関係ない。初めから俺の答えは決まっている。
「初めからそのつもりだ」
「ありがとうございます。では早速いきましょう」
踵を返し、スタスタと歩いていくホタル。
その背中に俺は声をかけた。
「ホタル。待ってくれ。これも持ち帰る」
「……? ですから、先に報告しなければ人員が足りません」
「いや、そうでもない」
ホタルは呆れていたが、それも当然。
俺はここまで足手纏いだった。魔力の枯渇しかけた右腕では何もできない。
しかしここに禁忌録の碑石があるのならば話は変わってくる。
……実際に見せた方が早いな。
そう判断した俺は右手を禁忌録の碑石に触れさせる。
そして次々と溢れてくる魔力を吸収し始めた。
「ぐっ!」
あまりの魔力量に目眩がする。【終末の獣】
「ヨゾラ!? 何を!?」
「大丈夫だ! 心配ない!」
どれだけ吸収しても禁忌録の碑石の底は見えない。
もしかしたらこれ一つで
俺たち隷属兵が集めていた
「ふぅ……」
数秒後、息を吐き、俺は碑石から右腕を離した。
【終末の獣】を吸収しても1%にも満たなかった許容量が今は満杯になっている。
これで当分は補充しなくても大丈夫そうだ。
……さて。これからが正念場だ。
俺は頭上を見上げ、起句を呟く。
「――
問題はここから約2000M上にある地上まで、天井をぶち抜けるかどうか。もしぶち抜けるのならば重力操作で禁忌録の碑石を持ち上げられる。
……やるか。
だがその前に、ホタルには近くにいてもらった方がいい。おそらくは土砂が大量に落ちてくる。万が一にも下敷きになってしまったら命はない。
俺は右腕をホタルに向ける。そして重力を操作した。
すると操作した重力に従い、ホタルの身体が浮き上がる。
「えっ!? ちょっと! ヨゾラ!? なにこれ!?」
「暴れるな」
それだけ言うとホタルは大人しくなった。
なので重力を俺の方向に変更。浮遊してきたホタルを抱き止める。
「危ないからじっとしててくれ」
「……うん。わかった」
腕の中でホタルは消え入りそうなほどに小さな声で呟き、頷いた。
俺は頭上に右腕を掲げる。
隣には魔力が無尽蔵に湧き出してくる禁忌録の碑石。この条件ならば俺は自身に宿った力を存分に扱える。
指定する範囲は前方の空間。天井をぶち破る勢いで重力を増加させる。
手加減はしない。初手から全力だ。
「――潰れろ」
まず初めに指定した範囲の地面が陥没した。その次に天井が次々と崩壊していく。
同時に大量の土砂が降り積もる。このままでは俺たちは生き埋めになる。
だけどそんな事は計算内だ。
土砂が地面に落ちる前に重力を一点に集中させ、圧縮する。
「ヨゾラ!? これ大丈夫なんだよね!?」
目の前で繰り広げられる非現実的な光景にホタルが面白いぐらいに慌てていた。
だから俺はしっかりと頷く。安心させるには毅然とした態度が一番効果的だ。
「ああ。大丈夫だ。信じてくれ」
俺の言葉にホタルは目を見開いた後、しっかりと頷いた。
「うん。わかった。私はヨゾラを信じるよ」
「ありがとう」
お礼を言ってから俺は天井をぶち破ることに集中する。
とは言え、燃費の悪さは健在だ。魔力はすぐに尽きる。
だけどその都度、禁忌録の碑石から魔力を吸収、再び天井を破るべく重力を操る。
それを幾度となく繰り返した。
そうして数十分が経過した後、ついに地上まで縦穴が繋がった。碑石の魔力はいまだ健在だ。
「よし。じゃあ行こうか」
最後に魔力を補充した後、禁忌録の碑石を周囲の地面ごと浮遊させる。ホタルは俺が抱きかかえた。
「……やっぱり、
俺はホタルを信じると決めた。
だから今更誤魔化す必要はない。そう判断して、俺は頷いた。
「ああ。悪いな。隠してて」
「別に責めてないよ。でも改めてありがとねヨゾラ。キミは私の命の恩人だよ」
「……感謝は受け取っておく。ただホタルのためにやった訳じゃない。自分が生き残る為だ」
「それでもだよ。……ありがとう」
ホタルはそういうと俺の首に腕を回して、力を込めた。
「……ならいい」
俺はそれだけ言うと、地上へと向けて飛び立った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます