第6話 桃太郎伝説 桃太郎&猿2
「おい、俺の武器を持って来い」
確かにこの瞬間にリュウは一度、桃太郎から視線を外した。当然にその隙を見逃さずに、桃太郎は斬り掛かった。が、避けられた。それどころか反撃までしてきた。
強い。桃太郎は素直にそう思った。
さて、どうしたものか。桃太郎はリュウを倒す手立てを考えならがらも、初めて自分と対等に戦える相手がいることに、喜びを感じていた。今までは佐助が何とか、桃太郎の相手をしていた。それでも、桃太郎が本気になってしまえば、佐助ですら相手にならなかった。
桃太郎は自分の本気を試すため、山に入り熊とも戦った。ただ、その熊でさえ桃太郎を本気にさせるには至らなかった。そのため、野盗など自分が本気になれるかもと思った者達と対峙した。が、本気にはなれず、不本意な武勇伝ばかりが増えてしまっていた。
そんな桃太郎が本気になれる相手が目の前にいる。
もう一度、振り上げて斬り掛かった。さあ、どう避ける?武器を持たない相手に桃太郎は油断した。
まさか、自分の懐に飛び込んでくるとは。それに合わせて一撃を受けた。
油断だった。嬉しかった。やはり、獣たちとは違う。
リュウを追いかけながら、様々な思いが桃太郎の中で湧いてきた。それでも嬉しい気持ちが一番大き事は、桃太郎自身も自覚していた。
ついに本気を出せるかもしれない。リュウが強いことが嬉しいのではない、自分が本気を出せるかもしれないから、嬉しいのだ。
ただ武力だけで吉備の、いやこの鬼ヶ島を制圧するのであれば、本気を出した桃太郎であれば造作もないことだった。例えリュウのような強者がいようともだ。
「ちょっと待って、なんかズルくない?」
「?、何が?ズルいの?」
ニカが何か、考え込むと言うよりも、思い出すかのような、そんな顔をしながら話を遮ってきた。
「結末聞いてきたけど、思い返してみたら最初から朝廷に殺されないようにって、話を進めていなかった?」
「えっ?そんなことないよ。ちゃんとどちらとも取れるように話した、つもりだけど。どうしてそう思ったの?」
「だって、桃太郎がそんだけ強ければ、朝廷もそう簡単に桃太郎を殺せないよね?」
「ああ、それね」
キッ、って音が聞こえそうなほどの鋭い目つきで、ニカが僕を睨む。
「リュウと桃太郎は、この話では強くしているよ。朝廷に殺される話だとそこまで強い必要がないからね」
「なんで?」
「うーん、この後の展開に係るからあまり詳しくは説明できないけど、桃太郎が弱ければ朝廷は色んな理由をつけて、桃太郎を殺せるでしょ?例えば、謀反の疑いあり、なんかで。だから、朝廷がそういう武力では敵わない、と思わせるくらいには桃太郎は強くなくてはいけない。って思わない?」
「それは、そうね。でも、そうしたら朝廷に殺される桃太郎は弱いの?」
ニカがまた考え込むような顔をしている。なんか、ただの昔話なのに考えさせてしまって申し訳ない気持ちになった。
「別に弱くなるわけではないよ。ただの好青年になるだけだよ。朝廷の行いに疑問を持っているし、朝廷が気に入らないけど、両親や家族を愛する好青年だと、朝廷にとってはそれなりに隙ができる。って事だよ」
「その隙を突けば、桃太郎はいくらでも殺せる。そういうわけね」
少し納得した表情を見せた。安心した。
「そこいらへんの話も、これからの展開聞いてからまた考えて欲しい。とりあえず、最後まで話しを聞いて?」
「分かった。なるべく止めないようにする」
なるべくなんだ。ニカはまた考える表情に戻った。
城門へ向かう途中、リュウはしきりに左右に首をふる。何かを探しているのは確かだが、何を探しているのかまでは桃太郎は分からなかった。
探しているものが武器なのか人なのか、どちらにしても厄介なことに変わりはない。どうしたものか、考えをめぐらしていると、リュウが燃えている家の中に入っていった。
くっ、一足遅かったか。しかし、桃太郎には本気を出せるかもという喜びのほうが大きかった。証拠に桃太郎の顔は笑っている。
燃えている家を物ともせずに、リュウが家を破壊しながら出てくる。手には刀を持っている。やはり武器を探していたか。桃太郎は表情を真剣な眼差しに変えて、刀を構えた。
構えた桃太郎を視界に捉えたリュウが、咆哮とともに桃太郎に襲いかかる。
一振り、二振りと空を切る。その音は豪風のようで、切り裂いた空気が震えているのが分かるくらいだった。当たらずとも、武器を手にしたリュウは不敵な笑みを浮かべている。
桃太郎の表情は変わらなかった。が、桃太郎は酷く落胆していた。
武器を持った途端に、リュウは弱くなった。野生の熊が武器を片手に暴れまわっていても、危険ではあるが、怖さはない。何も持っていない熊のほうがよほど怖い。
武器を持ったリュウを見て、桃太郎はそう思った。そう、刀の訓練をしていない、素人の刀。刀に頼り切った、刀の切れ味に頼り切った、野生の熊。ただ刀を振り回しているだけで満足している熊。
そこまで考えて、桃太郎は急速に冷めた。もう、いいか。
刀を中段に構え、ゆっくりと深呼吸を一回、二回。二回目の息を吐ききる前に、桃太郎が消えた。かと思ったらリュウの喉に刀を突きつきけた桃太郎の姿があった。
「リュウ、討ち取った」
桃太郎のこの言葉に、佐助を始め一緒に突入した者達全員が、同じように触れ回った。
「リュウ、討ち取った」
この声が聞こえなくなった頃、火事の消火も終わって、鬼ヶ島内には静寂が訪れた。
桃太郎たちは一夜にして鬼ヶ島を制圧した。
鬼ヶ島制圧後の桃太郎は、鬼ヶ島を乗取った。
リュウに変わり、鬼ヶ島内の政治を取り扱うようになった。桃太郎の政に異を唱える者達はいなかった。
桃太郎は鉄製品の適度な生産をして、近隣の町や村からの要望にも答えるようにした。そして、生産を安定させるため、たたら場などでの労働時間を決め、休みの日を決めた。
当然に、藤吉などの商人に対しても差別的な扱いをせず、というか、藤吉に限らず誰でも差別的な扱いはしなかった。
今までのリュウとの差があるが、そんな桃太郎の態度と鬼ヶ島内での政に誰もが喜んだ。
何よりも、製鉄技術を持っているだけで討伐を考えていた朝廷に対しても、桃太郎は堂々と立ち回った。鬼ヶ島内での反乱が完全に収まっていない、と朝廷に申し出て、その見張りとして桃太郎が居座ることを、朝廷に認めさせた。もちろん、それだけではなく、鬼ヶ島で作られた鉄製品もたまに朝廷に送ったりもしていた。
そんな事をしている内に、桃太郎は周辺の町や村を説得し、自分たちの配下に収め、忙しく手が回らないという理由で、桃太郎の両親、佐助や菊の家族たちも鬼ヶ島に呼び寄せた。
数年間忙しく準備を進め、ついに桃太郎は吉備の国を平定し、そこのトップとして朝廷に認めさせることに成功した。
これでアイツラの言い成りにならずに済む。それが桃太郎が一番感じたことだった。もう生涯、本気を出すことはないだろうな。治めている吉備の国を眺めながら桃太郎は、それでも民のために働くことに誇りを持っていた。
こうして、桃太郎たちは幸せに暮らしました。
めでたし、めでたし。
「これで終わり?」
「うん、一応これまでだけど、なにか疑問とかある?」
ニカが少し上を見ながら考える。
「疑問ではないけど、結構引っぱった割には結末があっさりしている気がするけど、何かあるの?」
「有ると言えば有るけど、そうすると、今度は違う物語になってしまいそうだからね。とりあえず、桃太郎の鬼退治としてはこの終わり方で良いかな、って思ってね」
「そうね、桃太郎の鬼退治はこれで終わらせたほうが良いかもね」
ニカは納得したような、納得していないような、なんとも言えない表情をしている。
「桃太郎以外のエピローグ的なものはないの?」
「桃太郎以外ね。そうだね、佐助はお話のまま生涯桃太郎に仕えた、かな。そうだ、サルとキジ、藤吉と菊は結婚しているね。後は、誰かいたっけ?」
「えっ、藤吉と菊は結婚したの?」
ニカが驚いた表情で僕を見る。
「うん、当然だよね。あれだけ愛し合っていたんだからね。桃太郎が鬼ヶ島をある程度掌握した段階で、藤吉から桃太郎に申し入れをして、結婚の承諾を得た。って感じかな」
そう。それだけ呟いてニカは少し嬉しそうだった。が、直ぐに表情を変え聞いてきた。
「そういえば、なんで暗殺されたと考えたの。今の話でも十分に通じそうなんだけど」
「ああ、それはね、物語を伝える人が居ないといけないよね?つまりね、桃太郎が吉備の国で独立した場合、当然に吉備の国で生涯を終えるわけだけど、これは前にも言ったけど、朝廷が話に出てこないのはおかしいと思うんだよね。逆に、桃太郎が朝廷に暗殺された以外、朝廷が話に出てこないとおかしいと思わない?」
ニカは考え込んでしまった。暫く考えてから答えた。
「そうよね。確かに桃太郎はいきなり鬼を退治に行く話になっているわね。最初の疑問にもあったように、鬼は何も悪いことをしていない、というか、鬼が何か悪さをしていた描写がないのも、おかしいと思ってはいたわ」
「そうだよね。朝廷を物語にいれるだけで、ファンタジー要素がなくなって、ほとんどのことが説明できてしまうんだよね」
ニカは、ゆっくりと何度か頷いた。
「これで桃太郎の物語は終わりで良いかな?」
「そうね、いいわ」
ニカはニッコリと満面の笑みだ。僕はホッとした。
「次も、お願いね」
思わず、ニカを見返した。ニカは満面の笑みのままだ。
ファンタジーの無い童話 @khuminotsuki02
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