第5話 桃太郎伝説 桃太郎&猿1

「さてっと、これで最初の疑問だったところは全部説明ついたと思うけど、どうかな?」

「どうかなって、どういう意味よ」

ニカの怒った顔が僕にゆっくりと近づいてくる。

「ちょっと待って。落ち着いて聞いて」

僕は両手を上げながらニカを制した。

「ここまでの話で、最初にニカが言っていた疑問を解決は出来ているはずなんだけど、どうだったかなってこと。ファンタジー要素も無かったと思うけど」

ニカが顎に指をおいて、考え始めた。

「うーん、確かにそうね。桃太郎は桃から生まれていないし、イヌ・キジ・サルがお供の理由も分かった。イヌとキジが忠臣でサルが裏切り者ね。そして後は…」

「キビダンゴと鬼がなんの悪さをしたのか?だね」

「そうだったわ。キビダンゴは食べ物じゃあなくて、吉備の国を手も足も出せない団子にするってことね。そして鬼ね、鬼が何か悪さをしたっていうのではなくて、鬼が製鉄技術を持っていた。その事自体が朝廷にとっては許せなかった。だから、鬼を退治しにいった。そういう事ね」

ニカは、コクリ、コクリと納得したかのように何度が頷いた。

「じゃあ、この桃太郎のお話はここで終わりなの?」

子どもの上目遣いでの懇願はズルいと思う。

僕は頭を掻きながら答えた。

「いや、続きはあるんだけど。正直に言えば結末をどうしようか迷っているんだよ」

「なんで?このまま鬼を退治してめでたしめでたしじゃないの?」

ニカが小首を傾げながら純粋な目でみつめてくる。

「鬼を退治してめでたしめでたしになると思う?」

僕の質問にキョトンとした顔をして、暫く固まった。

「朝廷は鬼が製鉄技術を持っているだけで、鬼と呼んで、それを退治させているんだよ?そんな朝廷が、見事に鬼を退治してきた桃太郎を褒め称えて、褒美を上げて、穏やかな老後生活を送らせると思う?」

僕は補足を入れた。

僕の補足にハッとした顔をして、僕の方を見てきた。

「桃太郎は朝廷に殺された?」

「うん。僕が調べたことから考えるとね。朝廷が桃太郎の童話の中に全く出てこないでしょ。それに、金銀財宝を持ち帰り幸せに暮らしました。って少しおかしなところがあるよね?だって鬼退治をしたときは、まだ若いはずなのに、鬼を退治して幸せに暮らしました、で、その後の活躍なんかもないんだよね。当然にその後も何かしらの戦果を上げているはず、何だよね、桃太郎の実力を考えるとね。まるで誰かが桃太郎の冥福を祈るように、物語の中だけでも幸せになるように。そんなふうにも受け取れるよね?」

僕の言葉にニカは考え込むように押し黙ってしまった。

僕はニカの言葉を待っていたが、ニカは押し黙っているままだった。

「だからね、この桃太郎の物語をそのまま朝廷に暗殺される物語にするのか、または、桃太郎たちが幸せに暮らせたかもしれない、そんな物語の結末にするのか」

「桃太郎たちが幸せに暮らせたかもしれない。って、そんな事出来るの?」

ニカがバッと僕の方を見て、僕の言葉を遮って疑問を投げかけてきた。

「うん、一応ね。でも、その結末は僕の想像した、創作に近いものになっちゃうからね。僕が調べた資料にはそのような記述は無かったからね。さっきも言った通り、朝廷に暗殺された、って考えた方が信憑性が高いと思うんだよね」

「でも、桃太郎たちが幸せな結末もある訳よね?じゃあ、そっちの結末にして。それとも何か問題でもあるの?」

「うん、結局は僕の創作だからね。ファンタジー要素を無くした物語にならないかもしれない」

あっ、ていう顔をしたかと思えば、考える顔、悩む顔とコロコロと表情が変化する。

「ちょっと確認させて。今悩んでいるのは、朝廷に暗殺されるパターンと幸せになるパターンのどちらかで悩んでいる、ってことで良いのよね?」

ニカは暫く悩んだ末にそう言ってきた。

「うん、そうだね。時間があれば他のパターンも思いつくかも知れないけど、今はそのどちらかだね」

「分かったわ。じゃあ幸せになるパターンでお願いするわ。創作でも現実的であれば問題ないわ」

ニカが真っ直ぐな視線で期待の眼差しを向けてくる。僕に期待されても困るけど。

「分かった。じゃあ続きから始めるね」



  決行の日、藤吉はリュウとその取り巻きたちにしこたま酒を飲ませた。

  リュウ達は底なしのように酒を飲んだ。数日前には峰吉を切り捨てているのに、何も感じずに酒を飲んでいる姿を、藤吉は苦々しい思いで見ていた。

  トキの言っていた男がどこまで信用できるのか、リュウに本当に勝てるのか、それが分からない。藤吉は念を入れてリュウの武器を隠した。

  リュウ達が全員寝たのは夜も大分深けた頃だった。

  表に出ると、鬼ヶ島内の人たちも寝静まっている。遠くのほうでたたらを踏む音が聞こえる。いつもと変わらない日常の風景だ。

  これから起こることを考えると、藤吉は少し申し訳ない気がした。が、先程までのリュウの態度と、もう峰吉が居ないという寂しさで、その申し訳なさは消えていった。自分がこの理不尽を変えるんだ、そんな強い思いも湧き上がってくる。

  藤吉は不安な気持ちを掻き消すように、力強く地面を踏みしめながら門に向かった。

  門を静かに開ける。

  徐々に開いていく門から、一番最初に見えた顔がトキだったので、藤吉はホッとした気持ちになった。が、トキのすぐ後ろに大男の影が見え、藤吉は足がすくんでしまった。

  リュウも大きいが、この男も同じくらいか?だが、この男のほうが細く見える。

  「桃太郎だ。よろしく頼む」

  桃太郎と名乗った男が手を差し出してきた。

  端正な顔立ちに、透き通るような声、鍛え上げられた肉体。リュウの方が大きく見えたが、違う。桃太郎の身体は引き締まっているのだ。そして力強く握られた手から伝わってくる自信。

  藤吉は桃太郎と握手をしながら震えていた。その震えが恐怖からなのか、武者震いからなのかは、藤吉には分からなかった。

  「桃太郎様、準備整いました」

  その言葉に藤吉はハッとした。桃太郎に魅入っていた自分に気づいた。同時に桃太郎の後ろに松明を持った人間が何人かいることにも気づいた。

  「藤吉、これからのことを話すわ」

  トキが声を掛けてきた。そしてこれからのことを説明した。

  トキを含めた松明を持つ者達で建物に火を付け、騒ぎを大きくする。その騒ぎに乗じて、藤吉はリュウのところまで桃太郎を案内する。リュウのところまで行くのは、藤吉、桃太郎、そして佐助。リュウとの一騎打ちの邪魔になる者を佐助が打ち払うためだ。

  簡単だが、リュウを寝かしているし、それほど警戒することもないだろう。と藤吉は考えた。

  「桃太郎、これを」

  藤吉が刀を桃太郎に渡した。

  「ほう、これはすごい」

  藤吉から受け取った刀を、桃太郎は一振り、二振りと素振りをしている。その素振りの一つ一つが洗礼されている。藤吉はまた魅入ってしまった。

  「よし、行くぞ」

  桃太郎の静かだが、良く通る声で号令を発した。

  トキを始め松明を持った者達が、素早く鬼ヶ島内へ入って、建物に火をつけていく。火がある程度大きくなると、

  「火事だぁ」

  皆が口々に大声を上げる。その声を聞いて、寝ていたであろう者達も表に出てくる。そして騒ぎが大きくなり、人々が避難やら、火消しのためにそれぞれが動く。

  その動きを見て、藤吉、桃太郎、佐助は静かに、素早くリュウの元を目指す。

  リュウが寝ている建物が見えてきた。が、その建物の前に人影が見える。

  誰だ?この時間この建物にいる者は居ないはず。藤吉は警戒のため少し速度を落として近づいた。

  「誰だぁ、お前らはぁ」

  リュウだ。馬鹿な、さっきまでいびきをかきながら寝ていたのに。藤吉は驚きで声も出ず、立ちすくんでしまった。

  そんな藤吉の様子を見て、桃太郎も立ち止まって刀を構えた。

  「どんなに横暴な事をしていても、村に危機が迫ったときは誰よりも先に察知して、状況を把握しようとする。伊達に村長を名乗っていないってことか」

  桃太郎がリュウという人物を見極めるように言った。

  桃太郎のその言葉で藤吉はハッとした。そういえばそうだった。村の中で火事などの災害があった時は、リュウが真っ先に現場に居た。リュウという人間はそうだった。特にたたら場などで使うからなのか、火や火事なんかには敏感だった。

  ぼんやりと考えていた藤吉をよそに、リュウと桃太郎は対峙していた。武器を構えている桃太郎と素手のリュウ。お互いがお互いを見据えて動かずにいる。

  リュウと取り巻きが寝ていた小屋の扉がガタンと揺れた。

  「おい、俺の武器を持って来い」

  リュウの叫び声を合図に、桃太郎、そして佐助と呼ばれていた男。二人が同時に動き出した。

  佐助はその小屋の扉に向かって走り、桃太郎はリュウに向かって脳天から真っ直ぐに切りかかった。が、リュウは半身になって避け、その体制のまま桃太郎に殴りかかる。桃太郎もリュウの拳を後ろに飛んで避けた。

  強い。藤吉は呆然とするだけだった。

  ドサっ。音のする方に目を向けると、小屋の扉がなくなっており、男が一人倒れていた。その傍らに佐助の姿が見える。この男もまた強い。

  何よりも、佐助は桃太郎が切りかかったのを見ていない。桃太郎も佐助の動きを見てはいない。だが、佐助は桃太郎がリュウに負けるとは考えてもいない、桃太郎も佐助が邪魔者を排除してくれることを疑ってはいない。このお互いの信頼関係が今の一瞬の出来事で分かる。

  リュウもそれに気づいたのか、佐助から離れるように少しずつ距離を取る。

  それをさせないように、桃太郎が斬りかかる。桃太郎が刀を振り上げた、その懐にリュウは飛び込み、その拍子に桃太郎の腹に一撃を加えた。

  ぐっという声が桃太郎から漏れる。その隙にリュウは藤吉たちが来た方向へと走り出した。すぐさま桃太郎、そして佐助がリュウを追って走り出した。

  藤吉が見たのはここまでだった。追いかける必要が無かったし、追いかけたところでなんの力にならないのは先程の攻防でよく分かった。それに、何でリュウは城門の方へ逃げていったのかも分からない。武器を求めてなのか、仲間を求めたのか、それとも桃太郎との実力差が分かって、鬼ヶ島から逃げ出そうとしたのか。藤吉には憶測すらつかなかった。

  藤吉は何も言わずに、桃太郎たちが燃やした家の消火を手伝った。

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