第4話 桃太郎伝説 猿2

  朝、峰吉が起きる前には藤吉は宿屋に戻った。

  ほとんど寝ずにいたが、藤吉は夢見心地だった。

  その日一日仕事が手につかず峰吉に怒られたが、藤吉は夢見心地から醒めず、もう一度会いたい、ただそれだけを考えていた。

  なぜなら買付の予定の品は今日でほぼ揃ったので、明日には鬼ヶ島へ帰る予定だった。殊更に藤吉は会いたがった。

  もう会えないかもしれない、そう思いながらも藤吉は宿屋に着いたが、昨日と同じ時間くらいに宿屋の外へと出た。

  辺りを見回した。居た。胸が高鳴るのが分かる。

  またニッコリと微笑む。吸い込まれるように藤吉はフラフラと歩いていく。

  そしてまた熱い夜を過ごす。

  「俺と一緒に来てくれないか?」

  藤吉は真剣な顔でその美人に話し掛けた。

  キョトンとした顔で美人は返した。

  「惚れた。結婚してくれ」

  藤吉は鬼気迫る顔になっていた。

  美人はコロコロと笑ってから、

  「まだお互いに名前さえも知らないのに、急に何を言っているの?」

  ハッとした顔をした藤吉は慌てて自分の名前を名乗った。

  「あたしは、トキ。よろしくね、藤吉」

  「じゃあ、俺と一緒に来てくれるのか?」

  またコロコロと笑い出した。笑っている顔も美しいなと藤吉は思った。

  「あたしにも準備があるの。そんなに直ぐには行けないわ」

  確かにそうだ。藤吉は自分が焦っていたことを少し恥ずかしさを覚えた。だが、ここでそのままお別れは絶対に嫌だ。藤吉は必死にどうすればよいのかを話した。

  話し合いの末、トキが鬼ヶ島の近くまで通う事になった。

  鬼ヶ島で木こりたちが使う小屋が、鬼ヶ島の近くにあるのだ。そこにトキが通って準備の進捗や、現在の状況を報告して、結婚に向けての準備を進める事になった。


  「桃太郎様、鬼側との接触は上手くいきました」

  「菊か、流石だ、良くやった」

  桃太郎はキジに労いの言葉を掛けるも、その表情は優れなかった。

  「周辺の町や村を調べてはいるが、鬼側に強い恨みや憎しみを持つ者達がほとんど居なかった」

  桃太郎に代わりイヌが説明する。桃太郎の表情が晴れない事をキジは悟って、

  「つまりは、少数精鋭での戦いか、お金で人を集めるかのどちらかになる。と」

  桃太郎とイヌが静かに頷く。

  「だから菊、お主には負担をかけるが鬼ヶ島内の情報がもう少し欲しい。頼めるか?」

  「はっ、お任せください」

  「こちらも引き続き周辺の村などを回ってみる」

  桃太郎、イヌ、キジはそれぞれ見つめ、頷きあった。


  藤吉は浮かれた気持ちと、来ないのではないかという不安な気持ちでその日を過ごした。

  鬼ヶ島の外へ出るには、必ず城門から出なければならない。しかし、藤吉は屋根を伝って城壁を越えられる場所を知っていた。子供の頃に峰吉といっしょに遊んでいたときに偶然見つけ、大人たちには秘密にしていた場所だ。

  小屋の前に立つと緊張で息ができなくなりそうなほどだった。

  ゆっくりと小屋の扉を開ける。居た。

  窓から差し込む月明かりに照らされて、間違いないトキだ。トキは藤吉が来ないなんて考えていないかのような微笑みを藤吉に向けた。

  嬉しさと疑ってしまった罪悪感とで、藤吉は恥ずかしくなりすぐにトキを求めた。

  「ねぇ、あたしが鬼ヶ島に直接行くのは何か不都合でもあるの?」

  しばらく愛し合った後にトキが聞いた。

  「うん、まあ」

  ははっと、藤吉は力なく笑って誤魔化そうとした。

  「ねえ、はっきり言って」

  トキが険しい顔で問い詰める。藤吉は更に誤魔化そうとしたが、それを遮るようにトキが続けた。

  「今日もね、ここに来るまでに何度か男に襲われそうになったの。幸いに今日は逃げることが出来たけど、次はどうなるか分からないわ」

  そうだよな、これだけの美人を他の男達がほっとくわけないし、力ずくで手籠めにしてしまうこともあるかもしれない。

  しかし。だ。それは鬼ヶ島内でも同じことなのだ。

  藤吉は自分の情けなさを感じながらも、どうして良いのか分からない。しかし、他の男に取られるくらいならと考え直した。

  藤吉はトキに素直に鬼ヶ島内での自分の置かれている状況を説明した。

  身分が低いこと、そのため上の者達から蔑まされていること。そして何より村長のリュウがトキのことを放ってはおかないだろう。と話した。

  リュウは今までも自分の気に入った女がいれば、人の女房であろうと襲っていた。もちろんリュウに対して反抗した者もいたが、リュウは力でそれを抑え、誰にも反対をさせなかった。

  それほどまでにリュウの力は強かった。藤吉を絶望させるくらいには。

  「あたし、そのリュウって男よりも強い人を知っているかも」

  トキのその一言に藤吉は固まった。

  そんな訳がない。あのリュウよりも強い?そんな男がこの世にいるのか?

  藤吉は信じられない気持ちで一杯だったが、トキはそんな藤吉をよそにその男の武勇伝を話していった。

  熊を倒した、盗賊を一人で制圧した、無双と言われた大男を倒した。など、トキの口から信じられない武勇伝が語られる。

  藤吉は途中から反応することを辞めた。いや、反応することが出来なかった。その男とリュウどちらが強いのだろうか、もしリュウを倒せる者がいた場合、鬼ヶ島はどうなってしまうのだろうか。藤吉にはそんな考えが浮かんでは消えてを繰り返していた。

  「ちょっと、ボーッとして大丈夫?」

  トキに言われて藤吉は我に返った。

  「その男の名前を教えてくれないか?」

  「ごめんなさい。あたしにも立場があるから名前は教えられないわ。でも、安心して、信頼できる人よ」

  その言葉で藤吉は軽い嫉妬心を抱いた。だが、それよりも確認しなければならないことのほうが多い。

  その男と直ぐに連絡がつくのか、報酬は必要なのか、腕っぷしだけ強くて性格が悪くリュウの代わりに鬼ヶ島を乗っ取るつもりなのか、などを聞いた。

  トキの返答は全てに答えたわけでは無かったが、それでもある程度は信用できそうな人物だと藤吉は思った。

  ふっとロウソクが消えた。時計代わりにしていたロウソクだ。もう戻らないとならない。

  結局、藤吉はリュウを討つためにその男に頼むのかは保留にした。とても興味を惹かれるが、リュウを討つことによって鬼ヶ島内がどうなるのかが心配だったからだ。

  そして、また5日後にここで会う約束をして、トキと分かれた。

  家について、藤吉は少し横になった。

  思い浮かんでくるのは当然トキのことだ。そこから男の話。そしてリュウに今までされてきたこと。そして鬼ヶ島に住む人々の事。

  自分はこの鬼ヶ島の人たちを裏切ることは出来ないな、藤吉はそう思った。確かにリュウにヤラれたことを考えれば、リュウに一矢報いたい気持ちにはなるが、だからといって島の外の人間の力を借りてまでそうしたいとは思わなかった。


  「桃太郎様、朗報がございます」

  「菊か、申せ」

  菊は藤吉から聞いた鬼ヶ島内の状況を説明した。

  「ほほう、鬼側も一枚岩ではないと言うことだな」

  「はい、それどころか上手くいけば、サル、を作れるかもしれません」

  桃太郎はニヤリとしたが、一瞬で真剣な眼差しに変えた。

  「良くやった、菊。引き続き鬼ヶ島内の状況を調べてくれ。それにサルに固執はするな。あの城門さえ開けばどうにかするからな。それに鬼ヶ島内が菊の言う通りならそれほど兵も必要ない、ということだからな」

  佐助が桃太郎に代わり労いの言葉を掛けた。菊は小さく頷く。

  桃太郎も佐助の言葉に頷く。桃太郎と佐助たちは鬼ヶ島周辺の村や町を回ったが、鬼に恨みを持つ者達がやはり少なかったのだ。鬼たちが一枚岩だったとき、桃太郎たちが勝てる確率が下がるのは、目に見えていたのだ。

  菊の情報は確かに朗報だ。しかし、菊だけに頼るのもどうか、自分たちに出来ることは他にないのか、桃太郎はそちらに考えを変えていた。


  藤吉はまたフワフワとした毎日を過ごしていた。次にトキに会えるまで藤吉は浮かれた気分でいた。

  事件が起きたのはトキと会う約束をした日の前日のことだった。

  その日のリュウはひどく酔っ払っていた。酔っ払って気の良くしたリュウは、ある家に入って一人の娘を襲った。

  その襲われた娘が峰吉の姉だった。峰吉の姉は嫁入りが決まっていた。そこをリュウが襲ったのだ。

  峰吉の姉は襲われたショックでそのまま自害した。それに、峰吉と婚約者が怒った。二人は共闘してリュウに襲いかかった。

  しかし、二人がかりだったにもかかわらず、二人はその場で打ち捨てられた。

  一連の流れを藤吉はすぐ近くで見たていた。当然に峰吉を止めた。それでも峰吉は止まらなかった。藤吉も峰吉の気持ちはよくわかった。そのため、強く止めることも出来なかった。

  無謀だと分かっていても、仇を取りたい気持ちは分かる。それに、リュウも人間だ油断や慢心などで、峰吉たちに僅かでも希望があるかもしれない。そう藤吉は考えていた。が、それは大きな間違いだった。

  無惨にも打ち捨てられた峰吉達を見て、藤吉は強い復讐心が湧いた。しかし、自分では敵わない。峰吉を見ればよく分かる。力の差が歴然だ。

  だからといって、リュウをこのままにしてはおけない。

  トキの言葉が蘇ってくる。リュウを倒せるかもしれない男がいる。

  峰吉を埋葬しながら、藤吉は自分の無力さで泣いた。そして決心した。リュウを倒す。と。

  その夜、前回と同様に城壁を越え、小屋に向かう。藤吉の顔に浮かれた表情は無かった。

  小屋には前回と同じように先にトキがいた。

  トキの近くまで藤吉が来て、藤吉の顔が月明かりに照らされた。その真剣な表情にトキは息を飲んだ。

  「リュウを倒せる男を紹介してくれ」

  藤吉の絞り出すような声。この一言でトキはある程度悟った。

  トキも真剣な表情になり、優しく藤吉から事情を聞き出した。

  「分かったわ、直ぐに連絡を取るわ」

  トキは優しく藤吉を抱きしめながら、母親のように優しく包みこんだ。

  藤吉は自分でも気づかないうちに涙を流していた。

  暫く抱き合ったあと、細かいことを決めていった。

  決行は3日後。藤吉はリュウの武器になりそうなものを隠すなりして、リュウが武器を使えないようにしておく。その後に城門を開ける。

  その後、男を招き入れたら、リュウのところまで一直線に向かわせるため、藤吉が案内をする。

  リュウと男の一騎打ちに邪魔が入らないように、男の他に数人一緒に来ることも、トキは藤吉に伝えた。

  藤吉もそれを了承し、誓いのキスを交わして分かれた。

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