15.ドキドキわくわくピクニック。美女と馬と時々俺

 少しずつだが、仕事も覚えサトゥナから睨まれる事も減ってきた。飯屋のレパートリーも増えたし、食材や料理の知識も増えてきた。順調に異世界生活を満喫できているのも……。

 

「イーノ、今日のビルーカとラバの仲裁は上手かったぞ!」

「そうですね、血気盛んな冒険者達に慣れるのが早いので、正直助かります」

 ビベルをあおりながら褒めてくれる、ゾースとサトゥナのお陰だ。

「いやーっはは、それほどでも!」

 

 ライラス達はまだ帰還していないが、やはり喧嘩の原因はライラスだったりする。彼らを仲裁するには、その「原因」の名を出すのが一番早いのだ。ライラスも俺に遠慮ないのが分かったので、俺も遠慮なく使わせてもらう。

「そう言えば、今日のコレ。ウワサの『ねっこ屋』から仕入れたそうですよ」

 サトゥナが、注文した件の野菜のグリルをつまみながら教えてくれた。

 あの後、ねっこ屋は美味さと珍しさが話題になり、エルフ以外にも来客者がかなり増えたのだという。

 俺のおかげかは分からないが、セーユの店が繁盛するのは良い事だ。

 (あの情緒不安定も少しは治る……よな?)

 

「ん?」

 ふと、視線に気が付き顔を上げる。2席向こうに1人で座っていた女の子が、俺と目が合うと無表情で会釈をした。

「……見た事あるような?」

「ん? 何だ?」

 ゾースとショルテが、俺の視線の先を見る。

「ああ、ハーミラか」

 ゾースとサトゥナが手を振ると、また無表情で会釈を返した。

「ハーミラさん、何日か前に狩りから帰ってきたみたいですよ。イーノさんはまだ会った事ありませんか?」

「うーん? 多分見た事はある……かな?」

「昨日、掲示板見に来てたけどな。何せルベルクラスの狩人だから、気配をほとんど感じない。ありゃ本物の一流だぜ」

 ルベルクラス! それはすごい!

 

 この世界では、狩人や冒険者には初級から伝説級までランクがある。ランクによって、名前があるのだ。ルベルは、伝説級のひとつ前。深紅がカラーだ。ちなみに、ブレドー、トルテヤもルベルクラス。伝説級は……言わずもがなだ。

「誰ともつるまない一匹狼……と言われているな。とは言え、依頼もしっかりこなすし、誰とも争わない礼儀正しい子だから俺は好きだぜ」

「私もです! 強い女性って、憧れちゃうなぁ」

 サトゥナはもう十分に強い女性だと思う……と喉まで出かけて止めておいた。


 翌朝。ギルドの受付に立つ前に、今日の依頼に目を通す。

「えーと、昨日と変わらないのは……。タルビナリウスの鱗3枚納品、ラザリアス邸での調理、麦食い虫の駆除、中継ポイントでの納品物引き継ぎ……」

「イーノ」

「うぉお!?」

 ヌッと、後ろからゾースに声をかけられた。

「その『納品物引き継ぎ』だけどな、丁度昨日引き受けると申し出があったんだ」

 納品物引き継ぎとは、冒険者や狩人がダンジョンで得た納品物や宝物を、中継ポイントで受け取る仕事だ。

 

 あるダンジョン攻略中のパーティーから、アイテムボックスが一杯になったので、空のアイテムボックスと引き換えにそれらを街へ運んで欲しい、と魔法の封書が届いたのだ。

 中継ポイントは、道端であったり小さな農村の小屋であったりダンジョン内であったりする。今回はダンジョンの入口付近に設定されているそうだ。

 いつもは、ゾースが単独で行くのだが、今回は新人の俺に勉強をさせるという事で、同行してくれる冒険者ないし狩人を募集していたのだ。

 

「その依頼の同行者、決まったんですか? 誰だろう?」

 サトゥナが、言いながら「受付中」の札を下げに行く。が、扉を開けるとすぐ来訪者があったようだ。

「あっ、おはようございます! 早いですね、ハーミラさん」

 見ると、昨夜話題に上がった彼女が立っていた。銀髪のショートボブが、朝日を背に浴びてキラキラと光っている。黒を基調にした露出の多い防具が、彼女の色の白さを際立たせている。

 

 転移したての俺だったら、目のやり場に困っただろうが、もっと乳丸出しなビルーカ他女性街人を見慣れてしまったので、「寒ないんかな」、くらいにしか思えなくなってしまった。男として……どうなん?

 

「……迎えに来た……」

 言いながら、ハーミラが1枚の紙をサトゥナに差し出した。

「はい?……ふむ。……はい!?」

「あー、サトゥナ。例のその依頼だが……」

 サトゥナが、紙とハーミラの顔を三度見する。ゾースが声を掛けるが、聞こえていないようだ。

「な、何でこんな依頼をハーミラさんが!?」

「……あったから。……じゃあ、行こう」

 そう答えると、つかつかと俺に歩み寄りそう言った。じっと見つめてくる瞳は、深い海の色をしている。あまりにも端正な顔立ちなので目を奪われる……って。

「ん? ナニ? ドコニデスカ?」

「イーノ、急ですまん。昨日の飲みの後、声を掛けられたんだよ。その受け取りの依頼な、今からハーミラと行ってくれ」

「い、今から!?」

 しかも、こんな美少女と!?

「待っ、待って下さい! 準備とか飯とか昼飯とか……」

「持ってけ。今朝ショルテんとこのダンナを叩き起して作ってもらった」

 そう言って、俺に小さくした魔法箱を渡してきた。

「お前の事だ。飯さえありゃ今からでも行ってくれるだろ」

 どんだけ食いしん坊やねん! ……と言いたいところだが、その通り過ぎて何か言ってやりたかった口を悔しくも噤んだ。何なら、もうこの箱の中身が気になって気になって仕方がない。そんな安上がりな自分が恨めしい……。

「夕方前には戻りたい。服もそのままでいい」

 私がいるから、と続けた。俺一人守るくらいどうって事無いのだと、その一言で伝わる。

「ハーミラ、こいつ異世界から来たばっかりだから、何かと足を引っ張ると思う。すまないが、よろしく頼む」

「構わない」

 情けなさ過ぎるが、その通りだ。しかし、同情も憐れみも面倒臭がりもせず、淡々と接する彼女に有難いと思った。

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