14.セーユさんの昼定食〜挙動不審と情緒不安定のスパイス強めで〜3

 暫くして、トレーに乗った定食が運ばれて来た。

 メインひと皿に、小鉢が3皿付いている。女性らしく彩りも華やかな上、バランスが良さそうだ。

 

「今日の主菜は、ミーティートの茎のグリル、付け合せは潰しまん丸芋、パピリ、ゾィサの若芽です」

 この、手のひらサイズの分厚い物がミーティートか。植物とは思えない大きさ、分厚さだ。網焼きだろう、しっかりと焦げ目が付いていて美味そうだ。

 

「デルツハルツ産青菜のツァルゲ」

 これは覚えた! 漬物やピクルスの類だ。

 

「色々キノコのテンテン豆ガラ和え」

 乱切りされたキノコたちが、クリーム状の薄黄色の衣を纏っている。

 

「炒りタマゴモドキです」

 モドキ!? 卵そっくりな見た目をしている。

 

 ふと、気が付いた。

 料理の説明をしている彼女は、先程までの挙動不審や情緒不安定さは一切なく、笑顔でハキハキと喋っている。料理に自信があるのだろう、印象が大きく違う。


「……以上でございます」

 さて、料理の説明も終わったところで……。

「いただきます!」

 いつも通り、手を合わせる。……が。

 すっごい見てくる。めっちゃ見てくる。

「あ、あの……」

「どうしたんです? 食べないんですか? 何で食べないんです?」

 見るどころか、顔を傾けて至近距離で覗き込んで来るのだ。

「たっ、食べにく……。すみません! 食べにくいからぁ!」

「私はいないものと思って!」

 無理! さっさと食べてさっさと出よう!

 

 俺は、ミーティートとやらにフォークを刺し、切り分けもせずにかぶりついた。

 瞬間、じゅわりと旨味をたっぷり吸った油が溢れ出てきた。

「アッファ!?」

 熱さが舌の上に襲いかかる。が、それ以上に植物とは思えぬ濃い味が口中に広がり、予想外の美味さに頭が混乱する。

 咄嗟に、舌を冷ます為にとツァルゲを口に入れる。ミーティートの固めのスポンジのような食感とは反対に、シャキシャキとした歯触りの良さが耳に伝わる。今さっき摘んで来たのでは、と思うほどに瑞々しい。

 もう一度、ミーティートに齧り付いてみる。どう味わっても、肉の味がする。クセのなさは、鶏肉に近い。コカカ鶏を思い出した。

 

 キノコのテンテン豆ガラ和えは、滑らかなクリームがキノコの弾力ある食感をより強調している。栄養そのものを食べているような濃い豆の味だが、決してキノコの芳醇な香りは邪魔していない。味と香りは別物なのだと、改めて認識させられる。

 

 タマゴモドキには驚いた。見た目は炒り卵そのものなのに、味は果実なのだ。ふんわりとした食感なのに、味は舌に残り続けるほど甘くまったりとしている。

 

 どの料理も、香りが豊かで食感が独特だ。そして、どれもこれもが美味い。

 俺は今、植物園にいる。奇々怪々な花や葉に囲まれながら、美味さという名の蔓にみるみる絡め取られていく。逃げようともがいてみるか。いや、このままがんじがらめにされるのも……悪くない……。

 

 俺は、夢中でフォークと口を動かし続けた。

「ンモィ! ウンモイ!」

 ミーティートの付け合わせも、三者三様の美味さがある。脇役にしておくのが勿体ないくらいだ。

 

 (ベジタリアン料理って、こんなに美味いんだなぁ。異世界だからか? 地球でもこんなに美味いんなら、食べておけば良かった)

 気付けば、ホラー映画並に見られている事も忘れるくらい、夢中になって食べていた。

「セーユさん、めちゃくちゃ美味いよ! 野菜ってこんなに美味いんやなぁ……」

「えっ……」

「ん?」

 セーユが、飛び退いて俯いてしまった。

「あ! 野菜の美味しさを今更知ったんですか!? ってこと!? ご、ごめん、そうやなくて……」

 (アワワワまた面倒臭いことになる……)

 慌てて弁解しようとした時、


 カランカラン。


 ドアベルが鳴った。2人して、勢いよくそちらを見る。

「あのー、そこの人が食べてるのと同じのが食べたいんだけど……」

 「いっ! ぃいらっしゃいませー!」

 セーユが、顔を真っ赤にしながら案内をする。


 カランカラン。


 またドアベルが鳴る。そこには、見た事のある顔があった。

 (あ!)

 黒ギャルエルフのビルーカだ。とは言え、向こうは俺の事は覚えがないだろう。俺は今がチャンスとばかりに、残りのお野菜さん達を味わいつつも掻き込んだ。

「そこの……ギルドのおにーさんと同じのって、まだあるカンジ?」

 把握されている事に驚き、思わず顔を上げる。ビルーカは俺と目が合うと、ひらひらと気軽に手を振り笑ってくれた。

 

 これだからギャルは! 惚れてまうやろー!!

 

 と叫びたいのをグッと堪え、会釈だけしてまた皿に向かった。

 

 ビルーカが、テンテン豆茶を飲みながらセーユと話す。

「テンテン豆じゃん! なつかしー! こっちじゃ滅多に飲めないんだよね。しかも、アレってミーティートでしょ? ヤバ! 久しぶりだからチョーウレシー!」

 そうか、ビルーカもエルフだから、エルフ料理に馴染みがあるのだなと納得する。

 セーユは、ビルーカのコミュ力に圧倒されながらも、同じ種族と料理の話が出来て嬉しそうだ。

「ウチの近所にもミーティート生えてたんだケドぉ、なんか天竺馬食べたんでちょっと騒ぎになってー」

 (ん?)

「大型ミーティートになると、人も大型動物も食べますよね。うちで仕入れてるミーティートは、鳥類だけを食べて育った特別栽培のもので……」

 (んんん!?)

 そ、それはアリなん!? めっちゃツッコミたい欲に駆られながらも、どうりでコカカ鶏みたいな味がするし、どうりでぶっとい「蔓」なんやなと脱力した。

「お前……ええもん食って育ったんやな……」

 俺は、コカカ鶏に思いを馳せながら、ミーティートの最後の一口を有り難く味わった。


 俺が帰る頃には、狭い店内は満席になっていた。セーユも、あの挙動不審はなりを潜め、テキパキと料理人らしい姿で対応していた。

 こんなに客がいる中で、お金を払わず帰る訳にはいかない。俺は、テーブルに大体の金額を置くと、

「お金、置いとくから!」

 とキッチンに向かって言い、店を出た。

 

「あー、美味かったな」

 ミーティートに関しては……まぁ置いておいて、とにかく全部美味かった。

 

「イーノさぁぁぁん!?」

 反芻して歩いていると、後ろから大声が聞こえた。

「ヒィ!? お、お金置いておいたでしょ!?」

 髪を振り乱して追いかけてきたセーユに、思わず悲鳴が出る。

「お金取らないって約束じゃないですかぁぁ! しかも多いですしぃ!!」

「あ、多かった? いやー、でもそれくらい美味かったよ、ほんまに」

「!!」

 言うと、また俯いてしまった。

「あの、セーユさん……?」

 恐る恐る声をかけると、セーユが俺の両手を取り金を握らせ、顔を真っ赤にして見詰めてきた。

「お、おおおおおっかねっっ! か、かかかっかえ、返しますっっ! からぁ! …………ま、……また……来て下さい……」

 最後の方のセリフは、消えそうな声だった。

 また来て下さいって、そんなに勇気がいる言葉なのか。でも、確かに店をやる側からすると期待や不安で勇気のいる言葉なのかもしれない。

「もちろん、また寄らせてもらうで!」

 客として、ここはにこやかに答えておこう。

 セーユが、料理と接客に少しでも自信を持てたら良い。そして、あわよくばあの情緒不安定さが無くなって、気兼ねなく食事ができますように……。

 俺の中で美味い店に記録された「ねっこ屋」に、いつでも気軽に行けるように。

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