13.セーユさんの昼定食〜挙動不審と情緒不安定のスパイス強めで〜2

 「お、ここか……?」

 古い街並みより更に古い、小さくこじんまりとした店だ。元は家なのだろうか。

 通りから中が見えるように、あまり大きくは無いが窓がある。覗いてみると……聞いていた通り、閑古鳥が鳴いている。

 立て掛けてある看板に、「定食ねっこ屋」と屋号が書いてある。

 

「今日の昼メニューも書いてあるぞ。なになに……」

 と、読み始めた辺りから、強い視線を感じた。刺すような、というより、食らいついてくるような肉食獣の視線だ。捕らえて離さないという、強い意志を感じる。もちろん、その視線は……店内からだ。

 

 (これは入りにくい!)

 あまりのプレッシャーに足がすくむが、ショルテの頼みを聞かない訳にはいかない。何より……。

 (タダメシ!!)

 俺は、勢いよくドアを開けた。

 カランカラン、と、ドアベルが鳴る。

「い、い、い、いらっさいましぇ……!」

 噛んどるし、どんな怖い人かと思ったら。

 (べっぴんさんな女の子やなー)

 編み込まれた見事な金髪から、エルフの耳が飛び出ている。青い瞳はオドオドとこちらの様子を伺っていた。

 あの視線は気のせいだったのか、それとも他に人がいるのだろうか? 店内は狭く、2人掛けのテーブルか6席あるのみだ。

 

「あの、俺ショルテさんに紹介されて来たんですけど。飯野いいのって言います」

「あっ……」

 名乗った途端、青い瞳がどんよりと暗く濁った、気がした。

「ああ、ショルテさんの……お客様じゃないんですね……。そうですよね、来るわけないんですよお客様が。分かってましたよ。を演じに来て下さったんですよね。こんな土くっさい所まで、わざわざどうも……ふふふ……。何でも好きなだけお召し上がり下さいよ、無料でございますわよ……。あ、わたくし、セーユと申します……。って、まぁ今回限り二度といらっしゃる事は無いでしょうから、明日には……いえ、もう今日中には名前なんて忘れるでしょうけどねっへへ……」

「めっちゃ喋るやん! いやいや、困るなら帰りましょうか?」

 もしかしたら、いわゆるおばちゃんのお節介という奴なのかもしれない。彼女は、俺にサクラを依頼する事を断わりづらかったのでは? と思ったが、彼女は瞬足で俺の肩を掴み、

「イヤァァァ!! ごめんなさい! ぜひ食べてって下さいーー!! イーノさんの話が出た時、ぜひ来て欲しいって頼んだんですぅぅぅ!!」

「お、おう……!?」

 (大丈夫か? この子……)

 先日のビルーカといい、俺の想像するエルフ像というものが、軒並み崩れていっている。


 席は、もちろん窓際を通された。小さい窓だが、よく磨かれていて表の通りがよく見える。

 とは言え、俺がここでメシを食っただけで、役に立てるのだろうか……?

「こ、こちら、メニューとテンテン豆茶です!」

 メニューと共に、コップが置かれた。ガラスのコップの中には、薄い黄色の液体が入っている。一口飲んでみると、香ばしくて後味の良い豆の香りがふんわりと香った。

 (美味い……)

 

 メニューを広げてみる。知らない単語ばかりが並んでいるが、長年のメシ屋巡りで培ったカンが言っている。

 ここには、肉魚がない、と……。

 

「これって、もしかしたら全部野菜……」

「ややややっぱりダメですかぁ!? 肉ゥ! 魚ァ! そんなのは、野蛮人が食べる物なんですよぉ! お肉じゃありません、動物でしょ!? 動物も魚も、愛でるものでしょぉ!?」

 (あ、こらあかん! 面倒臭いやつや!)

 逃げたい! と、本能が強く叫ぶ。地球に住んでる時も、確かにいた。ベジタリアンというか、ヴィーガンというか。もちろん、俺は否定はしない。否定はしないが……。

 (俺は、肉とか魚が好きなんよなぁ……)

「あかん事は無いと思う……ますよ? 俺も豆腐とか大好きやし」

「トゥーフってなんですかぁ!? うちにはありませんよ、そんなもの!」

「わ、分かった、分かりました! とりあえず今日の昼定食! それでお願いします!」

 (ヒィィィ!)

 タダとは言え、さすがに安請け合いだったと激しく後悔した。俺は、メニューを持って裏へ下がる彼女の背中を見ながら、テンテン豆茶を啜った。

 (もっとメニューを見たかったけど……さっさと食べてさっさと出よ)

 と言うか、俺が食べてる間に客が入って来なかったら? 俺は、最悪な予想をしてしまう。俺を刺すか、自分の首でも掻っ切るんちゃうか……。

 ドキドキしながら座っていると、奥のキッチンから心地よい音といい香りが漂ってきた。

 肉や魚の匂いではないが、中々食欲をそそってくる。

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