10.ロマリーたんの家庭風フルコース〜不審者を添えて〜

 窓に張り付いたソイツは、ハンカチを噛み締めながら号泣している。

「ふ、不審者やー! 早よ警察………って、この世界に警察おるんか!? とととりあえず! ロマリーたん、隠れて! ……って、2人とも?」

 どうやら、驚き慌てているのは俺だけのようだ。ライラスは俺を見ながら肩を震わせて笑い、ロマリーはゲンナリとした顔をしている。

「イーノ、大丈夫だよ。彼は知り合いだ。ロマリー、入ってもらってもいいかな?」

「知り合いじゃないでしょお!? 仲間でしょお!!?」

 窓をガチャガチャと揺すられ、ロマリーが一喝する。

「近所迷惑だに! 玄関から入れに!」

 カッと牙を見せ、毛を総立ちさせ怒っている。

 (俺より怒られてる……)

 

 しかし、知り合いとは……?

 ロマリーが、柔らかそうな指先をピッと振る。すると、玄関の方からガチャリと聞こえた。間髪入れず、ドカドカと踏み入る大きな足音が近付いてきた。

「うおおおおん! ライラスちゃん! 何でなのよぉぉ!! でも嬉しいから許しちゃうわァァァ!!」

 泣き叫びながら、俺やロマリーには目もくれず真っ先にライラスに抱き着く。

「うんうん。ごめんごめん」

 ライラスの何倍もある大きな体がひっしとしがみつき、ライラスはそのピッチリとセットしたピンク色の頭をぽんぽんと撫でていた。

「あの……。さすがにそろそろ……色々と説明を……」

 恐る恐る、手を挙げる。

「イーノ、ロマリー、すまないね。食事をしながら話そうか」


「えー、つまり……。ライラスさんはかなーり久しぶりに酒を飲んでメシを食べた、と」

 ライラスは、魔の呪いによりここ数年食べ物や飲み物をほとんど摂れない体にされていたらしい。

「そォなのよ! ホント可哀想で……!」

「お前らのせいでもあるに。ライラスを持ち上げすぎだし、頼りすぎだに。だから魔に付け込まれたに」

 ロマリーが、焼き立てのピテなるものをオーブンから取り出しながら、淡々と言った。

「だあってェ……」

 俺達は、狭く小さなテーブルに肩を寄せ合っていた。テーブルを更に狭くした張本人、この厳つく筋肉隆々の大きな男ブレドーは、ピンと小指を伸ばしてグラスを持ち、桃色の分厚い唇でもってポンム酒を口にした。

「あらまっ! 美味しいわァ」

「で、こちらの……ブレドーさん、は。ライラスさんのパーティーメンバーという事で……」

「そ! ブレコって呼んでねん」

 語尾に、一々ハートが付いているような気がする。

「ライラスちゃん、最近特に元気が無いから心配で心配で……。今度、新しいダンジョンに潜るでしょ? だから、気になって……来ちゃったっ」

 それなら声を掛ければ良いのに、と思ったが、かなり面倒臭そうなので適当に相槌を打つ。

「イーノ、ブレドーは昼も着いて来てたんだ。黙っていてごめん」

「は!? え!?」

 ブレドーを見ると、コツンと頭をゲンコツで小突き、舌をペロリと出して笑った。

「テヘッ」

 こんなにも殺意の湧くてへぺろが存在するとは……。


 それにしても、窓に張り付いてるのを見付けた時はあまりの恐怖にどうなる事かと思ったが。ライラスの仲間なら……まぁ、安心していいか?

 ホッとしたら更に腹が減ってきた。さすがに、もう我慢できん。俺は、勢いよく手を合わせると、

「いただきます!」

 と、フォークを手に取った。

「あら、トルテヤと同じコトするのね……」

 

 まずは、このクリーム色のスープから。

 ロマリーが魔法で温め直してくれたそれは、甘みの中に少しの塩気があった。濃厚であるのが、まず舌に伝わる。少しザラつきが残るのは、食べてる感があって俺好みだ。かぼちゃやさつま芋っぽいけど……何の味だろう?

 

 次は卵料理。スプーンを刺すと、半熟のトロリとした中身と共に、小さく切られた野菜と、白身らしき魚が細かくほぐされた物が現れた。

 口に含むと、見た目以上の柔らかさに驚く。柔らかいというより、溶けると言った方が正しいかもしれない。バターのような香りが広がり、少しの苦味がある野菜と、やはり白身魚の淡白で優しい味わいがこの食感に何とも合っている。

 

 海鮮の麺料理。見た事のない魚介類が麺を飾っているが、匂いで分かる。これは海の生き物だと。麺は、白いクリーム状のソースをたっぷりと纏っている。

 食べ方は……スパゲティみたいに、巻いて食べよう。縮れた平麺が、ソースを絡めて離さない。ひと口食べると、濃い海の香りと、意外な事に乳では無く、野菜の……カブと木の実のような味がした。濃厚なのにクセがなく、誰でも好きになるような味だ。

 

 焼き立てのピテ。可愛らしく、魚の形を型どったパイのような印象だ。ロマリーが取り分ける時にナイフを入れていたが、その軽い音すらもご馳走だ。

 パイの中身は、見るからに柔らかそうな白身魚で、ハーブだけでなく柑橘系の爽やかな香りがふわりと浮かぶ。

 熱々のところを、構わず口に入れる。何層にも折られたさっくりとした生地と、魚のエキスが閉じ込められた柔らかな身が争わず口中に幸福をもたらす。

 

「ウモィ……! はふっ! ……ウンモゥイ!!」

 フォークとスプーンを忙しなく持ち替えながら、あれこれ頬張る。そして、忘れてはいけないポンム酒。

 まるで、味のメリーゴーランドだ。俺は今、色とりどりの電飾で煌めいた、美しい白馬に乗っている。

 

 冷める前にと、オムレツをスプーンですくった時、ふと皆が静かな事に気が付いた。

「ヤダ……」

 ブレドーが喉を鳴らす。

「なるほどだに。よぉく分かったに」

 ロマリーが、口元をふかふかの腕で拭う。

 

「ぐぅー……」


「!!?」

 一斉に、揃って音の主を見た。

「あはは、お腹が鳴るなんて。何年ぶりだろう」

 ライラスが、恥ずかしそうに頭を掻いた。

「アッハー! ライラスさんもお腹鳴るんです、ね……?」

「ライラス……!」

「ウッソ……! アタシ、明日死んじゃうかもォ!」

 ロマリーはまたはらりと涙を流し、ブレドーは涙を浮かべ頬を染め、口元を手で覆った。

 俺の腹の獣を知ってしまったサトゥナに明日言ってやろう、と思わず満面の笑みになってしまったが、空気を読んで唇を真一文字に締めた。俺、エラい。

 

 ライラスが、そんなに見られると食べにくいな、とはにかみながら、スープを口にした。

「……ああ……。美味しいなぁ……」

 そう短く、しみじみと呟いた。その一言に、全てが詰まっている気がした。

「ぐすっ。……よォし! アタシも食べるわよぉ!」

「お前は少し遠慮するに!」

 

 それから、ライラスは新しいボトルを更に2本取り出し、ブレドーは見かけによらず大層上品にナイフとフォークを使って食べ、ロマリーはグラスを傾けながらごろごろと喉を鳴らしていた。

 

「いつもはね、ロマリーの料理でも……サラダの葉っぱをほんの一欠片とか、ピテの切れ端をひと口とか。ポンム酒も、ひと舐めしかできなかったんだよ」

 ライラスが、ピテを口に運びながら俺に教えてくれた。

「ダンジョンでもねぇ、全然食べないのよ! 探索中って、緊張して食べられなくなる人もいるの。でもねぇ、ライラスのは違うから……。あ、アタシ料理係なんだけどね、んもー、作るたんびに悲しくって! アタシの料理で呪いを解いてやるって言ってたのに! 結局、ロマ婆に先を越されちゃったヮ」

 いつの間に用意したのか、膝に敷いた白いナプキンで、口元をちょちょいと拭いながら話す。仕草だけは、貴族令嬢のそれだ。

「ワタシも、ライラスがグラスを空けた時ビックリしたに。呪いが解けたんだに。ワタシもかなり苦心したけど、解けなかった呪いだに。ワタシの料理のおかげじゃないんだに」

 ロマリーが言いながら、俺を見た。ライラスとブレドーも、それぞれフォークを口に入れたまま俺を見る。

「お、俺?」

「アタシ、お昼に2人を見た後、もんのすごい買い食いしちゃったのよね……。はしたないわァ」

「僕もだよ。イーノが美味しそうにコカカ鶏を食べてるのを見てたら、猛烈にお腹が減って。それで食べてみたら、前のように食べられるようになってたんだ」

 普通にメシ食ってただけだけど!?

「何故解けたのか……。それは、イーノのその、『食事スキル』のおかげなんだに! ワタシには分かるに!」

 ロマリーが、ビシッとそのふわふわの指で俺を指した。

 ああ……言い難い。俺にはスキルが無いんだと。

「あらヤダ! そんなのがあるのねぇ。でも、納得だわ。かなりマニアックなスキルだけど、かなァり役に立ったわよっ」

 ブレドーが、扇のように長く密集した睫毛をパチリと閉じてウィンクした。

「い、いや……俺……」

「トルテヤも、人を回復したり強化するような補助魔法が使えるんだ。転生者は、人のためになるスキルが使えるんだね」

 ライラスが、心から俺を敬うような、優しい瞳で見つめてくる。

「俺……ちが……」

「改めて乾杯しましょ! ライラスの呪いが解けたのと、この……素晴らしい食事スキル恵みの享受を持つ、イーノちゃんに!」

「え、えっ」

「恵みの享受か……いい名前だね!」

「ブレドーにしては、中々センスあるに」

「や、やめてぇ……」

 駄目だ。3人とも、色んな意味で酔ってしまってる。

乾杯ナガツョシっ!!」

「気分がいいに。もうひと品作るに!」

「お酒なら、まだ持ってるからね」

「じゃ、アタシは歌でも歌おうかしら!?」

 ライラスの呪いが解けて良かった。それは本当に、心から思ってる。でも……。

 (俺……何もしてへん……)

 訂正できぬまま、宴は続くのであった。

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