第39話 お弁当持って遊園地行くよ

 自分の開発したナノマシーンは、機械に対してはいわば毒にも薬にもなる。


 生きた、細胞のようなナノマシーンが、機械を修復することも破壊することもできるのだ。その能力は、人間の細胞とは違い、自分のプログラムでどうにでも動かせる。どうにでも動かせると言ってしまえば、ナノマシーンを遠隔でどうにでも操作できると言うことなのだ。


 その完成度については、今回の事件で証明している。


 人間に対して無害という点で、完全に壊せなかった機械が存在する事も確認できた。


 その実験データを元に、2号機の完成度を強化する必要がある。


 自分は、G区のとある研究病院に篠山太一として就職していた。


 その病院は、人間が管理してるコンピューターウイルスによる被害者を保護する為の専門病棟だ。だから、簡単に就職することも出来た。


 F区には、病気のため長期休暇を取得していた。


「篠山君、もう身体の方は大丈夫なのかね?」


 年老いた院長だ。老いで死ぬ運命を間近にした、実に人間らしい院長である。


「はい。少々、無理がたたっていたいたようで。十分に、休ませていただきました」


 幼女型ナノマシーンの影響で、次々に運び込まれる患者達。院長は、院内放送を聞きながらも溜め息を吐いた。


「我々人間からすれば、ロボットの身体というものは、実に万能なものだと思えるが、一度弱点を突かれてしまうと、本当にもろいものだね」


「万能なものなど、存在しないのということです」


 万能なものなど、存在してはいけないのだ。もろく、はかないからこそ、美しく完璧なものだってあるのだから。


「我々人間がロボットに居場所や存在意義を奪われたと感じるも同様、ロボット達からすれば、居させてやっている存在なのだろうが。こうなってしまっては、その王様の存在も下々に頼るしかないと、惨めなものだね」


 院長の皮肉は、時に眉を潜めたくなる。自分は、機械を一掃するためだけに全てを捧げてきた。では、この人は一体……。


「院長は、ロボットがお嫌いなんですね」


 院長は、笑った。


「好きでも、嫌いでもないさ。ただ、さっき言ったのは本音だ。そして、人類に出来ることは、この脳味噌でその裸の王様を上手く利用することだね」


「なるほど」


「裸の王様のお陰で、我々は自由を得ていると言うわけだよ」


 働かなくとも、生活出来る。働けば、少しの労働で多くの給料や待遇が得られる。働ける人間も一部だから、仕事など限られていて、その仕事では自由が与えられる。だから自分もこうして、自由に長期休暇などももらえる訳だ。


 そして、今のような現状になれば、機械は我々を神のように縋り、求める。実に、滑稽である。


「では院長は、ロボット達を一掃したいとか、憎い等と思ったことはないのでしょうか?」


「そう思わない人間がいると思うのかい? 君は。もし居たとしたら、随分なお人好しだね。しかし、これは我々人類が築き上げた現実でもあるのだよ。少子化により、人類が減り、その労働源をロボットに頼った。やがて、ロボットがロボットを開発するようになり、人間のコピーとして生まれ変わった。ロボットは更なる人類へのコピーを求めはじめ、人間は辛うじて太古昔の人間の作った法により生かされるだけの存在。それすらも、ロボットのさじ加減で、いつ消されるかわからない崖っぷち。今のうちに一掃し、本来の人類の在り方を……そう、夢は広がる。しかし、無理だ」


「というと?」


「わからんかね? 人類は、減りすぎた」


 そう、わかっている。だから、自分が機械を力で抑え付ける道を選んだのだから。


「では、院長。もし、ロボット達を力と恐怖で押さえつけることに成功したとしたら、どうなると思いますか?」


 院長は、目を丸くしてから軽く笑った。


「戦争が、起こるかもしれんな」


「では、その戦争すら起こさせない力を持った人間が現れたらどうしますか? それこそ恐怖という名の力かもしれないし、高度な電磁波によるプログラムかもしれない」


「そうじゃなあ」


 院内放送が、我々を呼んだ。サボってないで、廃棄寸前のポンコツ共を何とかしろとのお達しだ。やれやれ。


「それこそ、形勢逆転ってやかね。しかし、恐ろしいことを考えるな。篠山君は」


 よぼよぼとした背中を見送りながら、自分は気付かれないよう笑った。



*****



 翌朝、満嗣さんがG区の病院に問い合わせてくれた。


 やはり、圭介は入院していた。が、アイノコだったので、セキュリティプログラムの発動で、一命を取り留めたらしい。今はボディ交換も終わり、念のための検査と研究のため、数日入院してから退院出来るとのことだった。


 面会の要求もして貰ったが、事件は想像より酷く、現場が荒れすぎているので控えて欲しいとの事だった。


 圭介と直接話すことは出来なかったが、退院したら連絡を貰えるよう伝言を頼んで貰った。これでやっと、俺としても一安心できた。


「満嗣さん、本当にありがとうございます」


「いいのよ、たいしたことじゃないもの。それより、面接の件だけど、ごめんね」


「いえ、構いません」


「それで、本当はその時ついでに話そうと思ってたんだけど、G区の研究施設にウサちゃんを連れていって欲しいの」


「最初、面会の間、預かってくれるって言ってた施設ですか? でも、どうして?」


「そう、その施設よ。これだけ倒れて、ロボットのウサちゃんに今後影響が無いとは考え辛いの。だから、念のための検査よ。それに、ウサちゃんが最新のロボットだというのは最初の時に説明を受けてるでしょ。もしかしたら、ウサちゃんに、そのウイルスにも対処できる最新のプログラムか何かが入っているんじゃないかっている。今は、被害を食い止めるためにも、少しでも多くの情報に、小さくてもなんら手がかりが欲しいのよ」


 俺は、頷いた。


「ウサ子をモルモットにするのであれば反対ですけど、ウサ子のための検査であれば納得します。ただ、手がかりのための研究というのが気になるのですが……」


「大丈夫。酷い扱いはさせない、丁寧に事を進めるし、親のあんたも同席してもいいものだから。通常の検査の中で同時に行う、検査と変わらないものよ」


 満嗣さんが言うなら、信じてみようかな。少し、心配だけど。


「もし、酷いと思ったら。これ以上はイヤだと思ったら、途中で止めて帰っていいでしょうか?」


 満嗣さんは、頷いた。


「もちろん。けど、そんな目には遭わせないから」


「はい」


 俺は明日、ウサ子をG区の研究施設に連れていくことにした。


 で、今日だけど


「満嗣さん、お休みですよね?」


「そうよ、今日だけね」


「じゃあ、次のお休みは?」


「わかんない。適当なの」


「もしよければですけど、少しデートしませんか? 気分転換に」


「デートかあ……いいわよ! 何処に連れてってくれるの?」


「映画館とか遊園地とかショッピングとか……何がいいですかね?」


 情けないけど、満嗣さんの好みが全くわからない。


「ゆーえーぃちー?」


 ウサ子が、ハイテンションに叫んだ。


「ウサ子、遊園地わかるの?」


「ちらなーい」


 へへへ、と笑う。


「そうね、遊園地にしよっか。ねえ、ウサちゃん」


「ウサね、ゆーえぃち行くのお」


「じゃあ、今から3人で遊園地だね」


 ジェットコースターはあんまり得意じゃ無いけど、ウサ子が居るから乗らなくても済むだろうし、観覧車はのんびりしてて好きだな。お昼は、お弁当がいいかな。


「俺、急いでお弁当作りますね。その間に、用意しといてください」


 満嗣さんに言うと、俺はキッチンに飛び込んだ。ウサ子の準備は……簡単でいいだろう。大人の女性ほど、時間はかかるまい。


 久しぶりに、楽しくって仕方ない。最高の一日になりそうだ。


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