第38話 将来はパートの主夫になるよ

 引っ越してきちゃえば、って。それはそのまま、同棲という意味でしょうか?


「けど、それじゃ迷惑じゃ。俺、収入ないし」


 人間生活保護者です。


「別に、そんなの期待してないわよ。それに、霞が主夫やってくれた方が私も楽だし」


 まあ、そういう家庭なんてナンボでもありますが。結婚してないのに、なんだか悪いなあ等と思ってしまう。けれど、もし俺も働くとなるとウサ子はどこかに預けなきゃいけないし。満嗣さんが育児とか家事とか想像もつかない。寧ろ、彼女はこのまま働いていてくれた方が、世のため家庭のためである。


「結婚、しましょう」


「は?」


 とっさに出た。なんか、わからんけど。半分やけっぱちなのか。


「結婚もしてないのに養ってもらうわけにはいかないので、俺責任持ちますから」


 満嗣さんは、一旦食事をやめた。


「後悔するかもよ? 今決めたら」


 俺は、首を左右に振った。一生付いていきますとも!


「そうね。この一件が片づいたら、考えてあげる。その時は、改めてもっとムードのある感じでプロポーズし直してよね」


 かわされたんだな。まあ、仕方ない。


 食事を終えて、片づけを済ますと、ウサ子を風呂に入れて寝かしつけた。


 昼間、何となく手洗いで洗濯しておいた満嗣さんのマフラーを彼女に渡した。


「あの、大事にしてたマフラーなんですけど。汚れが目立っていたので、洗っておきましたよ。手もみで大切に洗ったので、傷んでいませんから、安心してくださいね」


「あ、ありがとう。私も洗濯したかったんだけど、どうしていいかわからなくて」


 ふわふわになったマフラーに、満嗣さんは顔を埋めた。


すっごく嬉しそうで、俺まで嬉しくなった。


「そういえば、そのマフラーとよく似たやつ、俺も子供の頃持ってたんですよね。ただ、いつ何処でなくしたのかまで覚えてないんですけど。多分、実家にあるのかなあと」


「そーなんだ。じゃあ、同じとこで売ってたやつなのかな」


「そうかも。今度探してみます」


「そうねえ、あんたの実家も行ってみたいな」


「実家って言っても、今は父の実感ですけどね。俺は元々、人間保護対象地区になってたF区で生まれ育ったんですけど、こっちは住みにくいってことで田舎の実家に両親だけ戻ったんですよ。両親も仕事に就いてみたかったらしんですけど、結局叶わなくて諦めたんですって。でも、俺はまだ若いし諦められなくて。けど、もういいかなって思ってきてたところなんですけどね」


「そうなんだ。仕事ってそんなにやってみたいものなのかなあ。私だって、嫌だって思うときしょっちゅうあるもの」


「そうなんですか。でも、仕事するってなんかちゃんと生活してるって思うんですよ。受給で生きてても、生活させてもらってる感しかないし」


「ふうん」


 少しの間をおいてから、満嗣さんが再び口を開いた。


「なんでもいいの? 飲食店の店員とかでも」


「はい、この際なんでも」


「なら、この前行ったあ定食屋あるじゃない。あの店主、ロボット嫌いの人間なのよ。最近年だからバイト雇いたいらしいんだけど、ロボットは嫌だから諦めたんだってさ。ちょっと聞いてみてあげてもいいけど。本当に雇ってくれるかどうかまでは保証しかねるけど。でも、そうなったとしたらウサちゃんどうするの?」


「そうなんですよ。だから、諦めようかなって」


「そうなるわね」


 保護金受給してる人間が、ちょっとだけ働くという理由で保育園も幼稚園もベビーシッターも子供を預かってくれないような気がする。


「小学校に入れるようになったら、再度考えます」


「そうね、そうなるわね」


 満嗣さんは、優しい上に顔も広いし頼りになる。やっぱり俺は主夫として、家庭を守ることにしよう。


「満嗣さんは、優しいですよね。こんな俺のわがままにばかり付き合って」


「そうかな。でも、私達からしたら当たり前で簡単そうな夢なのに叶えられないって、なんか切なくてね。でも、無い物ねだりよ、ほんと。働き出したら、もう嫌だーってなるわよ。きっと」


 満嗣さんは、笑っていた。


「次は、いつ仕事に戻るんですか?」


 圭介も心配だけど、もう少し満嗣さんとゆっくりしていたいと思った。


「本当は、直ぐにでも行きたいんだけど。まだ身体変えたばかりで無理は出来ないからさ、明日はお休みもらったの。明後日から、本格的に篠山を捕まえる準備しないと」


 捕まえる、と決めてしまうのにも、俺はまだどこかに抵抗があった。もしかしたら、万が一にでも、篠山さんが犯人でなければ。本当に、太一さんだったらいいなあと思う気持ちがあるのだから。甘いんだろうけど、せっかく頼りになる人間の友達が出来たのだから。


「俺、明後日G区の病院に行ってみようと思います。圭介が居たら、ですけど」


「そう、わかったわ。気を付けるのよ」


「はい。満嗣さんも、十分気を付けてくださいね。俺、またあんな思いしたくないので」


「で、ウサちゃんの件だけど。病院には入れないと思うけど、別の施設で私の話が出来る場所があるから、そこで少しの間預かってもらえるように手配してあげるわ。友達、無事だといいわね」


「本当に。一番はG区に行くことにならなければ、いいのですけど」



*****



 柏木満嗣。超エリートと言われる警察官。それが近くに居るというだけで、恐らく近いうちはこうなるだろうという予測は出来ていた。


 ナノマシーンに持たせたぬいぐるみに仕込んだ盗聴発信機が見つかり、あっけなく破壊されたが、それは予想の範囲だと言える。自分の正体も完全に裏付けされてしまったようなものだけれど、どうせ近いうちにまとめて一掃するつもりなので大した問題にしなくてもよいだろう。お陰で、あの警部の自宅の場所がわかっただけでも、大きな収穫だったといえる。


 自分は、早急にF区から撤退し、潜伏先のあるG区に入った。


 ここには、失踪後からずっと住居件研究所として使っている場所が存在しているから。


 元々G区は研究地区として発展した場所で、研究病院やその他多くの研究所が密集している地区であるから、身を隠すには好都合な場所だった。木を隠すには森の中、とはよく言ったものだ。


 場所が場所だけに、研究するための設備や資材も手に入りやすく、過ごしやすく、また研究者である人間も多く存在するので研究に集中することが出来たのも大きい。


 また、今となっては面白いことに。自分が開発した幼女型ナノマシーンの犠牲者が、研究のために次々と運ばれてきている。滑稽で、仕方ない。


 もう少ししたら、幼女型ナノマシーンに仕掛けた最後のプログラムを起動させ、機械共を一掃する。そして、人間としての人権やモラル、存在価値や居場所を取り戻す。


 機械は廃棄だ。人などではない。人が人として理解されなかったのと違って、自分は機械を機械として理解する。


 桜木霞、あの男には悪いが、今回の犯人になって自分の代わりに処刑されてもらう。


 この事件が機械共の恐怖の引き金となり、先の一掃に繋がる事を自分は考えている。


 幼女型ナノマシーン、2号機。これの完成まで、あと少し。


 2号機、ただただ破壊するだけの実験サンプルの1号機とは違い、本当の意味での完成品幼女型ナノマシーンである。


 桜木霞が処刑された後、篠山誠太が発表するのだ。医療タイプの幼女型ナノマシーンとして。コンピューターでいうところの、遠隔型セキュリティソフトである。2号機を連れていれば、ある程度のコンピューターウィルスのフィルターになるというプログラム付きで売り出す。今回の事件を恐れた機械共は、こぞって手に入れたがるだろうと。


 順調だ。


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