第36話 俺が悪いんかな

「その、篠山さんが……もし、本当に誠太さんだとしたら……なんの目的で、俺に……」


 満嗣さんは、溜め息にも似た一息を吐いた。


「さあね。それをこれから調べるのよ。だから、霞には暫くここに居て貰うわ。嫌ならホテルでもいいけど、私も独り暮らしには飽きちゃったし。なにより、あんたに家事やってて貰ったら楽で良いし」


 主夫ですか。


「それは、構いませんけど」


「なあに?」


「あの篠山さんが……と思うと、気になって」


「まあ、事がわかったら、霞には教えてあげるわ。ただ、極秘事項だからね」


「口が裂けても言いません」


「よし!」


 考えれば考える程、疑問しか浮かばない。


 偶然出会ったとか、昔会ったことがあるとか、そんな要素は微塵もなかった。


 篠山さんが俺を訪ねて、わざわざ来てくれた。以来、篠山さんが俺を気にして、訪ねて来てくれて、話すことも多くて……頼りになる友達が出来たと思っていたのに。


「今更、考えても仕方がないわよ」


「そうなんですけど……」


「そうだったら、これからの事を考えましょう。あんたも疲れたでしょう。もう寝なさい。本当にソファで大丈夫なのかしら?」


「あ、はい。十分ですよ」


 そろそろ、夜が明けそうだ。カーテンの隙間から、うっすらと紫色の光の筋が射していた。


 こんな時間まで仕事してたんだ。疲れない身体でも、しんどいと思うけどな。


「満嗣さんも、寝ますか? それとも、コーヒーでも淹れましょうか? お腹は……」


 ああ、空かないのか。寂しいような、便利なような。


「そうね、少しシャットダウン(睡眠)するわ。この身体、前のタイプと同じだけど、やっぱり少し違うからまだ違和感がね。慣れるまで、無理は出来ないなって思うから」


「そうなんですか」


「シャワー浴びてくるわ。もし起きてたら、コーヒー淹れてもらおうかな」


「はい」


 ロボットの身体の感覚も扱いも、全くわからないけどそれなりに繊細なんだろうな。


 満嗣さんは、シャワーを浴びにバスルームに入っていった。


 コーヒーメーカーもコーヒー豆も、高級な物が置いてあった。


 摂取すればエネルギーにもなるのだけど、それはおまけみたいな話で、趣味として楽しむものの一つとなった飲食。ロボット達には、必ずしも必要でない分、より高級な物が好まれる。滅多に飲めないコーヒー、俺も後で貰おうかな。味、わかるかな。


 満嗣さんがシャワーから上がって来たタイミングで、淹れ立てのコーヒーをマグカップに注いだ。


 マグカップを持って降り返ると、シャンプーのアロマの香りとバスローブを纏った満嗣さんの無防備な姿があった。思わずドキッとして、マグカップを落としそうになった。


「あの、このコーヒー高級なやつですよね。俺も貰っていいですか?」


 目が合わせられない。


「飲めば? そんなの気にしなくっていいのに」


「満嗣さんって、大胆ですよね。付き合って貰っちゃって本当にいいのかなって思うんですけど、俺あんまり経験ないから……その……どうしたらいいか」


「大人なんだからさ、お互い」


 満嗣さんは、俺からコーヒーの入ったマグカップを受け取った。


「大胆っていうか、そんなつもりもないんだけどなあ。霞だったら、自然にしてても良いかと思って。私的に楽なんだけど、迷惑だったのかな?」


 俺は、首を左右に振った。


「もっと、霞も自然に振る舞ってくれてもいいのにな」


 なかなか難しいけど、努力します。


 高級なコーヒーは、上品な香りは勿論、飲んだこともない深みのある香ばしい味がした。


「美味しい」


「そう? よかった。私は飽きちゃったけどね」


「え?」


「このコーヒー一時期好きでさ、いっつも飲んでたんだけど、飽きちゃってずっと飲んでなかったのよ。事が済んだら、持って帰っていいわよ」


「あ、ありがとうございます」


 なんかちょっと、恥ずかしい。もっと、満嗣さんの嗜好とか色々知らなきゃいけないと思った。


「ところで、俺のアパートで何を調べるんです?」


「さっきみたいな盗聴機とか、あと篠山の指紋と何かDNAが取れる物が欲しいの。霞の指紋は以前貰っているから大丈夫だし、ウサちゃんの分も以前調べている。問題の篠山誠太の指紋が警察でも保管されていた。研究室に入るための鍵が指紋だったの。指紋も年を重ねるごとに少しずつ変化するのだけど、それもコンピューターで予測出来る範囲だから大丈夫。ただ、篠山は天才だから、全てお見通しってこともあるだろうけど」


「そうですか。警察に物色されるのも、慣れてきましたね」


「そうねえ、あんたには悪いけど何回目って感じだもんね。そのうち、大家さん怒って追い出されたりして」


「もう、悪い冗談やめてくださいよ。そうなったら、俺マジで行くとこ実家しか無くなります」


「ここに来たら?」


 俺は、きょとんとして言葉を失った。


「ジョーダン」


 悪い冗談だ。


 けれど、この冗談が現実になるとは思ってもいなかった。


 3日程して、大家から物凄い剣幕で電話が鳴った。


 何度も警察に入られているのは勿論、知らない間に子供を引き取った事に関して、同じアパートの住民からクレームが殺到しているとのこと。アパートの評判にも関わることなので、直ぐにでも出ていって欲しいと。


 出ていって欲しいと一方的に告げられ、どうしようもないのだが、直ぐにといわれても行く場所がないので少しだけ猶予が欲しいと告げた。大家がくれたのは、たった1週間。丁度、明日アパートに戻れる許可も下りたので、荷物をまとめなきゃいけないのだけど。はっきり言って無茶苦茶だ。


 あれから、篠山さんからの連絡はない。どうしても気になってこちらから一度だけ電話をしてみたが、電源が入っていなかった。いよいよどうしても気になり家を訪ねてみたが、既に退去されていた。


 まだ結果はでていないが、やはり篠山さんは、あの篠山さんだったんだろう。ウサ子のぬいぐるみに仕掛けられた機械も、篠山さんの仕業で……満継さんが全てに気付き始めたから、逃げてしまったってことなんだろうか。


 満継さんは、俺がマンションに来た次の日の夕方、また仕事に行ってから帰って来ていない。今夜、帰る予定らしいので、何か美味しい食事を用意して待っていることになっているのだけど。今この事態について電話しても迷惑だろうし、どう相談してもいいのか整理ができない状態だったので、いつもの如く圭介に相談することにした。


 けれど、圭介は電話に出ず、珍しく折り返しの連絡もなかった。何度か電話してみたものの、やっぱり何の連絡も無かった。


 ふと、満継さんが倒れたあの日の事を思い出して、嫌な予感がした。変なウィルスでも流行っているのかな。


 妙な胸騒ぎで、ずっと観ていなかったテレビを付けた。妙なタイミングで、胸騒ぎが的中したのか、ニュースキャスターがその事実を告げていた。


『ロボットの身体の90%の機能が破壊されるという、謎の現象が起きています。病院、警察が原因を究明しておりますが、まだわかっておりません。ただE地区のみでしか起きていないとのことで、E地区を応急的に隔離する方向で動いています』


 満継さんが、戻らないのはこのせいか。あの日の事もあるし、大丈夫なのだろうか。そして、連絡の付かない圭介も、もしかして……。


 ウサ子のいた病院が映し出された。そのあと、俺のアパートの周辺が。


 どういうことだろうか。俺が、最近関わった場所ばかりじゃないか。


 俺が、原因なのか?


 満継さんが倒れたのも……俺の……せい?


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