第35話 なんか知らんけど、川田さんめっちゃ怒ってる
俺は、満嗣さんからの電話を切ると、身の回りの準備を始めた。
満嗣さん曰く、持ち物は最低限、篠山さんから貰ったような物は一切持ってくるな、とのことだ。
最近、ウサ子がお気に入りの篠山さんから貰ったぬいぐるみ。これも置いていかなければならないのかと悩んだのだが、目が覚めて泣くウサ子を想像するとどうしても置いて行けなかった。
持っていって、満嗣さんには直接説明することにした。
満嗣さんの部下の迎えの車は、30分くらいで到着した。
俺は眠るウサ子を抱えて、車へと乗り込んだ。
「桜木さんですか? 柏木警部の部下の川田です」
「はい、よろしくお願いいたします」
川田さんは、俺より若いかもしれない雰囲気すらあるのに、何か怒ったような無愛想な雰囲気を纏っていた。きっと、仕事終わりで疲れていたに違いないと思い、俺は恐る恐る詫びだけ入れた。
「あの、お仕事で忙しいの、余計な事をさせて、すみません」
「いえ、構いませんよ! 柏木警部に、自分が行きましょうかって名乗り出たんですから」
なんだか、言い方にトゲがある。
「そうですか、ありがとうございます」
車がゆっくりと走り出した。無言の車内。俺はなんてこともないが、何故か川田さんから流れ出る雰囲気が重い。
暫くして、口火を切ったのは川田さんの方だった。
「柏木警部の、何に惚れたんですか? 柏木警部に何をしたんですか? 何が目的ですか?」
「あ、え?」
急にまくし立てられたので、俺は頭が追いつかなかった。
「いつから狙っていたんですか? 将来のことは考えているんですか? 本当に幸せにできるんですか? って言うか、自分が釣り合ってるとか思ってるんですか?」
「あ、え? あの、なんなんですか?」
瞬間、車が急ブレーキを踏んで、俺の身体が前のめりに動いた。ウサ子が、びっくりして一瞬起きたが、また直ぐ眠った。
見れば、信号が赤だった。
「あの。こんな事を言うのは失礼な事だと十分わかっているのですが、子供が寝てるので急ブレーキには気を付けて頂けると助かります」
川田さんは、何も言わなかった。
再び、車は走り出した。あれから、何時間経ったんだろうと問いたくなるような、眠らない街はあの時と変わらない。少し忘れかけていた、柔らかな唇と息遣いを思い出して、切なくなった。
「……なぃ……」
川田さんから、蚊の鳴くような声がした。
「……あんたに、俺の気持ちなんて……わかるはずない……」
ああ。
彼は、川田さんはヤキモチを焼いているんだ。
失恋して、傷付いて……もしかしたら、今の川田さんの立場が、俺だったかもしれない。
「俺に幸せに出来るかどうかなんて自信はないですけど、俺が出来る限りの事はするつもりです。例え、死んでもそれは誓います」
川田さんは、こくりと頷いた。
それ以降の会話も反応もなく、満嗣さんのマンションの前で車は停車した。
「このマンションの53階の12号室です」
「すっご……」
俺は、川田さんに礼を言ってから見送り、再びマンションを見上げて絶句した。
地区内でも超超有名なゴージャス高級マンションだった。
確かに考えてもみれば、地区でも有名な凄腕警部。事件にこの人ありと言われた、超有名人なのだから、給料もそれなりに貰っていてもおかしくないだろうと思う。
高級マンションのラウンジにはホテルのような受付レディがいるし、シャンデリアと小川みたいなインテリアが目を引く。大理石の廊下を歩くのも、なんかもう気が引けるくらいドキドキした。
受付で名前を言うと、受付レディは聞いていますの一言。で、鍵を貸してくれた。
奥のエレベーターで満嗣さんの階まで行くのだが、エレベーターはまさかのシースルーで、外のネオンが眩しいくらい綺麗な夜景を映し出していた。
玄関を開けて、部屋に上がらせて貰うと、満嗣さんがいつも付けている香水のにおいがした。心臓が、ドキドキする。なんか、スケベだよな。
広いリビングに部屋。女性の部屋の中をうろうろするわけにもいかないので、リビングの高そうなレザーのソファにウサ子を寝かして俺も座った。
当たり前だが、妙に落ち着かない。
部屋の中は、片付いているとも散らかっているとも、どちらとも言えない具合で、生活感が出ていた。
忙しいんだろうな。と言うのがわかるくらい。あんまりじろじろ見たら、失礼だろうと顔を伏せた。
ウサ子は相変わらず、気分良さそうに眠っているので、何よりだ。
満嗣さんからの、電話が鳴った。
『着いた? 散らかってて悪いけど、適当にやってて』
「いえ、すみません」
『もう少ししたら、帰るから』
「待ってますね」
『あれだったら、私のベッド使っていいから、寝てて』
「ありがとうございます」
会話は、そんな感じで終わった。
ベッドを使っていいと言われても、そこまで自由に振る舞えないので。俺は、ソファに横になった。
幸い、ウサ子を寝かして尚自分が横になれるほど大きなソファだったからそれで十分だ。
うとうととして、どのくらい時間が経ったかはわからないが、身体に掛けられた毛布の感触で目が覚めた。
「あ、起きた? もう、ちゃんとベッド使いなさいって言ったのに」
満嗣さんは、呆れたように呟いた。
「女性の部屋を、歩き回るのも失礼かと思って」
「私がいいって言ってるんだから、よかったのに。見られて困るようなもんなんて、たいしてないわ」
「そう、なんですか?」
「まあ、忙しくて寝に帰るだけのようなものだから」
「こんなに立派で広くて綺麗なマンションなのに、ですか?」
「どんなに綺麗で立派なマンションでも、独りだったらそんなもんよ」
なんとなくだけど、満嗣さんは寂しかったのかな。
「あの、話って」
「そうそう、霞には悪いけど、あんたのアパートの部屋を調べさせて欲しいの。気になる事があってね。それで、荷物は私の指示通りにしたわよね?」
俺は、ウサ子のぬいぐるみの件を思い出した。
「どうしようか悩んだんですけど……篠山さんからウサ子へのプレゼントのぬいぐるみだけ、持ってこさせてもらいました。ウサ子の大のお気に入りなので、置いてくるのが可哀想で」
へらっと笑った俺の頬を、満嗣さんが思いっきりつねった。激痛に涙が出た。
「あだだだだだだ!! い、痛いんですけど」
「それ! 直ぐに出しなさい」
満嗣さんは、怖い顔で腕組みをしながら仁王立ちだ。
俺の身体は恐怖で震えながら、持ってきたバッグの中からぬいぐるみを取り出し、満嗣さんに渡した。
カカア天下になるのは、最初からわかっていたことなので、いたしかたない。
満嗣さんは、ぬいぐるみの首を無造作に引きちぎった。俺の口から、情けない声が出た。
ぬいぐるみの中身のふわふわの綿が、辺りに散らばる。中から、小さな機械も顔を出した。
満嗣さんはそれを掴むと、床に投げつけ、踏み砕いた。
「盗聴付き発信機よ。ここもわかったんじゃないのかしらね、だとしたら最悪」
俺の全身から血の気が引いた。
「篠山太一、あいつは篠山誠太よ。あいつには、兄弟がいた。兄弟の名前が、篠山太一。一緒にロボットの研究をしていたみたいだけど、研究中の事故で死んでいるわ。即死だったせいで、今の医学や技術でも助ける事ができなかった。篠山の住んでいた実家のあった地区は、今はオフィス街になっていて、跡形もなかった。随分、太古昔からの風習を大事にしていた地区だったみたいだけどね」
篠山さんが……俺は、呆然とするしかなかった。
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