第34話 全ロボットの憧れ
「悪い?」
川田は、私の言葉を復唱するかのように叫んだ。
「悪いです! 俺だって狙ってたんですから!」
「は? ばっかしゃないの?」
「酷!」
なんか知らないけど、川田は泣きながら署を飛び出して行った。
「いいんですかあ?」
今度は、暢気そうに最上。
「そのうち、帰ってくるでしょ」
「でも、意外でしたあ。もう、カモノハシなんて言えませんねえ。でも、なんで彼なんです?」
「そうねえ、ちょっと羨ましくなっちゃったからかな?」
「羨ましく?」
「あの、子がね」
「はあ」
最上は、首を傾げながらコーヒーでも淹れにその場を去った。
机には、川田が頑張って揃えてくれたらしい資料が山となっていた。
「そうそう、せめて川田さん労ってあげてくださいよ。ずっと、柏木警部と付き合うためにキャリアあげなきゃって頑張ってたんですから。鳶に油揚げ持ってかれたって、彼のこと刺しに行ったらどうするんですか」
「やめてよ、そんな事件想像すんの」
「色恋沙汰は、怖いですからね」
「川田もバカじゃないんだから。まあ、近いうちになんか考えるわ」
「よろしくお願いしますよ」
まさか、まさかの展開だったなと思った。
それが、所詮ロボットの愛情か。だとしたら、継母は正しいと思う。
*****
随分家を空けてしまったし、ウサ子の事も併せて、篠山さんには大変なご迷惑を掛けてしまった。と同時に、本当に助かった。
家に着いて早々、ウサ子が俺に飛びつき、その後を疲れた顔で篠山さんが追って来た。
「ああ、もう大丈夫なんでしょうか?」
俺は、出来る限り深く頭を下げた。
「本当に、お世話になりました! あと、成功しました」
「おおお! 良かったじゃないですか。で、彼女は? 倒れて病院と聞いて……でも、その様子だと死んではいないような?」
「はい。脳が人間だったので、お陰で助かったそうです」
「え、脳が人間だった?」
「ええ? どうか、しましたか?」
「あ、いえ。意外だったので」
「あ、そういうことですか」
「でも、よかったですね。これで、次はプロポーズですね」
「ま、まだ早いですけど」
「まあまあ」
篠山さんは笑った。
「しかし、子育てとは、なかなか体力がいるものですね。私も、これで帰らせてもらおうかな?」
「はい、何もお構いできずで。また、後日お礼をさせてください」
「気にしないで」
篠山さんは、俺と入れ替わるようにして帰っていった。
「ごめんな、ウサ子。良い子にしてた?」
「うん! いっぱい、あしょんだ!! ウサ、いっぱいいー子だった」
「そっか」
「パパ、おちゅかれ?」
「すこしね」
「ねむい?」
「すこしね」
「ねんね、いーよ。ウサ、てれび観てゆからね」
ウサ子と同じ目線に並んだ俺の頭を、ウサ子の小さな掌が撫でた。
満嗣さんの、あの手の感覚を思い出した。俺はどうやら、頭を撫でられるのが好きみたいだ。
「ウサ、ありがとう。ウサに、ママもできるかもね」
「ウサね、ママね、あのおねーしゃんがいいなあ」
「そっか。がんばるね」
「うん」
これから、頑張らなきゃいけないことも沢山増えた。でも、それは幸せな頑張りだ。
なんでもいいから、仕事して指輪買いたい。子連れでも出来る仕事、ないかなあ。度々頼って申し訳ないが、俺の知ってる人間で唯一仕事している、篠山さんに相談してみよう。寝て起きたら。
*****
失敗!
失敗!!
自分としたことが……。
けど、実験としては成功したようなものだ。
人間には無害。
次に、アンドロイドはどう影響される?
では、アイノコは?
まだまだ、データが必要だ。
*****
時折、ウサ子が起こしに来たものの、特に用事がないときは大人しくテレビを観ててくれていた為に、俺はゆっくり眠ることが出来た。
俺がちゃんと起きたのは、今度はウサ子が眠る時間。
急いで風呂に入れて、ウサ子を寝かしつけた。明日にでも、何かご褒美をあげないとな、と思っている。何がいいかな。明日、聞いてみるか。
ふと、圭介にまだ何も伝えていなかった事を思い出したので電話した。
満嗣さんの事もそうだけど、実家に戻るのは止めた旨を伝えないと。
で、圭介に満嗣さんへの告白が成功したことを伝えると、彼が喜んだ後に笑った。
『だから、自信持ちなっていったでしょ』
「けど、結論として結果が奇跡的にこうなっただけで、実際はダメだと思ってたし」
『それが、ダメなんだって。霞ちゃんは知らないんだろうけど、本来人間ってのはモテる筈なんだよ? 人間ほど、愛情深い人って存在はいないからね。オレだって、なかなか運命の恋人に巡り会えないのは、半分以上っていうか、殆ど霞ちゃんのせいだって思ってるもん』
「え?」
『やっぱり、深い愛情っていいよ。羨ましいもん』
「満嗣さんはともかく、お前が俺に何を羨ましがるんだよ」
顔もスタイルも恵まれた男が。よく言うよ。
『ウサ子ちゃんがね、羨ましいって話だよ』
「子供欲しいの?」
『そうじゃないよ。全く。人間の霞ちゃんには、きっと一生わかんないよ』
「ごめん」
思わず、謝ってしまった……。
『まあ、いいよ。オレだって、寂しくなるかもって思ってたんだからさ。よかったよ。本当。あ、でもあんまり会えなくなるかな。たまには、遊んでよね』
「満嗣さんも忙しいし、そんなに気にしなくてもいいと思うよ。でも、来るときは事前に、連絡だけ頂戴」
『わかってるって』
「俺、もう少しここで頑張ってみるよ」
『わかった。また、困った事があったらいつでも言ってよ』
「ああ、ありがと」
圭介は、最後まで笑っていた。
電話を切ってから、自分が妙ににやけているのに気付いた。
まだ実感はないのだけど、それでも恋人が出来たんだと思うと嬉しくって仕方ない。
一生恋人なんて出来ないと思っていたから、お見合いでもいいって思っていたくらいなのに。
それも、憧れの、高嶺の花と言うのも恐縮するくらいの完璧美女の満嗣さん!
俺は、一生分の運を使いきったと思う!
それでも、いいのだ!
幸せだから。
独り幸せに浸っていたら、まさかの満嗣さんからの着信が鳴った。署からではなくて、プライベートの電話だし!
俺は、慌てて電話に出た。
『あ、起こしちゃった?』
満嗣さんは、少々気まずそうだった。
「いいえ、起きてましたよ! さっき、ウサ子を寝かしつけたところです。どうされました?」
満嗣さんは、少し深刻そうに話を始めた。
『あの、篠山太一とかいう人物だけど、霞とどういう関係?』
霞と呼んで貰えたことが、改めて嬉しかった。
「最近、近所に引っ越してきた方です。篠山さんも人間で、この辺りの勝手が分からないからってことで、訪ねてこられたんですけど、それから友達みたいな付き合いをしていますね。頭が良いし、頼りになるし、本当に出来た人ですよ。そういえば、満嗣さんから俺を紹介されたって言ってましたけど?」
『何それ? 知らないわよ』
「え?」
『だって、プライバシーじゃない。常識的に考えて、おかしいでしょ』
なんだろう、血の気が引いたと言うか、狐につままれたっていうのがこれなのかな。少なくとも、オレオレ詐欺に気付いた時とか、こういう気分になるんだろう。
「え? ちょ、俺、どうしたらいいんですか?」
『静かに! 盗聴されてたらどうすんの?』
「とと、盗聴!?」
『ばか! 電話の内容を復唱すんじゃないわよ。全く』
とりあえず、俺は謝った。
『色々確かめたい事があるのよ。一旦、うちに来れる? 部下に車出させるから。先に私のマンション行ってて』
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