第33話 やっぱり俺は死にません
永遠とも思える時間が流れたが、不安な気持ちのお陰で全く眠くはならなかった。
夕方ボディが届いたようで、脳が回収されると同時に俺も部屋から出るように言われた。
1時間くらい待合室で待たされた後、病室に案内された。
「今日はもう遅いので、もう目は覚めないと思いますよ。泊まるんでしたら、毛布も貸し出しますけど、そこのソファしか場所はないです。朝になったら、自動的に目は覚めますが、問題なく作業は完了しましたので心配する事はなにもありませんので」
「構いません。目が覚めるまでは一緒にいたいので、ソファで構いませんので毛布だけお願いします」
「では、後程お持ちします。あと、食堂は19時までですので」
「ありがとうございます」
そういえば、あれから何も食べていない。
あのナースの冷たいような物言いも、きっと心配がない証拠なんだろう。それでも、俺は何かを食べる気分にはなれなかった。
満嗣さんを覗くと、小さく息をしているのがわかった。それだけでも、俺の不安は半分くらい楽になったと思う。
ボディが新しい証拠だろう、不自然な艶が見える。髪も皮膚も蝋人形みたいに艶やかで、少しばかり表情が違う気もした。それでも、俺の好きな満嗣さんには変わりない。
さっきとは別のナースが毛布とは別に、折り畳みの椅子を持ってきてくれた。礼を言うと、先程のナースと違って気さくな人だった。
「貴方、人間なんですよね? 先輩がそう言っていたので」
「あ、はい」
「私の父も、人間だったんですよ。心配ですよね。大丈夫って言われても自分が人間だから信用できないって、よく父の口癖でした」
「そう、なんですか。でも、本当にそうなんですよね。おお恥ずかしい」
「そんなことないですよ。それは、人間だからこその深い愛情の証拠なんですから。ロボットって、相手の状況が分かるじゃないですか。だから、よほどの事がないと心配しない。私のオイルの温度がが少し上がりすぎたときも、父は真剣に心配してくれたけど、母は余裕でした。いつもそう。でも、そんな父のようになりたくて、ナースの道を選んだんです。柏木さん、幸せですよね。人間の恋人じゃなかったか、こんなに心配してもらえないもの。羨ましい」
「俺には、もったいない人だと思ってるんで。これくらいしか、出来ないので」
「うん。でも、本当に心配ないので。少し眠った方がいいですよ。人間の貴方の方が、まいっちゃいますから」
「ありがとうございます」
「そういえば、売店に軽食と栄養ドリンク売ってますよ」
「重ね重ね、ありがとうございます」
ナースが病室を出てから、俺は教えて貰った通り売店に行ってみた。
栄養補助食品と記載された焼き菓子と、栄養ドリンクの瓶とミネラルウォーターを買った。
先程のナースの忠告通り、少しくらいは自分の身体を労らなければよろしくない気がしたから。
再び病室に戻ると、満嗣さんのベッドの横で焼き菓子を食べ、栄養ドリンクを飲んだ。
あとは、手を洗ってから彼女の手を握っていた。
*****
ベッドの揺れで目を覚まして、不覚にも眠ってしまっていたことに気付いた俺。
顔を上げた時、そこには上半身だけ起き上がり、ぼんやりと俺を見る満嗣さんの姿があった。
「あれ? 私、どうなったの?」
視界が歪む。
「なんで、泣いてるの?」
満嗣さんが、不思議そうに問うが、俺は泣き声を堪えるのに必死だった。
「ねえ、なんか言ってってば」
「うぐぅ……う、、み、つぐしゃん……よか、った……」
「え?」
「たお、えて……とつ、ぜん……」
「え? 私、倒れたの? 全然、覚えてないわ」
「ご、ごめん……と、とまら、なく、って」
「いいわよ。迷惑かけたみたいね」
俺は、首を左右に振った。倒れる前に近付いた距離は、幸いにも変わっていなかったようで、満嗣さんの掌が俺の頭を撫でてくれた。
「あれから、どのくらい経ったの? ずっと、居てくれたんだ?」
少し泣いてから、泣き止んで、落ち着いてから俺は一連の流れを説明した。
「あの後、満嗣さんが倒れて、救急車呼んで。ボディが突然壊れたらしくて、医者も原因不明だって言ってましたけど。でも、満嗣さんのボディは保証に入ってたから、それで交換してもらえることになって、昨日の夜それが終わったんです。だから、あれから1日挟んで今日になってます。一応、俺から署には伝えておいたんですけど、よかったですか?」
「あ、そうなんだ。それは、構わないけど……なんで突然」
「医者も原因不明だって。でも、本当によかった」
満嗣さんは、ベッドから降りた。
「署に行くわ。調べたいこともあるし。あんたは、帰って休みなさい。ウサちゃんにも、会ってないんじゃないの? だめよ、パパなんだから」
「大丈夫、なんです? もう少し休んだ方が……病み上がりなんだし」
満嗣さんは、笑った。いつもの、彼女の笑いだった。
「私は、ロボット。あんたは、人間でしょ。ねえ、霞。彼氏がいきなり過労死するとか、マジ勘弁だから」
俺の顔が真っ赤になるのがわかった。それ以上、何も言えなくなった。
「いい? ちゃんと寝て、ちゃんと食べる。お風呂にも入る。寝不足度95%による疲労度87%。通常に戻るまで70%の睡眠が必要で、あと30%は良質のタンパク質を中心とした食事ね。体力が85%まで回復したら、またゆっくり話ましょう。他に何か必要なデータは?」
「いえ、ないです。帰って、飯食って寝ます」
「よし」
満嗣さんは、俺の前から去っていった。けれど、俺が予想していたものと全く違うつかの間の別れ方だった。
*****
もし、本当に将来の伴侶として選ぶことが出来るなら、人間がいいよ。
そう、継母に教わった。
子供ながらに、何故かと問うた私に、継母はこう答えた。
人として、最も愛情深い存在だから。
私はその深い愛情見て、羨ましいと思った。そんな、羨ましい心があいつを選んだ。
そして、その深い愛情を感じた。
目が覚めて、私は全く知らない場所にいた。パニックになりそうな程驚いたが、ふとあいつの姿が目に入り、握られた手の感触に落ち着きを取り戻した。
一瞬でも戻りそうだった、事故の後のあの恐怖と不安の感情を回避出来ただけでも良かったと思う。
独りじゃなくて、本当に良かったと思った。
ずっと、側に居てくれて嬉しかった。
霞の話からしたら、何故私の身体が突然ダメになったかが分からないようだ。
けど、私の身体が突然ダメになるという事実が受け入れ難く、その為に私は取り急ぎ署に戻る事を決めたのだ。
医者に私の身体の行方を確認したところ、90%が破損しているとのことで、メーカーが原因解明のためにも身体を欲しいと言っているようだった。
とりあえず、私の許可がないまま返送する事はできないとのことで、まだ病院にあった。
私はメーカーに直接交渉し、少々荒い手ではあったが、その身体を警察で先に調べさせて貰うよう話を付けた。
身体は早々、専門分野にまわした。
「柏木警部、聞きましたよ。大変だったんですってね。しかし、あのカモノハシ君と何でまた? あ、ケアってやつですか?」
川田がヘラヘラ笑いながら詰め寄ってきた。
「なんでって、彼氏だから」
「ああ……って、ええええええええええええええ????!!!!」
「そんなに、驚くことでもないじゃない」
「いや、驚きますでしょ!」
「私だって、彼氏の1人や2人くらい作るわよ」
「に、してもですよ。あの?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます