第29話 ロボットも人間も心は変わらんと思う

 満嗣さんのリクエスト、シーフードカレーを作った。


 メインの具材となるシーフードは、冷凍の安物なんか使わず、生のものを用意した。エビも殻を剥いて背腸を抜いたし、イカも綺麗にした処理して、貝も一度軽く茹でてから、殻を取り除いた。


 食べやすい美味しい、自信のカレーだ。ただ、ウサ子の為に味は甘口にした。もし満嗣さんが辛いのが好きだったらがっかりするだろうから、別に調節用のスパイスを用意した。


 他にサラダとスープも作ったし、デザートにババロアも作った。


 ウサ子は、味見を兼ねて小さなババロアを先に食べた。美味しいと甲高い声を上げたので、きっと満嗣さんもよろこんでくれるはずだと思う。


 夕方になって、満嗣さんが来てくれた。ドアのチャイムが鳴って玄関を開けて。その時の俺の顔が、満嗣さん曰く面白かったらしい。


「なんて、間抜けな顔して出てくんのよ」


「あ、え。あ、郵便かと思って」


 正直なところ、こんなに早く来てくれると思ってなかったので、拍子抜けだった。


「今日、食事に来るって言ったじゃない。遅くなったら、迷惑だと思ってね」


「ありがとうございます」


 俺は、満嗣さんに中へ上がってもらった。


 食事の支度は出来てはいるが、正直夕飯にはまだ早いような気がする。


 満嗣さんに目配せすると、彼女は両手を天井に向けて伸びをしていた。ちょっとだけ、砕けた顔が見えた。


「あーん、疲れた。ここんとこ、ずっと缶詰状態だったから」


「え?」


「あ、お風呂は入ってるわよ。シャワーだけど、署にあるもの」


「いえ、そうではなくて。そんなに働きづめだったんですか?」


「そんなに、働きづめだったんですよ」


 満嗣さんは、小さなソファーにどかりと腰を下ろした。


「早めに来たものの……夕飯には、まだ早いわよね。お茶淹れてくれる?」


「ダージリンとカモミールとありますが……あ、あとコーヒーもありますけど、どれにします?」


「そうね、カモミールにしようかしら」


 俺は、ポットにカモミールのハーブティーの葉とお湯を注いだ。カモミールの優しい香りが、狭い空間に広がる。


 ふと気付いた。心臓が、少なからずドキドキと言っている。この時間も、きっと直ぐに終わってしまう。食事が済んで、お別れを言って、気持ちを伝えて……そしたら、本当のお別れが……。


「ねえ、どうしたの?」


 はっとした。満嗣さんの声がした。


「あ、じっくり蒸らした方が美味しいんですよ」


「そうなんだ。にしても、あんた偉いわよねえ。私なんてさ、ティーパックのお茶しか淹れないもの」


「お忙しいですから、良いと思いますよ」


「うちにも、おしゃれなティーカップセットがあるのよ。結局、1回しか使ってないかも。なんか、洗うのも面倒でね」


「へえ、お茶お好きなんですね」


「うん、好き」


 ドキっとした。なんだろう。


「あ、顔赤いよ」


「緊張して」


「そう」


 俺は、震える手元を気付かれないよう隠しながら、カモミールティーをカップに注いだ。


「どうぞ。なにか、いります?」


「うーん。もうすぐご飯だから、いいや」


 俺はウサ子にオレンジジュースを与え、俺も満嗣さんと同じカモミールティーを口にした。いつも飲んでるものなのに、なんだかとてつもなく美味しく感じる。


「ふう、やっぱり美味しいなあ」


「また、淹れますよ」


 もうないかもしれない約束をした。


「今度は、うちに来て淹れてよ」


「はい」


 果たされないかもしれない約束は、胸が痛い。


 ふと、満嗣さんの膝の上の衣類が目に入った。年期の入ったマフラーといつもの上着。マフラーは古い上に、ファッション、というか彼女には不似合いに見えた。今まで、持ってたかな?


「満嗣さん、そのマフラー随分大事にされてるんですね」


 満嗣さんは、苦笑いを浮かべた。


「ボロボロで、汚いでしょ。でもね、これ宝物でお守りなんだ。事故の時、唯一の私物だったって聞いてるのよ。だから」


「いつも、着けてましたっけ」


 満嗣さんは、首を左右に振った。あんたしか、こんなの持ってること知らないよ。なんだろうね。気持ちが落ち着かないときは、これを持って出かけるの」


「なにか、あったんですか? あ! 俺襲ったりとかしないんで、安心してください」


 満嗣さんのデコピンが、俺を後ろに軽く弾いた。


「あんたなんか、心配してないわ。そうじゃない。あんたの、全然進まない事件に毎日悩まされてるってこと」


「結局、俺じゃないですか」


「まあ、そういうことね」


 俺は立ち上がった。


「俺に出来るのは、ご飯を作ることだけですね。それも含めてお詫びのカレーをどうぞ、お楽しみください」


「はーい!」


「あーい!」


 満嗣さんの声のあとに、ウサ子も声を上げた。


「ウサ子、なんのことかわかってるの?」


 ウサ子は、首を傾げてから


「ウサもね、カレーたべる」


 と、ふふふと笑った。


「ウサ子ちゃん、かしこいのね。そう、カレー食べようね」


「カレーたべる。ウサ、かちこいの」


 ウサ子は、照れていた。


 サラダとスープを並べ、最後にカレーを配った。


「すごい、本格的じゃない。冷凍のシーフードミックスじゃない」


「勿論ですよ! 腕によりをかけて、作るって言ったでしょ」


「いただきます」


「いららきましゅ」


「どうぞ、召し上がれ」


 カレーを口に運ぶ満嗣さんを、こっそり見ていた。すると、気付いたのか彼女は目線だけ俺に向けた。


「今まで食べたカレーの中で、一番美味しいわ」


「よかったです」


 俺は恥ずかしくなって、カレーをかきこんだ。


 満嗣さんも引き続き食べていると思ったのだが、照れ過ぎてドキドキする心臓を落ち着かせようと深呼吸してから再びふと彼女の方を見たら、満嗣さんは頬杖を付きながら俺を見ていた。


 思わず、噎せた。


「ど、どうしたんですか? もう、お腹一杯とか?」


 にしては、あれから殆ど量は減っていないので、2、3口しか食べていないのだろう。やっぱり、口に合わなかったのかな。少ししゅんとした。


 すると、満嗣さんは思わぬことを口にした。


 関心したように言う。


「一緒に居ると、本当に親子みたいになるのかな。ウサちゃんと、本当の親子みたい」


 満嗣さんの目には、どんな風に映っているんだろう。


「本当の親子だって思ってるんですけど、その思いが現実になったんですかね。だとしたら、うれしいですけど」


「そうかもね。ウサちゃんの学習機能だけじゃなくて、ちゃんと愛情も伝わってるってことかもしれないわね。私も経験してるから、なんとなく解る気もするわ。なんて言うのかな……心が、繋がるのよね」


「俺の勝手な考えなんですけど。心って、人間もロボットも平等にあるものだって思うんですよ。人間だって優しい人もいれば、冷たい人や意地悪な人、親切な人もいるように、ロボットも同じように優しい人や親切な人だけじゃなくて、冷たい人や意地悪な人もいるんですよ。プログラムで制御出来るっていいますけど、学習プログラムで少しずつ変わっていくっていうし。その学習プログラムっていうのが、心を作ってるって思うんですよ」


「学習プログラムね。人間の脳と同じ機能を開発するために生まれたプログラムが、心と繋がるって訳か」


「俺には教養も頭もないんですけど、そう思うと人間とかロボットとか言っても結局はみんな同じ人類なんじゃないかって思うんですよ」


「そうよね、ロボットだって人間と同じような感情を持ってるものね。愛情も喜びも痛みも悲しみも。ただ器が違うだけ」


 あんた、良いこと言うじゃない。と満嗣さんは笑ってくれた。


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