第28話 色々諦める時なのかな
いっそ満嗣さんに告白して、フラれたら実家に帰るとかどうだろうか。
多分、フラれるんだろうけど。
そうしたら、ウサ子も育てやすくなるし、俺もウサ子も楽になるんじゃないかな。
この都会は、人間が暮らすには少々厳しすぎるのも確かだ。
それに、なにより、そうなれば未練もなくなる。
ようし、決めた!
俺は、満嗣さんに告白するぞ!
で、男らしく、当たって砕ける!
帰ったら今日残りの一日は、満嗣さんに悔いなく告白して、未練無くフラれる計画を立てよう!
*****
10日振りくらいに、桜木霞から連絡があった。私が食事をご馳走してもらった直ぐ後から、暫く実家に帰っていたそうだ。
私自身も少々溜まっていた仕事を片づけるのに精一杯だったので、あれからもう10日も経っていたことに驚いたくらいだった。
あいつにしては珍しく、たわいもない内容の電話だった。別にそれは構わないし、自分でもわからないけど、何故か嬉しく思えたのは事実だ。
少し厄介な事件の被害者。それでももっと厄介な事件は幾らでもある。ただ、それだけの筈なのに。記憶をチラつく顔によく似ている、というのが始まりだっただけなのに。妙に気になって仕方ない。
「そう、ゆっくり出来たならよかったじゃない。たまには息抜きも必要よ。私は、忙しくてね。ここんところ。休む暇もないわ」
笑っては見せたけど、それが妙にむなしく思えた。
経過した時間を数字にして、その間仕事しかしていなかったことに溜め息が出た。
聞こえるような溜め息を吐いたつもりなどなかったけれど、あいつには何かが聞こえたようだった。
『どうか、されました? やっぱり、ご迷惑でしたよね』
電話の向こうの、気を使うような声が辛い。
「あ、うん。そう見えるなら、疲れているのよ。そういえば、私にしたら唯一の休息ってあんたと食事したときかもしれないな。あんたの手料理、本当美味しかったわ」
『そうですか、よかった。あの、調子に乗ってる訳ではないんですが……もしよかったら、またどうですか? 今度は、リクエストの料理作って待ってますので』
思わず、笑みがこぼれた。
「そうね。今度は、カレーがいいな。私ね、カレー好きなのよ。久しぶりにシーフードカレーなんか食べたいと思うんだけど……出来る?」
『もちろん! 腕によりをかけて、作りますよ』
「じゃあ、明日。いいかな」
『はい』
あいつは、嬉しそうだった。手間とか、迷惑だとか思わないのかな。つい、明日なんて言ってしまったけど……楽しみだ。
*****
満嗣さんへの覚悟と、意を決した気持ちでどうにかこうにか約束を取り付けた。
満嗣さんは、何か察してくれたんだろう。小さな溜め息にも似た様子が電話越しに伝わったのだけど、優しく気持ちを汲み取ってくれたようで、しかも明日来てくれるという。
早い方がいいなんて思ったのだけれど、こんなに早くなるとか、流石に俺も少しばかり動揺した。
終始応援してくれていた、篠山さんにも礼儀として報告くらいはしたい。同じ人間だというのもあるけれど、せっかく知り合った人なので、実家に帰った後も出来ればお付き合いは続けて行きたいと思う。
あと、なんだかんだ言って圭介にも報告しなくちゃ。ここ数ヶ月、一番世話になったのはあいつだし、子供の頃から当たり前のようにつるんで居た仲だし。
失恋&引っ越しパーティくらいはやりたいなあ。パーティといっても、3人だけだけど。
俺は、篠山さんに電話した。
*****
暫く実家に帰ると連絡をもらって以来、だから約10日振りくらいだと記憶する。
毎回思うのだが、心底、間抜けにもお人好しな人間だ。
「随分、ごゆっくりされたんですね」
仕事も無く、毎日育児だけしてればいいのだから、何かと実家の方が便利に決まっている。彼は、照れたように笑っていた。
『ええ。2~3日のつもりだったんですが、つい母に甘えてしまって。長いしてしまいました』
「やはり、実家の方が何かと楽でしょう。それに、お母様は、桜木さんという立派な子を育てた経験がおありですしね」
『いやあ、やぱり母の手際はよかったです』
そんな感じでたわいもない話をしていたのだが、くだらなさすぎて入ってこなかった。
それから、肝心な話になった。
『それで……篠山さんの予想通り、俺やっぱり、み、柏木警部のことが好きみたいです。それで、俺の中で決心が決まりましてね。次、柏木警部に会うとき、告白しようと思うんです。それで、フラレれたら実家に帰るつもりです。やっぱり、俺一人で育児するより心強いですし。それに……』
桜木さんの言葉が止まったが、何かを言いたそうにしているのを感じたので、そのまま聞くことにした。
『それにですね、母がお見合いの話を持ってきたんです。そういうのもありかなっと後から思ったんで……いえ、今回は断ったんですけど。なんで、未練がなくなればウサ子の為にも色々前に進めるんじゃないかと思ったんです』
自分の中で、込み上がる笑いをぐっとこらえた。
人間とロボットの恋……沢山居るけど、自分からしたら滑稽以外の何でもない。
「そうなんですか。やっと自分の気持ちに気が付いたんですね。それはよかった」
精一杯、偽善を装う。
「でも、まだ諦めるのは早いですよ。可能性を捨ててしまっては、もったいないですから」
『そうですかねえ』
「そうですとも。で、次はいつ?」
『明日です』
「へえ。積極的じゃありませんか」
『向こうから、明日空いてると言ってくれて。多分、気を使ってくれたんだと思うんですけど』
桜木は、たいそう自信なさげに呟いた。
「あまり、悪くは考えすぎないで」
嬉しさと不安が、シーソーゲームしているといった具合だろうか。
そろそろ、例の実験を動かす準備に取りかかるべきではないだろうかと。
桜木と柏木が、付き合おうが付き合わなかろうが、自分にはどうでもいい。それをきっかけに、柏木に幼女ナノマシーンンとの接触の機会を設けたかっただけだから。
そろそろ、柏木の体内に十分なナノマシーンの一部が蓄積される頃だと思う。
*****
篠山さんは、妙に応援してくれるけど、俺としては1%も期待していないだけに、少々胸が痛かったりする。
篠山さんの後に、圭介に電話をした。最初は繋がらなかったものの、いつも通り暫くしてからの折り返しがあった。
ことの説明をすると、圭介は冷静にも寂しそうな声で会話を繋げた。
『そっかー、霞ちゃん。そう、決めちゃったんだ。でもさ、その方が霞ちゃんにとったら幸せかもしれないよね。あと、ウサ子ちゃんにとっても』
圭介の物解りのよいというか、もっともな反応に、俺は少しばかりあっけらかんとした。
『ん? どしたの?』
「いや、もっと色々言ってくるかと思って。妙に納得して、賛成してくれるから拍子抜けしちゃって」
圭介は、笑った。
『そりゃね。子供の時から、霞ちゃん見てるもん。それに、やっぱりここは人間には暮らしにくいと思うよ。霞ちゃんの実家がある都市って、人間のために開発された場所じゃん。周りも人間ばかりだから理解もしてもらえる。やっぱり、人間は限界も多いから、助け合って生きていくのがベストだと思うよ』
そんなこと、改めて言われなくても解ってることだ。
それでも、なぜだろう、どこかでロボットに、ロボットのような生活に憧れていたんだ。けど、どんなに頑張っても所詮人間は人間だった。現に、仕事に就けないまま今もいる。
仕事、してみたかったな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます