第27話 親孝行しないとな

 母さんは、いつも俺の嫁さんの心配をする。この年になったら、当たり前かなと諦めてはいるけど、相変わらず胸は痛い。


「元々モテないし、半分諦めてはいるよ。それに、子持ちでも良いって言ってくれる人が今はいいかな」


「いいんじゃなくて、そうじゃなきゃだめでしょうが。あんたはもう」


「でも、なかなかいないでしょ。子持ちでもいいなんて人」


 母さんは、呆れた顔をしていた。


「まあいいわ。どんな形にしろ、孫の顔は見れたんだから。早くお嫁さん貰って、母さんを安心させてちょうだいな」


 母さんに言われなくとも、そうしたい気持ちはやまやまなんだけどね。


「で、今日はどうしたの? あんた、ずっとロクに連絡もしてこないし。ここんとこ顔を見せる気配もなかったのに」


「あ、うん。ウサ子のこと、黙っておくのもなあと思ってっさ。どんな形であれ、孫が出来たことに代わりはないんだし」


 と、ここまで言ったところで、玄関から声がした。


「ただいま」


 父さんだ。


「おかえり。霞が帰ってきてるわよ」


「おー、珍しいな」


 相変わらず、テンションのわからない声で返事をする父さん。


「ねえ、お父さん聞いてよ。霞ったら、孫なんか連れてきて」


「え!」


 初めて、テンションのわかる父さんの声を聞いた気がする。


「孫?」


 母さんが、父さんに大体の事情を説明した。父さんはどう反応してよいかわからないようで、無言のまま困惑した表情を浮かべ、居間で腰を下ろした。


「おいちゃんは?」


 ウサ子が、首を傾げながら父さんの顔をのぞき込む。


「パパのパパだよ。ウサ子のじいじだね」


「じいじ」


 父さんが、むせた。


「お父さん、動揺しちゃってるじゃない」


 クレームのような言い方で、母さんは俺に言う。


 そんなこと言われても。


 で、暫く妙な空気が流れた。


 口火を切ったのは、父さんだった。


「で、お嫁さんはまだなのか」


「う、うん」


「そうか。早く、見つかるといいね。この子の為にも」


「そうだね」


「霞、今日は泊まっていくんだろ?」


「あ、うん」


「いつ帰るんだ」


「決まってないんだけど、暫くいいかな」


 父さんは、にっこりした。懐かしい笑顔だった。


「親になるというのは、大変なことだろう。帰りたくなるまで、居たらいいさ」


 俺の胸が熱くなった。こんなに、ありがたいなんて思えたことあったかな。反面、恥ずかしくって顔を俯かせた。


 ウサ子と出会ってから、ロクな事がなかったのは事実だけども、ウサ子いたから頑張れたし楽しかったのも事実だ。けど、どっかで無理してたのかな。ただ、恥ずかしいだけで俯いていた目から、ぽろりと滴が落ちた。


「もう、この子ったら。父親にもなって」


 母さんの手が、俺の頭を撫でる。照れくさくて、懐かしくて、温かくて。安心した。


「母さん、ウサ子の事、頼むよ」


「もう、あんたが父親なんだから、母さんは手助けしか出来ないわよ」


 俺は、首を縦に振った。


「にしても、母さん女の子欲しかったから本当に嬉しいわ。あんたが女の子だったらしたかった事、いっぱいあったのよ。可愛いお洋服着せたり、ドレス作ってあげたり、お人形も作ってあげたいわね。それから、一緒におやつも作りたいわ」


 母さんが、いつになくウキウキして見える。


「母さん、楽しそうだね」


 一応、親孝行出来たのかな。


「母さん、お前が産まれるとき女の子の名前しか考えてなくてね。で、結局その時決めてた名前をお前に付けたんだよ」


 父さんが、苦笑い気味に教えてくれた。


「やっぱり、俺の名前。女の名前だったんだ」


 俺も、少し呆れた。


「でも、ああは言ってるけど。母さん、お前のこと本当に溺愛してたんだよ。そこは、わかってやって欲しいな」


「うん、俺もわかってるよ」


 だからこそ、疲れた俺が母さんに会いたいって思ったんだと思うし。


 ウサ子は、すっかり母さんに懐いた。母さんに抱かれながら、きゃっきゃと笑っている。


「じゃあ、ウサ子ちゃん連れて買い物でも行こうかな」


「ウサ、かいもの、いくー! ばあばと」


 ウサ子も楽しそうだ。楽しそうでよかったが、ちょっと悔しい気もする。


「霞、あんたは少しゆっくり休んでいなさいな。疲れてるんでしょ。育児、もたないわよ」


 母さんには、なんでもお見通しらしい。


 さすが育児経験者と言うべきか、実家にいる間、俺は父親の顔だけしてればよかったから、本当に楽でありがたかった。


 が、事件は突然起こるのである。


 当初は3日くらいしたら帰るつもりでいたのだが、なんだかんだで1週間も滞在してしまっていた。


 1週間目のこと。母さんが、1枚の写真を手にしていた。古典的といえば、古典的な産物。で、それを俺に見せながら言う。


「あんた、帰る気もなさそうだし、お見合いでもどう? この子」


「はあ? なに勝手に決めてんだよ」


 思わず大きな声が、出てしまった。


「そう、興奮するんじゃないの。決まったじゃなくて、お見合いしてみたらどう? って、提案しただけじゃないの」


「いいよ、そんなん写真持ってきたら一緒のことだし。第一、俺そういうの乗らないよ」


 ただでさえ、恋愛が下手な俺が、恋愛しますよという気持ちで恋愛出来る筈がないと思う。ましてや、相手もそういうつもりだと思うと断り辛くなってしまい、最終的には誰も幸せになれない気がするのだ。


「なあに、好きな子でもいるの?」


 母さんの一言に、俺は真っ先に満嗣さんを思い浮かべた。


「そうじゃないけど、苦手なんだよ。マジで」


 母さんが、無理矢理渡してきた写真を見た。見て、直ぐ返した。見たと言うより、見えた感じ。


「見た? 悪い子では、ないでしょう」


 おそらく母さんは、ルックスの事を言っているのだと思う。


「悪い子かどうかまで、写真じゃわかるわけ無いよ」


 緩やかな笑いを浮かべた、ごくごく普通の子だった。特別な特徴は見当たらない。


「人間の子よ。悪くないでしょ」


 そして、納得した。


「本当、無理だからさ。断っといてよ。それに、俺明日帰るよ」


「まあ、帰るのも突然なのね」


「言うの忘れただけだし」


「……そう、仕方ないわね」


 母さんは、しょんぼりした。ちょっと、罪悪感を感じてしまった。


 本当は、もう暫く居たかった。甘えたかったのだけど、お見合いなんていう面倒事は、まっぴらごめんである。母さんには悪いし、俺も名残惜しくはあるが、ここはそそくさと退散するのが一番だと思った。


「ねえ、霞。またいつでも、顔出しに来なさいね」


 母さんはぽつりと呟いて、キッチンに入っていった。暫くすると、包丁の音がした。包丁の音も、帰ったら聞けなくなると思うと寂しいな。


「なあ、ウサ子。また、ばあばとじいじに会いにこような」


 ウサ子は笑う。多分、まだ何のことかわかってないから。


「うん。じいじもばあばも、だあいすきー」



 翌朝、身支度を済ませて家を出ると、母さんも父さんも駅まで見送りに来てくれた。


 そこで初めて状況を理解したウサ子が、わんわん泣いた。


「ばあばも、いっしょにかえるのおおお~!」


「あらあら、ウサ子ちゃん。また来てね。パパを困らせちゃだめよ」


「ばあばあああ~」


 そこで、俺も初めて理解した気がした。母さんを祖母ちゃんだと伝えても、教えても、母親のいないウサ子にとったら、母さんはウサ子の母親みたいなものかもしれない。やっぱり、早く母親をみつけてやらないといけないんだろうな。


 自分のわがままを通さず、ウサ子のために、お見合いを受ければよかったのかな。


 いっそ、満嗣さんに告白して……。

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