第26話 嫁の前に孫が出来たよ
翌朝、ウサ子と実家に帰る用意を始めた。数日分の着替えと、簡単な日用品。それから、道中のお弁当とお菓子を用意した。
ウサ子は遠足みたいに喜んでいたが、またどこかで覚えたピクニックという言葉を連呼していた。ピクニックとはちょっと違うが、じいさん&ばあさんの家に行くのは、子供からしたらちょっとした旅行だろう。
「ウサ子、これからじいちゃんとばあちゃんに会いに行くぞ」
ウサ子は、首を傾げた。
「じいさあ、ばあさあ?」
「うーん、パパのママとパパの事だよ」
「パパのパパ?」
「そう」
「ママ?」
あ、っと思った。せめてじいさんだけにしとけば良かった。ウサ子には、ママがいない。どうしよ。
「ウサのママは?」
困った。
「ママは……探してるから待ってね」
「ウサもさがす」
「ウサ子も一緒に探してくれるの?」
ウサ子は俺に飛びつき、うんと返事した。
マジで、これはなんとかしないといけないよな。
ウサ子以前に、俺が泣きたくなる話なんだけど。
ここから実家までは、モノレールで約1時間半くらい。ただ、実家のある場所は人間のために開発された都市住宅街だから、雰囲気も環境も古代風にいうと田舎ってやつらしい。ガーデニングで野菜や果物を栽培している人も多く、半分自給自足状態で作ることや食べることを楽しみながらのんびり暮らしている人も多い。
うちの両親も例外ではなく、母さんなんかは時々ハガキで一緒に暮らさないかと誘ってくる。にしても、今時ハガキなのは何故なんだろうか。
初めてのモノレールに、ウサ子は大興奮だった。それほど混んでもなかったので、ウサ子の靴を脱がせてイスに上がらせ、窓の外を見させていた。海や街の上を走る情景が、空を飛んでるように見えるらしい。目を輝かせながら、窓の外から目を離さない。
「パパあ、とりさんみたいやねー!」
「とりさん?」
「ウサ、とりさんー! お空びゅーん、びゅーん!」
「楽しいんだ」
「うん、たのしーねー。とりさんより、はやーねー」
俺は鞄から、ウサ子のお菓子を出した。
「ウサ子、お菓子食べるか?」
「いい! ウサ、とりさん」
「とりさん、お菓子は?」
「おかしー」
お菓子の箱を開けて、中から一つ取り出すと、それを見たウサ子はお菓子を欲しそうに見つめた。俺はそれをウサ子の前にチラつかせた。
「とりさん、とりさん。お菓子がやってきましたよ」
「びゅーん!」
ウサ子は、ぱくりとお菓子にかぶりついた。
「ちゃんと座って食べて。まだまだ、長いよ」
「うん」
お菓子を食べては外を見つめるウサ子。初めての旅行に、どきどきわくわくして楽しくて仕方ないみたいだ。
行きのモノレール移動は、なんとか飽きずにいてくれたみたい。
到着すると、駄々はこねなかったが少しだけ名残惜しそうな表情をしただけで大人しくついてきてくれた。
駅から徒歩10分くらいで、実家に到着した。相変わらず、ボロすぎず綺麗すぎない当たり障りのない外観だ。強いて言えば、昔のマンガに出てきそうな家。
「あら、霞ちゃんじゃないの。珍しいねえ」
振り向くと、隣のおばちゃんだった。おばちゃんも、もちろん人間だ。懐かしくて、嬉しくなる。
おばちゃんは手に持っていたみかんを、俺に渡してきた。
「これねえ、うちで採れたのよ。お裾分けしようと思ってたから、あげるわね」
「お久しぶりですね。元気してました?」
「おばちゃん、いつも元気よ。にしても、霞ちゃんは大丈夫? ロボットばっかの都会にいるって聞いたから。大丈夫なの? ちゃんと食べてる? 病気や怪我してない? なんか事件とか巻き込まれてない?」
なんかの事件には十分巻き込まれているけど……。
「大丈夫、元気だよ。元気じゃなかったら、これないっしょ」
「それもそうねえ」
おばちゃんは、笑った。
「それより、その可愛い子は?」
俺の後ろに隠れるように足にしがみつくウサ子を見ながら、おばちゃんはにっこりしながら問うた。
「色々あってなんですけど、俺の娘です」
おばちゃんの息が、一瞬止まった。
「ふえええええ!! そうかい、そうかい! む、娘っ!」
「あ、色々あって……なんですけど」
「お、おばちゃん、まだまだ先だと思ってたよ。こんな大きい娘がねえ。桜木さん、何も言ってなかったから」
「いえ、言ってないんで。経緯話すと長くなるんですよ。最近娘になったんで」
「連れ子かね? ところで、肝心の奥さんは?」
おばちゃんは、きょろきょろ辺りを見渡した。
「いえ、いないです」
「いない! 霞ちゃん、良い子なのにねえ、わかった。だまされたんだね」
……なんだか、よくわからない方に話が進むんだけど。
「いや、そういうのじゃないんですよ。俺が引き取ったんです。この子が独りだったから」
俺も説明が下手なので、どう説明していいのかわからない。
「そう、そうだったんだね。やっぱり良い子だねえ」
今度はおばちゃん、同情するような表情になった。なんかよくわからないけど、面倒臭くなってきた。
その時、玄関の引き戸の音がした。
「あら、前川さんと霞じゃないの」
母さんだ。助かった!
「あら、奥さん。じゃあ、私行きますね。みかん食べてくださいね」
母さんは、おばちゃんに深々と頭を下げた。
「いつも、ありがとうございます」
「母さん、ただいま」
母さんは、にっこりした。
「お帰り。疲れたでしょ、とりあえず入りなさいな」
母さんはウサ子にちらりと目配せしたが、直ぐには聞かずにまず家の中へと入れてくれた。
「お茶入れるわね。来るなら、先に連絡してくれたらよかったのに。母さん買い物に行ってないから、ロクな物がないじゃない。父さんだって、今出掛けてるし」
「いいよ、気にしなくて」
「そうも行かないでしょ。後でお留守番してて。買い物してくるから。で、その子は?」
「うん。俺の娘」
「……随分、大きいのね?」
一瞬の間が怖い。
「うん、引き取ったんだよ。この子、親がわからなくて。俺がパパになったんだ」
気のせいかな、母さんから安堵にも聞こえる息の音が聞こえた気がした。
「そう。安心したわ。けど、余計心配にもなる話ね」
懐かしい、居間の座布団に座った。古ぼけた座布団は、今も健在。
母さんはキッチンに入り、暫くしてお茶を持ってきてくれた。
「ジュースでもあればよかったんだけどねえ。名前は、なんて言うのかしら?」
「ウサ子」
「……誰が付けたの?」
「……俺……」
「あんたねえ、そのセンスの無い名前。可哀想だと思わなかったの?」
「男の俺に、女の名前付けた母さんに言われてもな」
若干コンプレックスだったりするんだけど、この名前。
「だって、女の子が欲しかったから、女の子の名前しか考えてなかったのよ」
「事前に確認できるでしょ。性別なんて」
「男の子だってわかったら、出産への希望が持てなくなるじゃない」
「すみませんでしたね、男で」
「いいわよ。あんたはあんたで、大事な子供よ。けど、女の子も産みたかったわ。母さんね、二人目がどうしても出来なかった事だけが悔いなのよね」
母さんは愛おしそうに、ウサ子の頭を撫でた。
「マーマ? ウサのマァマ?」
ウサ子が、母さんに首を傾げながら言う。
「ウサ子ちゃん、ごめんね。私はウサ子ちゃんの、ママになれないわ。パパのママだから、ウサ子ちゃんのおばあちゃんね」
「ばあば?」
「そう、ばあばよ」
ウサ子は、母さんの膝にちょこんと座った。
「でも、孫でも良いかもね。女の子がいるっていうのは。あんたも、思い切った決断したわね。これで、お嫁さんもまた遠くなっちゃったんじゃないの?」
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