第22話 お前、出禁な
部下に知られたら、きっとからかわれるだろうな。いや、待てよ。驚かれるのが先かもしれない。
異性とか恋愛とかに興味がなかった訳ではないけれど、特にこれと言って関わるきっかけがなかっただけ。
……きっかけなら作ろうと思えば作れたんだろうけど、なんでだろう。考えて、仕事の忙しさに甘えていたんだろうなと思った。
思わず、溜め息がこぼれた。
子供はあまり好きじゃない。だから、結婚なんてしなくて良いと思う。でも、恋人は欲しいと思うこともある。
美人の容姿を与えてくれたのは、養父母だ。事故で記憶と共に身体を失い、脳味噌だけで生きていたときに引き取りたいと申し出てくれた養父母もまた、過去に事故で人間の身体と実の子を失ったのだという。
事故で身体と家族を失った私に、気持ちがシンクロしたのだろう。
養父母は裕福だったから、私に最高の身体を与えてくれた。
幼少の頃から、私は最高ランクの身体を持っている。
ただ、ロボットの身体なんて高級車を乗り回すこととなんら変わらないように思う。
それでも、養父母には感謝している。最高の身体をもらって、損どころか得したことしかない。そしてなんの不自由もなく、育ててくれた。
学生時代は、学校一のアイドルだった。いつもリーダー位置にいて、生徒会長もしていた。事故前、まだ人間だった時も、自分がリーダーシップを取るような前向きな性格だったかどうかまで覚えてはいない。
けれど、養父母のお陰で私がそうなったのは事実だ。
恵まれた人生だったから、以前の自分がどうだったかなんて考えることなどなかった。
亡くなった両親考えることはあったけど、記憶ではそれすら夢のような感覚で。悲しみたくても悲しめない自分に、胸が痛くなるばかりなので考えないようにしていた。
今までそうやって生きてきたのに……。
そう滅多に会うこともない人間と出会った。あいつ、桜木霞だ。女みたいな名前の、なよなよした優男。
災難な人間の被害者の男。でいてくれればよかったのに、あいつの顔が事故前のうっすら浮かぶ記憶の中の男の子の顔によく似ていたから気になった。
記憶の中の男の子が私とどこまでの関係があったかなんてわからないし、あいつと男の子が関係しているかどうかなんてもちろんわからない。けれど、似ていたから気になってしかたない。自分の過去も気になり始めた。
もちろん仕事は忙しいのだけれど、それでもまだ時間は確保できる。その時間を、自分を捜す時間に使うことにした。
私がわかる限りの事故を調べた。自分の名前であろう候補はいくつか出てきた。何故なら、脳味噌しかなかったので、身元確認が出来なかったのだ。その時、旅客機に搭乗していた子供の女の子の中の誰かだと思う。
その子供のことを全て調べた。身元が確認出来なかったので、全員行方不明扱いになっていた。事故被害状況を確認すると、乗客全てばらばらの黒こげになってしまったようで身元の確認がほぼ取れなかったようだ。私はというと、身体がばらばらになった際、脳味噌が吹き飛び瓦礫の隙間に入り込んで助かったようなのだけれど、詳しい状況まではわからなかった。
それだけでも、悲惨な事故だったことがわかる。
で、その行方不明の女の子達をそれぞれ調べてみたけれど、私自信はいたのだろうけど、その中で記憶に引っかかるものはなかった。
絶望したというより、虚無に近い。ぽっかりと空いた記憶が、急に怖いと思えた。
そんな時、あいつから食事に誘われた。
人畜無害そうな奴だし、やり合ったら勝てそうな気もするので、家に行ってやろうと思った。気分転換というか、記憶の中の一つにすがりたかったのかもしれない。
結局のところはよくわからないけれど、電話を切った後、少しだけほっとしたのは嘘じゃない。
それにしても、桜木霞とはおもしろい男だと思う。私の容姿のせいで格好付けるような男は多かったけど、こいつはそんな感じではない。どちらかというと、情けない方だ。普通の女性なら、愛想尽かすだろう。そんなところが、新鮮に思えた。私も随分な物好きだろうか。
*****
神は、自分に味方しているようだ。人間を作り出した神が、人間の生み出したロボットを許さないのだろう。電話越しに、口元が緩んだ。
電話を終えてから、またおもしろいことがわかった。
幼女ナノマシーンから配信されるデータを確認していると、桜木霞にはロボットの友人、それも頻繁に会いに来るロボットがいるらしい。
そのロボットが幼女ナノマシーンの世話までしているというから、更に好都合だ。警察のロボットと友人のロボット、2体で実験が出来る。
幼女ナノマシーンには、次回追加プログラムを取り付けようと思う。当初は時限爆弾的な発動プログラムとしていたが、こちらで操作出来た方が便利だ。
微弱電波でプログラムを書き換えられる子機を作り始めた。
*****
風呂から上がると、圭介がウサ子を寝かしつけてくれていた。布団ですやすや眠るウサ子を、ぼんやり見つめながら圭介が呟く。
「オレさあ、別に子供って好きじゃなかったんだよね。ちっちゃくて可愛いとは思うけど、それはペットとか人形とかと変わらない感情でさ。実際親になるとか実感ないし、それどころかずっといるってなると面倒に思うんだよね。だから、結婚とかって考えらんないし。オレがさ、女の子何人とも付き合ったりすぐ別れたりするのもそれなんだよ。結婚しようとか、相手がそんな目で見始めると……引いちゃうんだよね。軽いノリで付き合いたいっていうかさ、一人だと寂しいからね」
「ウサ子見ながら、そんなこと言うなよ」
圭介が鼻で笑った。
「続きがあるんだよ。オレがイメージしてたのと違うなって思ってさ。子供って、そんなんじゃないんだなって。ウサ子ちゃんさ、ちっちゃい手でオレのこと掴むんだよ。なんでもないのに。その手がさ、いちいち必死で目一杯で。守らなきゃって思うよな」
ウサ子の存在は、圭介の心にも響いたようだ。俺の心を動かしたように、圭介の心も動かした。
「ねえ、霞ちゃん。オレがお母さんになろうかな」
「イヤです!」
冗談でもイヤだわ、男同士とかぞっとするし。
「てか、お前……バイか?」
「なワケあるか! 冗談に決まってるだろ。でも、子供欲しくなったかな。少しだけど」
「ウサ子はやらんぞ」
「霞ちゃんから、ウサ子ちゃんは取れないでしょ。ぞっこんじゃん」
「そうだよ」
ウサ子が動いたので、掛け布団がずれてしまった。それは俺は直した。
「そういえばさ、霞ちゃんはあれから柏木警部に会ってるの?」
「なんで?」
「いや、なんかすっごい気にかけてくれてたじゃん」
「あ、うん。あれからは全然会ってなかったんだよ。なんか担当も変わったみたいで。けど今度食事に……」
しまったと思ったが、遅かった。つい、圭介にポロリと言ってしまった。
「なに、柏木警部と食事に行くの? やるじゃん! お洒落な店とか教えようか?」
「どこにも行かないよ。家で夕飯ご馳走するだけ……」
あ。また、いらんことをつい……。
「益々やるじゃん!」
「だから、そんなんじゃないって。子連れだから、仕方ないんだって」
なにが仕方ないのかよくわからないけれど、主婦みたいな理由を付けた。
「まあ、いいよ。上手く行くといいけどねえ。美人警部の彼女なんて、羨ましいね。あ、いきなり先走らないようにね。がつがつしたら嫌われるから。当日はちゃんと家に帰して」
俺は、圭介をどついた。
「いい加減にしなさい!」
なにかと不安は多い。
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