第23話 篠山さん、めっちゃ良い人

 篠山さんが、家に訪ねてきてくれたのは、昼過ぎだった。


 ウサ子との昼食を終えて、ひと段落すると、ウサ子がうとうととし始めた。


 篠山さんにコーヒーをお出しして、少しの間待っていてもらった。篠山さんはにっこりと快諾してくれたので、俺はウサ子を寝かしつけた。お昼寝してくれていれば、篠山さんとゆっくり話も出来るので丁度良い。


 すやすや寝たところを確認して、俺は篠山さんの元に戻った。


「すみません。こんな時間にうとうとするのも珍しいんですけどね。いつもなら、もうちょっと後だから。でも、寝てくれていたらゆっくり話が出来るんで、丁度良かったです」


「そうですか。ベストタイミングだったんですね。あ、そうそう」


 言うと、篠山さんは自分の鞄の中から小さなウサギのぬいぐるみを取り出した。


「これね、たまたま見つけたんですがウサ子ちゃんに。可愛くて、ウサ子ちゃんの髪飾りを思い出してしまってつい。独り身で子供もいませんから、楽しかったんですよ」


 俺は、頭を何度も下げながら受け取った。


「なんか、すみません。相談まで聞いてもらって、お土産まで」


「いえ。私も予定より早く来てしまってすみません。これを買ってから、ウサ子ちゃんに早く渡したくて。と言っても、寝ちゃってますけど」


「起きたら渡しておきます。喜びますよ。絶対に」


 篠山さんの気持ちは良くわかる。俺もそうだ。そのせいか、ウサ子のオモチャはあっと言う間に増えてしまって、今ではオモチャ箱が3つもある。


「また、オモチャ増えました?」


「俺も、つい。なんか、楽しいですよね」


 俺はせっかくなので、ウサギのぬいぐるみをウサ子の布団にそっと入れた。


「で、柏木警部には何をご馳走するつもりなんですか?」


「そうなんですよ。俺、いまいち女性ウケする食べ物とかわからなくて、何がいいですかね? 本人に聞くのも聞きづらくって。聞いてもきっと、気にしなくていいとか、なんでもいいとかいいそうだし」


「そうですか。桜木さんは、柏木さんとの食事は初めてなんですよね?」


「いえ、それがちょっとした機会があって初めてではないんですよ」


「へえ、驚きました。私が思っていたより、親しいのではないですか?」


 俺は首を全力で左右に振った。


「そんなんじゃないんですよ、ホント。最初は、初めて会った時が事情聴取だったんですが、その時でして。で、その後が空き巣に入られて警察に捜査してもらってるときでした。タイミング的に、食事でもって」


 篠山さんが、首を傾げた。


「私が思うのにロボットである柏木警部が、親しくもない、もしくは興味もない男性と食事なんかしますかね」


「食事のタイミングで、俺が人間だから気を使っててくれて。で、人が食べてるの見てると自分も食べたくなるからって言ってましたから」


「そうですか」


 と言いつつも、篠山さんは納得してない感じだった。


「桜木さん、その時柏木警部は何食べてました? 何が好きとか嫌いとか聞いてませんでした? あと、食事に対してどう思ってるのかとか」


 俺は、篠山さんに正直に話した。


「最初の時は事情聴取でしたし、テーブルで簡単に食べられる出前と言うことで、カツカレーでしたね。その後は、柏木警部が行き着けだという定食屋のラーメン定食。思えば、割とがっつりしたものが多かったかも。あと、食事をするのは人間の特権だから、人間らしさって意味で庶民的なものを食べるんだと言ってました」


「そうなんですね。でしたら、庶民的でがっつりしたものの方がいいでしょうね。トンカツ、ハンバーグ、グラタン、シチュー、カレー……ですかねえ。今、ぱっと思い浮かぶものですけど」


「篠山さんなら、今何が食べたいですか?」


「私ですか?」


 俺は頷いた。篠山さんへのお礼もあるから。


「そうですねえ。私は、がっつりしたものより普通の和食が好きなので、今の気分でしたら肉じゃがですかね」


「じゃあ、肉じゃが作りましょう。今晩ですけど。肉じゃがの材料ならありますし」


「あ」


 篠山さんは、きつねに摘まれたような顔をした。


「約束ですよ。俺ので申し訳ないんですけど、たまには手料理でも食べてってください。ずっとロボット相手にしか作ってないんで、なんだかんだ言っても物足りなくて、俺としても人間の方に食べて貰えるのが嬉しいんですよ」


 篠山さんは笑った。


「そうですか。では、いただきます」


「じゃあ、今晩は決定ってことで。にしても、女性のがっつりって難しいですよねえ」


 2人して暫く考え込んだ。


 最初に口火を切ったのは、篠山さんだった。


「B級グルメってやつですけど、トルコライスってご存じですか? 大きなお皿に、揚げ物、肉類いろいろ乗ってる料理です。少々見た目も豪快なんですけど」


「トルコライスですか。ちょっと調べてみます。ありがとうございます」


「それから、この部屋を見回したところ、桜木さんが綺麗好きなのはわかりますけど、もう少し遊び心を加えてお迎えしたらどうでしょうか? 例えば、観葉植物とまではいかないにしろ、花ぐらいは飾ってみるとか。バラは高いし、少々気持ちが重たいと思いますので、百合なんかおすすめですよ。匂いも良いですしねえ」


 花を飾る、なんて考えてなかった。それだけで、女性をお迎えするのに少しは印象の良い部屋になるかな。


「花、飾ってみます。綺麗な花瓶とか買ってみます。観葉植物なら、これから先もずっとあってもいいかもしれませんよね」


「ええ。緑があるだけで、随分気持ちも落ち着くものですよ。私も、実は観葉植物が好きでしてね。家に幾つかありますし」


「そうなんですね。なんか、おすすめの植物とかありますか?」


「パキラ、ポトス、ウンベラータなんかが一般的かと。予算もありますし、お花屋さんでご相談するのがいいかと思いますよ」


「そうですね。明日にでも、買い物がてら行きたいと思います。本当にありがとうございました」


「いえいえ」


 それからは、篠山さんと軽い世間話をしていた。


 夕方になって、夕飯を作り始めた頃、ウサ子が起きてきた。


「うさたん」


 ウサ子は寝ぼけ眼をこすりながら、ぼんやりと篠山さんのくれたウサギのぬいぐるみをさしだしてきた。


「そうだよ、篠山さんがウサ子にくれたうさちゃんだよ」


 ウサ子はうさぎのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。


「ちゃんと、篠山さんにありがとうして」


 ウサ子は頷くと、篠山さんの側に寄り、ぺこぺこと頭を下げた。


「桜木さん、ウサ子ちゃん見てますから。夕飯、作っててください。私も楽しみにしていましので」


「すみません、急いで作りますので!」


 俺が夕飯を作ってる間、篠山さんはウサ子と遊んでくれていた。ウサ子は早速、篠山さんのくれたうさぎのぬいぐるみでごっこ遊びのようなことを始めていた。


 夕飯が出来て、篠山さんに振る舞う。ウサ子は篠山さんがすっかり気に入ったようで、彼の膝に座ったままだった。俺としては、少し悔しく思った。


「ウサ子、篠山さん迷惑だろ。ちゃんとイスに座りなさい」


 ウサ子専用の、子供用イスがあるのだがなかなか座らない。


「桜木さん、気にしないでください。私はこのままで構いませんから。ウサ子ちゃんがしっかり懐いてくれたみたいで、私としても嬉しいんですよ」


「篠山さんがそう言われるのなら……」


 客人用の茶碗にご飯を盛りつけながら、俺は少し複雑な気持ちになっていた。それを見透かしたかのように、篠山さんが言う。


「ウサ子ちゃん、取ったりしませんから大丈夫ですよ」


 俺の顔が赤くなった。


「そんなこと、気にしてませんから」


「そうですか。桜木さん、ウサ子ちゃんにメロメロですからてっきり」


 篠山さんは笑っていた。


 それ、圭介にも言われたけど……俺って、親バカなんだろうな……。



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