第21話 お母さんの気持ち
俺は早速、篠山さんに電話をした。
ウサ子が俺の服を寂しそうに引っ張ったが、俺は気持ちを抑えきれなかったので、電話を肩で挟みながらウサ子を抱き上げた。
5コールほどで、篠山さんが出た。
『こんばんは。どうされました? あ、もしかして忘れ物でもしましたかね』
「いえ、すみません。あの、柏木警部の件なんですが。思い切ってお弁当の差し入れか、食事に誘ってみたんですよ。そしたら、食事にオッケーしてくれました」
『ええ、よかったじゃないですか!』
篠山さんは、心底良い人だ。付き合いもたいして長くない俺のために、喜んでくれているのが受話器の向こうからも伝わってくる。
『で、いつなんですか? どこへ行かれるのです?』
篠山さんは、デートと思っているのだろう。俺は少し罰が悪そうに答えた。
「えっと、うちで食事なんです。俺が手料理作って、ごちそうする予定なんですけど」
『そうなんですか。柏木警部も大胆ですね』
篠山さんが笑う。
「そんなんじゃ、ないですって!」
『私は何も言ってませんけど』
「あ」
『ところで、桜木さんはお料理が得意なんでしょうか?』
「はい。割と家事は得意でして。特に料理と掃除は特に好きなんです」
『へえ。私はそれほど好きではないので、羨ましいです。確かに、桜木さんのお宅は綺麗ですよね。私の家なんてとてもじゃないけど、人を呼べませんから』
「え? そんなに汚いのですか?」
『いえ、最低限しかしてないってとこです。あと、食事はいつも外食ですし』
篠山さんの見た目から想像出来るイメージからすると、なんだか意外だった。潔癖というか、綺麗好きそうな雰囲気があるし、自炊もそれなりにしてそうだった。
『どうされました?』
思わず作ってしまった沈黙に、篠山さんが首を傾げた(ような感じがした)。
「あ、いや。意外だなって思って。なんとなく、篠山さんの見た目から……綺麗好きで、炊事もそれなりにこなしていそうな気がしたもので」
篠山さんが、爆笑した。
『桜木さん、独り身の男ですよ。そんなワケないでしょ。ただ、綺麗好きってのは合ってるかもしれませんね。片づけたいガラクタが溢れてるんですが、これがなかなか片づかなくてですね。少々手こずっているのですよ』
「そうなんですか。あの、言ってくださればお手伝いいたしますので」
『ありがとうございます。その時は、是非お願いしますよ』
「あの、柏木警部にお会いする前にまた色々相談してもいいですか? メニューとか、用意した方がいいものとか。俺、そう言うの経験もなくて全然わかんないんで……」
ふと、圭介の顔が思い浮かんだ。ダメだ、あいつは。違う方向に話が行ってしまいそうだから。
『そうですね。では、明後日にでもお邪魔しましょうか』
「ありがとうございます。ところで、先ほど篠山さん外食が多いって言ってましたでしょ。その日は、夕飯作りますんで、是非食べてってください」
『では、楽しみにしています』
篠山さんとの電話を終えると、妙に心が落ち着いた。ウサ子に思わず頬ずりしてしまった。ウサ子は、きゃっきゃと笑っていた。
で、ようやく時計を見上げるといつの間にか夜。というか、夕飯まだだった。ウサ子が寂しそうに俺の服を引っ張っていたのは、寂しいんじゃなくて腹が減っていたからだったんだろうと。篠山さんと少しお菓子を食べていたにしては、悪いことをしたとパパとして反省。
「ごめんな、ウサ子。すぐご飯にするからな」
ウサ子は俺の腕から飛び降りると、大人しくテレビを観ていた。
俺は冷蔵庫から鶏肉やら野菜やらを取り出し、なるべく手早く作れるもの……で、唐揚げを作り始めた。
簡単に下拵えを済ましてから揚げ始めてふと気づく。
ウサ子って、ロボットだったよな。
つまり、食べなくても平気だったわ。
夕飯の準備が出来て、さあ食べるぞ! とウサ子と両手を合わせていただきまーす! したところで、ドアチャイムが鳴った。
「ウサ子、見てくるから食べてていいよ」
俺が立ち上がると、ウサ子は鶏唐をめいっぱい頬張っていた。
再びチャイムが鳴る。
「はいはい、今出ますよ」
そっと扉を開けると、圭介が笑顔で立っていた。
「霞ちゃん、どお? 元気にパパやってる?」
「おお、なんともタイミングのいいやつ。どっかで見てた?」
「はあ? テンション低く、何その台詞」
とりあえず、圭介を部屋へ入れた。
ウサ子は、鶏唐をがっついてばかりだ。
「ウサ子、野菜やご飯もちゃんと食べなさい」
「うー!」
ウサ子は、鶏肉を頬張ったまま不機嫌な声を上げた。
「ははっ! しっかりパパやってるじゃん。いいねえ、オレも所帯持っちゃおうかな」
「まじかっ!」
「でも、どの子にしようか迷っちゃうねー。一生添い遂げたいなんて思える子いないんだよね」
「……なんかそれも寂しいな」
圭介は何となく、俺の呟きを聞かない振りしたように思えた。
「これで、霞ちゃんの奥さん。ウサ子ちゃんのママがいれば完璧なんだけどね」
「いらんこと言うな。こればっかはどうしょもない」
圭介が鼻で笑った。
「で、今日はどうした?」
圭介は、桜木家の晩ご飯の唐揚げをひとつつまみ食いした。
「霞ちゃんが思ってる以上に、オレは霞ちゃんに事心配してるんだよ。子供の時からね」
「ありがと」
「男一人で経験のない子育てとか大変じゃないかな、って思って。オレも手伝いに来たワケよ。料理も掃除も洗濯もできないけど、なんか手伝えることあれば手伝およ」
満面の笑みを俺に向けるのはいいが、それじゃ何も出来ないじゃないか。役立たずっっっ!!
「じゃあ、逆になにしてくれるの」
「そだね、霞ちゃんがお風呂入ってる間にウサ子ちゃん見てるとか、オ○ニーしてる間にウサ子ちゃん見て……」
俺は圭介が言い終わる前に、脳天に思いっきりげんこつを落とした。さすが、ロボット。俺の手が痛いわ!
「ウサ子の前で、下品な事言うのはやめろ! マジで! 出入り禁止にするぞ」
「もお、冗談じゃん。わかったって、ごめんね」
「今度言ったら、追い出すからな。出入り禁止だからな。マジで!」
こいつのチャラい存在だけでも、十分害だと思えるのに!
「わかった、わかったから。落ち着いて。マジで、まじめにやるから。期限直してよ」
「今回だけ、だかんな!」
圭介は、心を入れ替えたのかチャラい雰囲気を抑えていた。
「じゃあさ、食事終わったらオレがウサ子ちゃんの相手してるから、その間に霞ちゃんは家事とお風呂済ませちゃいなよ。その方が楽でしょ。さっきちらっと見えたけど、案の定洗濯も溜まってるみたいじゃん」
圭介にたいして、散々迷惑だとか害だとか言ってきた俺だが、いざそうして貰えるとなると本当に助かるのは事実なのである。
洗濯もだが、食事の後片づけも含めて、掃除なんか全然出来ていないし。お風呂だって、ここんとこのこと考えればゆっくりまともに入れていない気がする。
「……じゃあ、頼もうかな。そうしてくれたら、なんだかんだで助かるよ。ほんと」
その日は、圭介のお陰で溜まっていた家事が片付いただけでなく、ゆっくりお風呂にも入ることが出来た。ウサ子には悪いが、何週間か振りの一人でゆっくり入るお風呂は本当に気持ちよかった。
「母さんも、こんな時があったんかな」
ずっと帰っていない家と、長いこと会ってない両親。俺の両親のことだから、夫婦で楽しくやってんだろうけど。今更かもしれないけど、母親っていうものを尊敬した。ついでに、ちょっとだけ恋しくなった。
久しぶりに、連絡してみようかな。
どうせなら、ちょっとだけ帰ってみようかな。
いずれはウサ子のことも、話さないといけないワケだし。
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