第20話 これって、お家デートってやつですか?
「見る目がないんですね、桜木さんの周りの女性は」
「お世辞はいいですよ。まあ、女性と出会う機会もないんで」
篠山さんが笑ったのだけど、その笑いが妙に不気味に思え、一瞬ぞくっと背筋が寒くなった。
その後いつもと変わらない柔らかな笑みを浮かべていたので、多分俺の勘違いだと思う。
「好意を寄せてる方はいらっしゃるんでしょうか?」
俺の心臓が痛んだのだが、俺が何か言おうとするのを遮るようにさ篠山さんが声を上げた。
「ああ、もしかして柏木警部とか? 美人ですしねえ」
「は? え? なんでそうなるんですか?」
「ああ、図星ですね」
何故、柏木警部だと思ったんだろう。女の人に関わる機会がないと言ったから、最近までよく会ってたのが柏木警部だから当てずっぽ?
いや、それならコンビニの店員さんもよく会ってる訳だし。
どう返して良いか分からず悩んでいたら、篠山さんが気まずそうに頭を下げた。
「すみません。桜木さんのお話から頻繁に出くる方でしたから……私の冗談でしたのに。もしかして、当てちゃいました?」
篠山さんは、やっぱり頭がいいんだろう。隠しても無駄かもしれないと観念した。小さな溜め息と共に、俺の頭がうなだれた。
「好きなのかどうかはわかりませんけど、事件に巻き込まれてからずっとお世話になってた人なんで気になるのは気になるんですよ。なんかちゃんと一回お礼したいんですけど、向こうはただ仕事で俺のこと気にかけてくれたのはわかってますし……なんていうか、高嶺の花すぎてそれもしづらいっていうか」
「そうなんですか。では、桜木さんは人間でしょう。柏木警部も人間なのでしょうか?」
「いえ、以前は人間だったようですけど、今はロボットだって聞いてます」
「でしたら、高嶺の花なんて言わなくてもいいじゃないですか。柏木警部から見た桜木さんの方が、私からしたら高嶺の花ですよ」
それは、言い過ぎだろう。あっちはスーパーモデル並みの超美女だ。
「それは失礼ですよ、柏木警部に」
俺は篠山さんに、苦笑いを向けた。
「そうでしょうか。ロボットなんて、所詮作られた美しさです。欲しいと思えば誰でも金で買える。けど、人間はそうもいきません。神からのみ与えられる賜物です。桜木さんだって、人間であることを放棄すればスーパーモデルにだってなれるんですから」
言われてみればそうなあのだけれど。
「少しは勇気出ました?」
篠山さんが笑う。
「なんか、俺が柏木警部を好きだ、みたいな話になってますけど。本当わかんないんですって。好きなのか、どうかまで」
「すみません、私には恋いこがれているように見えたので」
女子会ってやつで行われる恋バナってやつも、こういう感じなのだろうか。しかしながら、篠山さんはやたらこの話に絡んでくるな。
「もう、俺の女話はいいですよ。今はウサ子のことだけで、恋とかそんな余裕ないですから」
「そうですか、失礼しました。桜木さん、ウサ子ちゃんのために母親の事も考えてるのかなって思ったので」
「ああ、うちの母は元気ですから大丈夫ですよ」
「ウサ子ちゃんの母のことです」
篠山さんが少し呆れた声を出した。
「桜木さん、今のままだともったいないですよ。まだ、貴方とそこまで関わりはないですが、私から見た桜木さんはとっても魅力的な男性です。是非幸せになって頂きたいですし、どこかで気持ちを整理してください」
「ありがとうございます。けど、接点がなにもなくて。何か理由にして連絡取りたいにしても、その理由すら見つけらえないんですよ」
篠山さんが、少し考える風をした。俺の出したコーヒーを飲み干したので、俺はおかわりを進めた。
「ありがとうございます。桜木さんは、柏木警部の連絡先を知らないのですか?」
「はい。いつも署から、事情説明して繋いで貰ってます」
「じゃあ、ウサ子ちゃんの件でって繋いで貰ったらどうですか?」
「それだと、病院のカウンセラーに相談するように言われそうです」
「では、空き巣の件では?」
「担当が途中から変わったみたいなんですよね。事件性が無いからってことで」
「では、もうストレートに柏木警部に用事があるって言ったらどうです? いちいち事情を説明せずに」
「……そう言われると。けど、聞かれたらどうしましょう」
「その時は、自分をダシにしてください。紹介頂いた篠山って人間の件でって」
「じゃあ、最初からそれでいいですか?」
「でも、それだとこれからも毎回理由説明しないと繋がらないじゃないですか。理由説明しなくても繋がるかどうかの確認なんですから」
「で、その後どうしましょう?」
「食事にでも誘ったらどうです? その時に直接連絡先を聞いた方がいいですよ」
「なんでって言われたら」
「何かあった時にって」
「それなら署に……」
篠山さんが、イライラし始めたのを感じた。当たり前か。俺、どんだけ奥手なの。
「すみません。自信なくて」
「桜木さん、気持ちは分かりますが自信持ってくださいよ。柏木警部もそこまで桜木さんのこと嫌ってないと思いますよ」
「そうですかね」
「そうです。でももし拒否られるのなら、諦めてください」
「はあ、そうですね。当たって砕けてみます」
ありがとう、篠山さん。少し勇気出た。
で、その後は篠山さんと適当な世間話をして終わった。
また、篠山さんの要件がなんなのか聞きそびれてしまった。また来ると言ってたから、その時に聞こう。
本当に疲れたと思って横になっていたら、不意に電話が鳴った。誰かと思って見たら、まさかの警察署で。俺は何事かと思って電話に出た。
「はい、桜木です」
『柏木よ、元気してる?』
まさかの相手で、思わず声が裏が返った。
「え? は、はい。元気です!」
『何、驚いてるの? いやあねえ』
柏木警部の笑い声が響く。心臓がはちきれそうに高鳴るのだけど、多分篠山さんのせいだ。
「どうされたんですか?」
『どうってほどじゃないけど。事件があって、自宅に戻ってから音沙汰もなかったからね。生活も落ち着いたのかなって思って。まだ事件が解決した訳じゃないし、心のケアっていうの? そういうのも仕事のうちだからね。何か変化はなかった?』
仕事のうち。
「仕事でもうれしいです」
『は?』
「いえ、変わったことは特にないです。けど、柏木警部にお礼したくて俺なりに色々考えてるんでけど」
『気にしなくていいわよ。仕事なんだし』
「だめですかね。食事でも。男の家に誘うのも悪いので、お弁当とか差し入れていいですか?」
『…………』
柏木警部の声が止まった。お弁当とかつい言ってしまったが、言ってしまったと思った。絶対どん引きしてる。俺の恋? 多分終わった。
「すみません、調子に乗りました」
『いいわよ、行っても』
「そうですよね、引きますよね」
『行っても良いわよ』
「…………」
今度は俺が止まった。何というか、信じられない返答に固まった。
『やめとく?』
「いやいやいやいや! 是非に!!」
『今度の日曜の夜なら空いてるわ。18時くらいに行くから。あ、遅くなるときや仕事入ったら連絡するけど。急な呼び出しもあるから、確実には約束できないけどそれでもいいならね』
「構わないです。待ってます!」
『じゃあ、その時に近況も教えて貰うわ』
電話は切れた。
俺は、部屋中嬉しすぎて飛び跳ねた。それをきょとんと見ていたウサ子だったが、途中から訳も分からずウサ子も飛び跳ねだした。
暫くして、下の住人が苦情を言いに来たのだが、謝りながらもニヤケる俺の顔が不気味だったらしく、住人はさっさと帰って行った。
日曜日が楽しみ過ぎる。そうだ! その前に篠山さんに色々相談しよう。連絡先は、聞いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます