第19話 人間の友達が出来た!

「柏木警部とは、どのようなご関係で?」


 篠山さんの問いかけに、俺ははっとした。


「ええ、ちょっとした事件に運悪く巻き込まれましてね。それで随分とお世話になったんですよ」


 リビングに入ると、篠山さんにはクッション型ソファに座って貰った。


「コーヒーで構いませんか」


「すみません、ご親切に」


 ふとウサ子に目配せすると、最近ずっとお気に入りの音と映像の出る絵本に夢中だった。


「可愛いお子さんですね」


「実は、その子が柏木警部とのご縁の要因だったりするんです」


 なんとなく俺は苦笑いをこぼしながら言った。


「そうですか。もし差し支えなければ、お聞かせくださいませんか?」


 何故、とも思ったが純粋に単なる好奇心だろう。少し躊躇ったが、篠山さんの不思議な雰囲気に呑まれ、同じ人間と言うこともあってつい話初めてしまった。


 ウサ子のこと、事件のこと、現在の生活など。篠山さんは、真剣な顔で時々相づちを打ちながら聞いてくれていた。


「そうですか、それはお気の毒でしたね」


「ええ、でもこの子と巡り会えたから、今ではこれで良かったと思います」


 篠山さんは、そうですか、と笑っていた。


 その後、人間メニューの揃っているファミレスや薬局など直ぐにでも必要になりそうな情報を教えてあげた。


 篠山さんは帰りにウサ子にまたねと笑いかけて、帰って行った。


「また、訪ねてもよろしいでしょうか?」


「はい、是非に」


「では」


 篠山さんが帰ってから、ふと思い出した。聞こうと思って自分の話を初めたせいですっかり忘れてしまっていたのだが、篠山さんはどうしてこんな不便な場所にわざわざ引っ越してきたのだろうか。仕事とかしてるのかな、賢そうな人だったけど。



*****



 案外ちょろそうな人間だった。自分の話を聞かれてないことまでベラベラ喋り、人のことは聞かなかった。頭が悪いというより、人が良すぎるのかもしれない。突然訪ねたにも関わらず、コーヒーの他にお菓子まで出してくれて、周辺施設を丁寧に教えてくれた。


 今日はただの様子見のつもりだったから何のアクションも起こさなかったけれど、次回からはプライベートの事まで踏み込んで聞いていきたいと思う。そして、柏木との間を取り持つ方向で行こうと思った。簡単そうな仕事だと認識する。


 ウサ子と名付けられた幼女型ナノマシーンの事は、ぎりぎりまで伏せておこうと思った。


 あくまで、大人しい弱い近所の青年を演じるのに徹するのだ。


 翌日、再び桜木の元を訪れようと思った。



*****



「こんにちは。今日も、来ちゃいました」


 篠山さんが、遠慮がちに笑いながら立っていた。


 俺は、思い出したように言った。


「篠山さんって、少し前に天才だって言われた篠山誠太って人に似てますね」


「ええ、よく言われますよ。でも、私の名前は篠山太一なんです。同じ篠山で顔も似てるなんて言われますけど、全く別人で。まあ、もし本人でしたらこんなとこでこんなことしてませんよねえ」


 俺は、篠山さんを部屋に入れた。俺的には冗談のつもりだったんだけど、少し気にしてる素振りに見えて、なんだか悪いことを言った気分になった。


「すみません、冗談のつもりだったんで」


「あ、気にしないでください。ほんと。当時、よく言われたんで慣れっこですし。しかし、篠山さん。どこに行っちゃったんでしょうね。あんなに世界から注目されてたっていうのに」


「誘拐ですかね、やっぱり」


「そうかもしれませんよね。あれだけ頭の良い方ですから、狙われてもおかしくないですし。どこかで、こっそり研究してる。とかだったらいいですのにね。未来のために。桜木さんはどう思います? 篠山さんの研究について。ロボットがより人間らしくなるっていうあれです」


 急に振られて、頭の悪い俺は少し動揺したけど正直述べた。


「正直、当時としてはあんまり興味なかったですけどね。ただ、人間であることの特別性がなくなるのは悲しいかなって一瞬思いもしたんですが……考えてみれば誰に見せる訳でもないですしね」


「ロボット達の差別とかは、今までなかったですか?」


「なかったと言えば嘘になりますよ。学生時代の差別は酷かったし、それが元でいじめられた事もありますけどね。でも、庇ってくれたのも友達でいてくれる奴もロボットだったりするんで。全員がダメとは言えないんですよねえ。人間だって人間だけの世界だった時代、いじめや差別だけじゃなくて戦争ってやつもしてたっていうじゃないですか。結局は、個人の問題なんでしょうね」


「桜木さんは、そんな人間が作ったロボットだから、差別もいじめも戦争もなくならないって思いますか? もし、そうだとしたら、遙か昔の人間達がそれらを阻止するプログラムを組み込まなければならなかった。けれど、あえてそれをしなかった。本当に必要なものを残し、不要な物を消さなかった。私は、ロボット達に全てを奪われてしまったんですよ。それでここに流れ着くしかなかった。ここはロボットが多いにしろ、人間を受け入れる体制が他よりほんの少しだけあるから」


 怒りにも似た声で話してくれた篠山さんではあったが、とても寂しそうだった。


「奪われた、とは? 聞いてもいいですか?」


「すみません、愚痴になりますけど。私の住んでいた場所は、先祖代々人間達が守ってきた場所だったんですけど、この度の都市開発の為だとかで、強制立ち退きされてしまったんですよ。世界に沢山ある、珍しくもない話なんですけどね。それで、慣れ親しんだ家も壊されてしまいましたし、何より祖母より昔から眠っている墓まで没収されてしまったのは辛かったですね。ロボットには故人を敬うという風習は、理解されなかったようです」


 ふと思い出した。子供の頃、母から聞かされた話。墓が無くなったと、母が言っていた。だから死んだら、自分は宇宙葬がいいとか言っていた。まだ死んでないけど。


「俺の家も、俺が子供の頃に墓が無くなったって言ってました」


「そうなんですか。なんでも、ロボット達が墓や神社、寺と言ったものを不要と考えて取り壊しているようなんですよ。古くさい文化だ、時代遅れの風習だ。そういったものに土地を使うのなら、もっと現実的なものに投資するべきだと。ただ、古代から存在する文化価値のある物は残す。それは人間が大切にしてきた信仰心や魂レベルの話でなく、単なる文化財としてだけの存在なんです」


「改めてそう言われると、寂しいですね」


「私は、怒りさえ覚えます」


 篠山さんの行き場のない思いは、俺にも伝わるほどだった。やりきれないといった方がいいだろうか。今まで特に何も考えずに生きてきた自分が恥ずかしく思う。


「すみません。桜木さんが同じ人間だったもので、つい。単なる私の愚痴ですから、気にしないで」


「いえ。そういえば、篠山さんはお仕事されてらっしゃるんですか?」


 篠山さんは、申し訳なさそうに笑ってみせた。


「作家をやっています。売れてないんですが。電子雑誌や電子新聞に小説を時々載せてもらったり、あとはライターですかね。何もしなくても生きてはいけるんですが、それも悔しくて」


 立派な人だな、と俺は感心した。


「桜木さんは、何かお仕事を?」


 聞いたのだから、聞き返されるに決まっている。特に何もしていません、という答えが聞きたかった俺からすれば後の祭りでトホホである。


「主夫ですね。シングルパパですけど」


「なるほど。恋人はいらっしゃるんでしょう。桜木さん、優しそうですし」


 俺は、泣きそうになるのを堪えた。


「……それがモテないんですよね。一生独り身かも」


 篠山さんが困ったように、まあまあと慰めてくれた。

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