第16話 ロボットじゃないかもしれん

 その日の夜、圭介がホテルを訪ねてきた。彼にしては少し遅めだったので、本当に忙しかったんだろうと思う。


 丁度夕飯を食べ終わって、ホテルに帰宅したところだった。


 ホテルの近くに小さなファミレスがあったのは、ありがたかった。子供向けのプレートもあったし、人間向けの料理もあった。料理の種類で何となくわかるのだけど、この辺りは人間が割と多い方なのかもしれない。自分以外の人間はあんまり見たことがないし、いたとしても気付いてないだけかもしれないけど、近くにいるんだろうなと思うだけでちょっとだけ嬉しく思う。


「霞ちゃん、ごめんね。急ぎすぎて手ぶらで来ちゃったよ」


「気にすんなよ。入院中世話になってたしさ」


「もう、積もる話多すぎなんだけどさ。マジで」


「色々ありすぎて、通り越して、なんかもう落ち着き始めたと思ったらまた事件に逢って。もう俺からは話すことがないわ」


 圭介が俺の方を鷲掴んで、前後に揺すった。


「めんどくさいだけだよね? てか、みほとけみたいな顔すんのやめてくれる? 本当にあの世にいってそうだから」


 圭介の目は笑ってなかった。珍しく。


「圭介ってさ、お母さんみたいだよね」


「もう、お母さんでいいよ」


「なんで、そんなに俺に親身なの? 友達だってのはわかるけど」


「だって霞ちゃん儚いし。オレ、霞ちゃんといるの居心地いいんだよね」


「そっか」


「というわけで」


 圭介は、鞄からビール缶を2つ取り出した。


「完全な手ぶらって訳でもないんだけどさ、さっきコンビニで買ってきたのよ。ウサ子ちゃんは、もういいでしょ。あと飲み過ぎはまずいでしょうから、これで終わり」


 俺は、圭介の差し出すビール缶を1つ受け取った。まだキンキンに冷えている。


 食事の帰り、ウサ子にジュースを買ってきていた。


 圭介をホテル部屋の鏡面台の椅子に座らせると、俺とウサ子はベッドに腰掛けた。昼間ベビー用品売場で買ってきた子供用のコップにリンゴジュースを入れるとウサ子に渡した。


 最初は大人しく座っていたウサ子だったが、座っている体勢が安定しないのか、俺の膝の上によじ登った。


 ウサ子が落ち着いたところを見て、口火を切ったのは圭介の方だった。


「もうすっかりパパじゃないの。病院の時は面会時間も短かったし、霞ちゃんげっそりしちゃっててさ。オレも詳しく話が聞けなかった訳だけど、どういう事なのか説明してよ。最初からね」


 俺は、圭介にこれまでの経緯を説明した。


 強盗犯人に間違えられたこと、証明するために記憶を見られたこと、その副作用で入院していたこと。その後で、ウサ子のことも話した。何故パパになったのか。圭介は、冷静に呆れていた。


「あんねぇ、どんだけお人好しなわけ? 子連れってだけで、彼女だって今まで以上にできなくなるよ」


「もう、そんなこといいよ。どうせ出来るかどうかもわかんないしさ」


 説明後の圭介の指摘がそれだったので、それかよ! と思わず突っ込んでからのこの返しであるのはご理解頂きたい。


「まあ、それはさておき。まあ、霞ちゃんは主夫やれる立場でもあるわけだし、シンパパも出来ないことはないわけだ。でも、子供にはママが必要でしょ。ママはどうするの?」


「聞くなよ」


「そんなことだと思った。考えてないでしょ」


「考えたよ。でも、ママはしょうがないじゃん」


 モテないし、彼女いないし。


 圭介の態度に、俺は納得出来なかった。ので、ドストレートに聞いてみる事にした。


「お前さ。ごちゃごちゃうるさいけど、何か隠してるだろ?」


 少しの間を置いて、圭介が言いにくそうに答えた。


「霞ちゃんは、その子のこと何処まで知ってるの? これから、この子に対してどうしろって言われてる?」


「は?」


「例えば、毎日病院に来いとか、病院の人間が訪問にくるとかさ」


「何が言いたいんだ?」


「その子、ロボットなんだよね?」


「そうだって聞いてるけど」


「オレも初めてなんだけど……半分ロボットじゃないんじゃない?」


「は?」


「だから、半分人間なんじゃないのかってこと」


 と、そこまで言って、圭介は違うなーとぶつぶつ言っていた。俺には彼が何を言いたいのかさっぱりわからない。


「正直、圭介の言いたい事がさっぱりわからないんだけど」


「オレもそう思うよ。自分の事ながらね」


「順をおって説明してくれる?」


 圭介は、缶ビールをぐいっと飲んだ。


「オレが身体をスキャン出来るってのはいつも話してるよね。細胞の動きから、内蔵の動きから。ロボットなら、電流とか温度とかそういうのになるけど、オレだけじゃないよ。ロボットなら誰でも出来る、機能ってやつだ。霞ちゃんも知ってると思うけど、人間は当たり前だけど細胞が働いて成長する。傷も病気も自然に治癒するでしょ。逆にロボットはまだそこまでの進化はない訳よ。それなのに、その子の細胞は動いてる」


 俺にはよくからなかった。


「ウサ子細胞が動くって言うのがよくわからんのだけど、ウサ子も人間同様成長して治癒するってこと?」


 圭介は、濁した。


「さあ。細胞のように体中のそれは活発に動いてる。霞ちゃん以上に活発にね。だけど、それが成長や治癒とつながるかどうかまでわからないよ。だから、聞いたの。病院から何か言われてないかって」


「……定期的に必ず診断に来るようには言われてるけど」


「そうでしょ。きっとその子が成長するかどうか視るんだよ。だって、ロボットに定期診断なんて必要ないもの。親は子を視れるし、様子が悪ければ病院に行く。ある程度時期がこれば役所からの通達があって、ボディを換えに行く」


「ちょっと待てよ。俺は人間だから、ウサ子を視ることなんて出来ないだろ。だから、定期診断が必要だってことじゃないか」


「なるほどね、でもそれでも必要ないよ。そのための装置が存在するのは知ってる?」


「は?」


 圭介が呆れた声を出した。


「だって、興味なかったし……」


 俺が罰が悪そうに言うと、圭介は空中に映像を表示させた。映像は圭介の脳内コンピューターから拾い出され、目からプロジェクター状態で映し出される。つくづく、便利だな。


「3000円もあれば買えるんだし、霞ちゃんも買ったらどう?」


 それは一般的な眼鏡と同様だった。圭介曰く、コンタクトレンズ型のものもあるらしい。ロボットにはあって人間にない機能を補う道具は、これに限らず意外と多いらしい。人間の間だけでなく一般常識として当たり前らしいんだが、知らなかった。


「か、買ってみよかな」


「病院でこれ勧められなかったんだ。持ってるかどうかも、聞かれなかったんだ?」


「うん」


 やっぱりな、と圭介が呟いた。


「ウサ子ちゃんさ、霞ちゃんが親だって刷り込みプログラムされてなかったら、霞ちゃんがパパになるって決意しなかったら、きっと研究材料になってたんだろうね。もしそうじゃないなら、霞ちゃんにこの眼鏡勧めて、調子悪いときに来てください。ボディ換えが必要になったら通達するんできてください。それでいいと思わない? それに、担当のナースとカウンセラーが退院後もケアするって言ったんだよね。普通退院したら、元担当にはなるかもしれないけどいらなくない? だって、必ずその病院に通わなきゃいけない義務もなければ霞ちゃんが通う保証もないじゃん」


 まあ、言われてみればそうなんだが。妙に疑う圭介を前に、俺は何も言えなくなった。ところで……


「圭介は、何を疑ってる?」


 圭介は真顔で言った。


「霞ちゃん、強盗事件に完全に巻き込まれてるよね。被害者の1人として、この先解決するまで、この事件から解放されないよね。だから柏木警部が、霞ちゃんの側にいてくれるんじゃないの。柏木警部は霞ちゃんに同情したんじゃなくて、仕事だよ。その心拍数、気を付けた方がいいと思うよ。色々とね」

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