第17話 恋って美味しいの?
心拍数。
「恋って言いたいわけ?」
俺は笑いながら言った。
「わかってるじゃん」
図星だった。
「って、んなわけあるかよ! 高嶺の花もいいとこだろ。そりゃ憧れはあるけどさ、それだけだし」
「なら、いいけど。傷つくの霞ちゃんだよ。オレも辛いからさ」
圭介は何故か、どやっと笑った。何故ドヤ顔?
「で、ホテル暮らしになった理由だけど、その様子だと連絡はないんだね」
「そう、空き巣か強盗かなにかも……っていうか空き巣だろうけど。盗むもんなくて逃げたんだろ」
「パス盗むでしょ」
「そんなに価値あるのかな」
という俺の疑問に、圭介はビールを吹き出した。
「そのパスの為に、日々どんだけ犯罪が起きてると思ってんのさ。全く」
「そうなの?」
「もういいわ。本当、自分の価値わかった方がいいよ。マジで」
俺は首を傾げることしか出来なかった。
「なんか、ごめん」
「ドンマイ」
圭介と暫く久しぶりの世間話をしていた。ウサ子はその途中で眠ってしまい、日が変わって暫くしてから圭介も帰っていった。
怒られただけでなく、余計なお世話も多い奴だけど、肉親でもないのに心配してくれるのはありがたい。そして、ウサ子がいても事件に巻き込まれていても、根本的には変わらない日常に少しだけほっとした。
翌朝になり、ホテルでウサ子と過ごしていた。昼前になって、警察から連絡があった。
犯人の手掛かりはなく、近くの監視カメラには犯人らしき人物は映っていなかったという。一度、アパートに来てくれとの事で、昼過ぎに帰った。
警察の捜査のお陰で、荒らされてヒドい有様だった部屋は更にヒドいことになっていた。散乱する割れた食器の破片や割れた瓶のせいで、捜査員達が土足で踏み荒らしていたのには正直むっとした。が、柏木警部の部下であろう刑事から掃除業者が入ってくれる事を教えて貰った。完全無料ではないらしいが、格安だったのでウサ子もいることだしとお願いした。その兼ね合いもあり、ホテル暮らしが少々延びることになった。俺が事件前と同様独り身だったら、自分で掃除しただろう。三日は掛かったかな。
部屋の私物チェックをするように言われたが、貯金箱から通帳から印鑑まで、何一つ盗まれずにそのままだった。
「何も盗まれてないですね」
「捜査して思ったんですが、何か探しているような荒らし方だったんですが、何か思い当たる物はありませんか? 殺人でも起きていれば、それでも納得出来る部分はあるんですが、それはないですし」
「ええ、誰か死んでたらそれこそたまりませんよ。ちなみに思い当たる物は、ないですね。自分が思う価値がありそうなものは、全部残されてましたし」
「そうですか。もしかしたら、人違いでこの部屋に入ったのかもしれませんね」
「あ、俺もそう思います。人違いですよ、きっと」
刑事さんは、人違いの空き巣扱いとして報告していたようだった。
業者の掃除が完了したら、連絡してくれるとのこと。せっかくなので、あと少しの間ホテルでの旅行気分を味わおうと思う。
タクシーでホテルに到着すると、部屋に戻らず、ウサ子と少し散歩した。
昨日は行かなかったホテルの裏側を歩いてみることにした。
意外な事にアパートが幾つも並んでいた。ファミレスでの人間向けメニューの豊富さを考えれば、このアパートに人間が何人も住んでいるのかもしれない。
俺が育った家を思い出した。俺の他にも、周辺には人間が住んでいた。人間向けの施設も多かったので、特に不自由のない生活環境ではあった。人間が多ければ人間向け施設が多くなるので、自然とそこに住む人間も多くなるわけで、人間の密集地が出来る訳だ。
けれど、その中で住んでいるロボットもいるわけだから、全員が人間とは言い切れない。なぜなら、人間と恋に落ちるロボットだっているし、圭介みたいに友達になるロボットだっている。職場が近いという理由だってあるだろうし、理由は様々だ。
で、その住宅街を抜けた先に、俺の目的の場所が見つかった。
小さな公園だ。
小さいながらも、ブランコと砂場と滑り台とジャングルジムが設置されている。
そこには、昼間でありながら誰の姿もなかった。近くに植えられた人工の木が日陰を作り、その間から光がゆらゆら揺れている。
「ウサ子、公園で遊ぼうか」
ウサ子は満面の笑みを俺に向けて、公園に着くと俺の手を離してブランコに駆け寄った。
公園に来たのは初めてなのだろう。ブランコに駆け寄ったものの、どう遊ぶのか分からないようで、椅子の部分に手をかけてそれを揺らしていた。
「ウサ子、そこに座って揺れて遊ぶんだよ」
こくりと頷いた幼女はブランコによじ登ろうとするが、ゆらゆら揺れるブランコは不安定で危うい。
俺は慌てて駆け寄り、転がる前にウサ子を抱き上げた。
ウサ子をブランコに座らせ、両サイドの椅子を釣っている鎖をしっかり握らせた。
「ウサ子、絶対に離すなよ」
「あい」
ウサ子は小さく返事をすると、鎖をぎゅっと握った。
俺はゆっくりウサ子の背中を押した。ウサ子が驚いて手を離しても捕まえられるように、ゆっくりと少しだけ。
案の定、ウサ子の髪飾りがふんわり揺れながら彼女のバランスが崩れる。が、直ぐにバランスを立て直した。
「ひゃあ」
気の抜ける声がした。
「ひゃあ」
「ウサ子、怖い?」
「ひゃああ」
気の抜ける声に思えたが、どうやら驚きながら笑っていたようで俺は思わず笑ってしまった。
ウサ子が慣れたところで、ブランコの揺れを大きくした。
ブランコが揺れる度「ひゃあ」と声がする。ウサ子、笑い方変だよ。可愛いけど。
ウサ子はブランコが気に入ったようで、俺が止めると怒る。仕方ないので俺は続けた。
夕方、日がオレンジ色に染まる頃。俺の説得に渋々ウサ子は納得したのか、なんとかブランコを下りてくれた。その分、俺はヘロヘロで汗くさい。そんな俺の体力は露知らず、ウサ子は俺に抱っこをねだるとすやすや寝てしまった。
公園自体、ホテルの裏の住宅街の少し奥だったからそんなに離れていない筈なのだけれど、疲れきった身体でウサ子を抱いて帰るのは結構しんどかったのは言うまでもなく。
部屋に着くとウサ子をベッドに寝かせると同時に、俺もベッドの大の字になって転がった。
「も、もうだめ……」
情けない声がもれた。知らず知らずに息だって切れている。子供と遊ぶのも、なかなか大変である。
ぼんやり天井を見上げながら今日の出来事を思い出していたのだが、今日は柏木警部に会えなかったな、とがっかりした気持ちになっただけであった。報告と私物チェックくらいだけだったから居る必要もなかったのだろうけど、俺的に寂しかったなあと思うわけで。あの時、刑事さんに聞こうと思ったのだけど、特別彼女に用事があったわけでもなかったので、聞くに聞けなかった。ふと、昨晩圭介に言われた心拍数の話を思い出して、急にこっ恥ずかしくなってしまった。
あの時は衝動的に否定していたが、後から考えれば好きな人を当てられたという恥ずかしい状況この上なかった訳で。そう思うと、とんでもない人物に片思いしてるんだなと落ち込んだ。叶うはずないのにな。
この事件が解決したら、柏木警部と会うこともなくなるんだろう。そう思うと、事件なんて解決しなくてもいいんじゃないかと思う。
ふと身体を起こし、腹が減っているのに気付いた。ウサ子は眠っているし、かといって1人で残して食事に行くわけにもいかないし。
俺は出前を取ることにした。なんとなく、悩んだ挙げ句にカツカレーを注文していた。
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