第15話 ちょっとミステリーっぽくなってきた
篠山誠太(ささやませいた)。性別、男性。推定年齢26歳。世界でもトップレベルの大学を飛び級で進級、コンピューターを越えた頭脳を持つと言われた超天才である。大学院卒業後は、ロボットの更なる研究へと進み、世界が彼に投資までした。メディアで最後に彼を観たのは、今後彼が力を入れるという研究発表の会見だった。
篠山が目指したのは、ロボットの完全な人間としての進化。自らの体内で卵子と精子を作り出し、子を作り出すこと。そして、進化するナノロボット細胞。ロボットも生命を作り出し、進化し、成長する。その研究が完成されれば、人間とロボットの違いなどほぼ皆無と化してしまう。
篠山が目指したものは、差別のない世界だった。
そして、一年程前に篠山は姿を消した。久しぶりにメディアに登場した彼は、意外な形であった。世界を揺るがした人間が対象となれば、意外と言うほどではないのかもしれないが。
「行方不明、だったっけ」
記憶に古くはない。柏木が直接関わった事件ではなかったが、気にはなっていた。
「そうです。あの時空移動装置でふと思ったんですよね。もし、あの装置を開発出来る人間がいたとしたら、篠山が堅いんじゃないかと」
いい線いってるじゃないの、と柏木は思った。ふと上がった口角を、川田は見落とさなかった。
「見直しました? 俺だってやるときはやるんですよ」
「調子に乗るな。いい線行ってると思うけど、世界に天才は篠山だけじゃないでしょ。たまたま篠山がメディアで有名になったってだけで、隠れてる天才だってごろごろいるはずよ。例えば、日陰になった天才とか……。自分だって支援してもらえるほどの天才だ。けど、注目してもらえない。だから、事件を起こした。とかね」
「へー」
川田は、感心したような声をもらした。
「けど、そんな日陰の存在をゼロから探すのは不可能に近いわ。だから、篠山から追うのもありよね」
川田の顔が明るくなった。
「でしょ、でしょ!」
わんこのような奴だな、と柏木は顔を歪めた。
「で、篠山の失踪に関する情報を教えなさい」
川田は待ってましたと言わんばかりに、手元の資料のページを数枚めくった。
「ここに、大凡記載してあります。説明しますね」
要約すると、こうだ。
篠山は普段から、他の研究員と関わらずに一人ラボで研究する事が多かったという。研究内容は誰にも話さず、見せなかった。途中経過をメディアで発表するのが、全てだったという。そして、それが研究の条件だったそうだ。それだけ、世界は篠山に期待していた。
研究発表の当日だった。篠山が研究内容と共に、忽然と姿を消した。世界が騒然とした。
警察が血眼になって探したが、事件の痕跡すら掴めず全ては迷宮入り。誘拐を疑われた。偉大な人物だったことで、今でも捜査本部は動いてはいるものの、なんの手がかりすら掴めてはいないのである。
「捜査本部に働きかけてみたんですけど、その調査内容は教えてもらえませんでしたね。ただ、なにも進展がなくわからないってことだけは教えてもらいえましたけど」
「そう。じゃあ、私達は私達の方向でこの事件を追いましょう。但し、篠山失踪事件としてではなく本来の目的としてね。篠山の通っていた大学から大学院、勤めていた研究所で彼の同期となる人物からあらって行きましょうか。直接関わりのない人物かもしれないし、もし劣等感を持つ人物だとしたら天才の中でも凡人と言われる人物かもしれない」
「気が遠くなりますね」
「そうね、それでも見つからないかもしれないしね。範囲が広すぎるから、もう少し絞りましょう。先ずは、純粋に人間である人物から調査しましょう。それならたいして多くもないはずだし、そこからなにかしら情報が得られるかもしれないわ」
「承知ですっ」
川田は気持ちのよい返事をした。
「私も出来る限りの協力はするから、なんでもバンバン言いなさいよ。期待してるわ」
川田は、少しだけ違和感を感じたが、それは柏木がいくつも事件を抱えているせいで忙しいからだと納得した。
「ありがとうございます」
いつの間にか最上が淹れてくれたコーヒーを飲み干すと、川田は立ち上がった。
「柏木警部も無理しないでくださいね。ロボットって言っても、たまにはクールダウンしないとオーバーヒートしちゃいますよ」
「……そういえば、そうね」
「ま、人間ほど繊細でもないし、修復すればいいんですけどね。ただ、メモリ飛んだら終わりっすから」
柏木なのだから、わかっているだろうと思いつつ、川田が口にしたのは元人間だという噂を知っていたから。彼にしたらおさらいのつもりだった。
柏木は誰を思って言ったのだろうか。もしくは、自分自身に向けたのだろうか。何かとてつもなく寂しそうな顔に見える、と彼は感じた。少しだけ心配だった。厳しくもいつも元気な柏木だけに。
「そうね、そうなんだよね。ロボットと人間の違いってさ」
「じゃあ、ちゃんと休んでくださいよ」
川田は後ろ髪引かれる思いながら、その場を後にした。
「川田さん、柏木先輩なんか元気なくないですか?」
最上が川田の腕を掴んで、小声で問うた。
「うん。なんかねぇ、警部っぽくないよね」
「カモノハシが、なんか関係してるんですかね。だって、珍しく度々会ってるみたいですし。あ、恋いしちゃったとか。先輩趣味悪いー」
川田が呆れて最上の腕を振り払った。
「バカ言ってんじゃありません。そんな感じじゃないよ。なんか行き詰まってるっていうか……柏木警部が警部として関わってから、難航する事件なんてなかったじゃん。だから、本人もどうしていいかわかんないんじゃないの」
最上が、腑に落ちないといった顔で柏木のいる方へと目配せした。
「そうなのかなあ、つまんないな」
「面白がる話じゃないよ。てか、自分で聞いてみれば? 女同士なんだしさ。あと、ちょっと休ませた方がいいと思うよ。今後の捜査の為にも。あと、頼むわ」
「え? マジで」
「じゃ」
最上はフグのように頬を膨らませた。休ませるのは彼女も大賛成である。賛成ではあるが、休めと言って休むような柏木ではない。が、最上からしても放っておくわけにもいかないので、とりあえず説得まではいかないにしろ休暇を進めてみることにした。一日くらいなら休むかもしれないな、と。
柏木に近づくと、相変わらず彼女は真剣に資料を眺めて仕事モード。
「柏木先輩」
あ、と柏木の顔が上がったので、すかざず真向かいに座った。
「先輩、疲れてますよ」
「ロボットなんだから顔色なんてわかんないでしょ」
「でも、電流でわかりますよ。熱の上がり方とか。10%電流が弱くなってるのに、温度が5度高い」
「そう?」
「自分でも気付かないとか、重症ですよ」
重症、の言葉に柏木は思わず笑った。
「もう、真剣に。明日くらい休んだらどうです? 今後の捜査にも関わりますよ。で、一日考えた方がいいと思うんですよ。なんなら2、3日休んだ方がいいとは私は思いますけど」
柏木は、資料から目を離した。
「最上ちゃんからそんなこと言われたら、私も重症だと思うわ。明日くらい休もうかな」
「そーですよ!」
案外素直に応じてくれたことに、若干戸惑いながらも最上は甲高い声を上げた。きっと本当に疲れているんだと、最上は納得した。
「んじゃ、後のことは私のお任せくださいー。誰からの連絡も、私が全力を掛けて繋ぎませんので!」
そこまでしなくても……と、柏木は苦笑いを浮かべた。
「んじゃ、お願いするわね」
「はい、ごゆっくりお休みください」
「今日は仕事するわよ」
「はい」
そして、ふと思いついたよいうに最上に言付けた。
「カモノハシからの連絡だけは繋いで頂戴ね」
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