第14話 お前は奥さんか

「所詮、人が作ったものよ。ロボットなんて。皆、もう忘れちゃってるけどね」

 柏木警部の言葉は、ずしりとしていた。俺自身の持つ劣等感とか、そういうものをかき消すように……なんというか、もっと威張ってもいいんだよ、と言われているような気さえした。

 人間から望まぬロボットになった者にしかわからないんだろう。人間に産まれながら、わざわざロボットになる者もいると聞く。けれど、少なくとも柏木警部は人間が好きだったように感じた。

 食事を終えると、柏木警部が訪ねてきた。美人なのに、最初に感じた取っつきにくさは既になくなっていた。

「今夜、というか暫く泊まる場所のアテはあるの?」

「友人に泊めて貰おうかとも思ったんですけど、子供連れですからね。迷惑になるといけないのでホテルを考えていますけど、人間だってことで嫌がる店もあるみたいだし……俺外泊とかしたことないんでよくわかんないんですけど。なんで、これから色々あたってみようかなってところです」

 ロボットに比べて繊細な人間の身体は、何かと面倒だとかで嫌がられる。宿泊中の事故とか病気とかその他もろもろ責任を負うのが嫌だとかなんとか。中には人間に対する差別的な考えを持ったロボットもいるので、そういったもめ事の原因でも嫌がられる。だから、飲食店や小売店ならまだしも、娯楽や宿泊施設の利用には注意が必要だ。と、親から聞いた。自分では殆ど利用したことがないので、本当か嘘かは知らないけれど。

 すると、柏木警部が携帯電話を取り出した。

「だと思ったのよ。私の知ってる人で、人間を受け入れてくれるホテルがあるからそこの予約入れてあげるわ。私もね、この仕事長いから色んなツテってやつはそれなりにあるのよ」

 俺は、その場から立ち上がると深々と頭を下げた。

「ありがとうございます!」

「2、3日もすれば戻れると思うから。戻ったら掃除が大変だわね。それまでゆっくりしたらいいわ」

 柏木警部は笑っていたけど、今の今まで忘れていたあの大惨事を思い出すと正直ぞっとした。

「さて、私もそろそろ行かなきゃだし。ホテルまで送るわ」

「あ、もう大丈夫なんでしょうか?」

「うん。大丈夫」

 俺の気付かないうちに電話は終わっていたようだ。そりゃそうか、ロボットなんだから。そう考えると、寂しくなった。少なからず、俺はこの柏木警部に憧れているんだろうな。

 しかし、柏木警部の記憶に残る男の子ってどんな人なんだろう。警部の話からして、事故自体随分昔の事のようだし、その男の子も今ではさぞ立派な青年になっているんだろうな。

 俺のアパートまで一旦戻ると、柏木警部は部下に署の車で俺をホテルまで送るように指示した。警部は、仕事に行かねばならないらしい。寂しいが、やり手の警部なので暇なはずもなく、忙しい中わざわざこんな俺に付き合ってくれたことを感謝するしかない。

 俺のアパートから30分程車を走らせたビジネス街の路地裏に、そのホテルはあった。小さいが汚くはなく、それなりの普通のビジネスホテルのようだ。見渡したところ、コンビニもあったので不自由はなさそうだ。

 受付に入ると、話は聞いていますと女性スタッフが部屋まで案内してくれた。

 部屋は狭からず広からず、セミダブルのベッドが一つとユニットバス。柏木警部が配慮してくれたようだ。

「では、ごゆっくり」

「あ、何日ほど利用出来ますか?」

 女性はやんわりと笑って答えた。

「3日ほどと聞いていますが、必要であれば何日でも。帰りにパスをご提示ください。無料でご宿泊いただけますので」

「ありがとうございます」

 そんな待遇があったとは、初めて知った。

 これは後々知った事なのだが、子連れの人間は無料らしいが、子連れじゃなかったら半額らしい。

「ウサ子、疲れたろ。休もうか。眠くない?」

 少し元気がなさそうだったから、心配だった。病院でもゆっくり出来たとは思えないし、家に帰ったと思ったらあんなんだったし、なんだかんだでいっぱい移動して疲れない訳がない。俺だって疲れた。

 ウサ子は俺の服を掴んで抱っこをせがむと、暫くしたらすやすや眠ってしまった。小さいながら、色々我慢してたんだろう。

 俺はウサ子をベッドに寝かした。

 丁度そのタイミングで、圭介からの電話があった。

『霞ちゃん、今日退院じゃなかったっけ? ごめんね、お迎えに行けなかったよ~』

 こいつは奥さんかね。

「いいよ、デートだろ」

『違うよ。真面目に仕事してんだよ。最近急に忙しくなっちゃってさ、デートも全然してないし……まじストレス溜まるわ』

「ロボットでもストレス溜まるの?」

 素朴な疑問である。

『溜まるよ。ロボットだって繊細なんだ。ってか、オレあいのこだし』

「わかったよ。てか、用事なに?」

 受話器の向こうで、圭介が膨れたようだった。

『オレ、超心配したのにさ。なんか冷たくない? 久しぶりに飲もうかと思って。あ、あの子どうなった?』

 そういえば、圭介に話してなかったっけ。あいつに随分心配されて、少なからず世話された覚えもある。

「そうだなあ、ちゃんとお礼言わなきゃな。ありがとう」

『いえいえ』

「で、言ってなかったっけ? 俺子持ちになったって」

『……は?』

 少しの間を置いてからの絶妙な疑問符が響く。

『いやいやいやいや。誰と? 聞いてないし。結婚したってこと?』

「うんにゃ。里子に貰ったんだよ。新米シンパパ。よろしくね」

 受話器の向こうで、圭介が絶叫していた。

『と、と、と、とりあえず、行っていい? まじ、話聞きたいし』

「いいよ、今度で。仕事忙しいんだろ」

『いやいやいやいや。それどころじゃないっしょ。マジ行くわ。今夜』

「でもさ、俺今家にいないし。今朝帰ったら家ん中荒らされてて……で、警察の捜査入ってて、数日間ホテル暮らし」

『はああああああ? まあいいや、何処のホテル?』

 とりあえず、俺は圭介に今宿泊中のホテルの名前と住所と連絡先を伝えた。

 心配してくれるのはありがたいが、何故にあいつがあれほどまでに焦るのだろう。謎である。

 そしてふと思ったのだけど、これは俺の両親にも報告すべきだろう。いきなり孫が出来た、なんて伝えたらどうなるだろ。嫁もいないのに。

 電話を切って、ウサ子を見た。幸せそうな顔で、すやすやと眠っている。癒される。


*****


「柏木警部、ちょっと気になる情報が入りまして」

 部下の川田が真剣な声で、柏木警部の元に寄った。

「例の幼女の件なんですけど。いやね、確実に関係するかといったら確信はないんですけど」

 デスクワークを一旦止め、柏木警部は立ち上がると川田を端のミーティングルームへ来るように促した。通りざま、最上にコーヒーを2つ頼んだ。

「で、なに?」

「はい、今回の事件から約5年前になります。当時、テレビで騒がれていた篠山という大学生、覚えていますか? 天才頭脳を持つ人間って」

「なんとなくだけど」

「ある日を境に、あれだけメディアから騒がれていたのに突然姿を消した」

 川田は、テーブルに自ら作成したであろう報告書の束を置いた。

「珍しいわね、あんたがこんなの真面目に作るって」

「それだけ、情報が複雑だったんですよ。もっと誉めてください」

「調子に乗んな。で、続けて」

 柏木は報告書をめくり、眺めながら川田の話を聞き始めた。誉めたものの、そこに書かれていたのは箇条書きで報告書と呼べるほどの完成度はなかった。が、わかりやすく、柏木に伝えるには十分の書類であった。川田なりに、柏木を理解してのものであった。

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