第13話 美女と食べるラーメン定食
柏木警部が到着してから30分もしないうちに、彼女の部下が到着した。全員ロボットなのだろうか。
「人間久しぶりに見たわ」
と言う声が聞こえた。
「悪気はないのよ」
柏木警部が気を使うように、俺だけに聞こえる声でぼそっと呟いた。俺は、ご厚意を無視しないように小さく頷いた。
少し不安で、手を繋いだまま立たせているウサ子を抱き上げた。
「ここの捜査はあんた達に任せるわ。私は、食べ損ねたランチ行ってくるから」
部下達が、気持ち良い程揃った敬礼を見せた。
「じゃあ、行くわよ」
柏木警部の顔が、当然のように俺に向けられたので、俺は頷きながら後を追うしかなかった。
「柏木警部も物好きだね。あんな人間に、何を執着する事があるんだか」
「人間だからでしょ。警部人間だったって噂、本当みたいだし」
聞こえてるってーの。
と、俺は毒づいてふと思う。
人間だった???
*****
柏木警部は、徒歩ですたすたと俺の前を歩く。
相変わらず赤いハイヒールの癖に、歩調は早い。
俺はウサ子を抱いているせいか、足が短いせいか。その歩調に合わせるに必死だった。柏木警部に話したら「は? 両方でしょ」と言われそうなのだが。
しかしながら、柏木警部の後ろ姿は美しい。歩く度に揺れる光を纏う艶やかなブロンドと、レザーの上からでもはっきりわかる肩胛骨に、丸みのある張ったお尻はなかなかにエロい。
と、考えていたら、彼女がぴたりと歩みを止めた。思わずぶつかりそうになって、間抜けにも慌ててしまった。
「ああ、何食べたい?」
かれこれ10分は歩いたように思うのだが、今更ですか。
「俺は、何でもいいですよ。嫌いなものとか、特にないし」
「そ」
と彼女は答えると、またすたすた歩きだした。
一応、気を使ってくれたのかな。
で、到着したのはオシャンティーなカフェでも乙女モード全開なイタリアンでもなく、汚いオヤジが1人でやってる汚い中華料理屋だった。
意外すぎる。こういう店、嫌いそうなのに意外に入るんだ……。というか、こういう時でないと入れないので、寧ろオシャンティーなカフェとか乙女モード全開のイタリアンに入って欲しかった。
「よお、満嗣ちゃん。今日は、お連れさんも一緒かい? 見慣れないけど、彼氏?」
「はあ? んな訳ないじゃん。バカなこと言うと、名誉毀損で逮捕するわよ。いつもの2つね」
「あいよ」
オヤジは笑っていた。ってか、さりげに酷くない? 名誉毀損って……。
俺は、気にしない振りをした。
「ここ、よく来るんですか?」
「まあね。殆ど毎回」
「毎回……」
そう、ロボットだから毎日食べる必要はないのだ。だから、食べたいときに食べるから毎回。
「もっと、おしゃれなお店に通っているんだと思ってました」
柏木警部は笑った。
「残念だったわね。イメージ崩壊で」
俺は、何も言わずに近くの水を人数分入れて配った。セルフなのだ。
「ここの、ラーメン定食すっごく美味しいの」
そういえば、最初会った時もカツカレーとか食べてた気がする。案外庶民派なのかな。
俺は思い切って、聞いてみることにした。
「柏木警部、さっき警部の部下? の方からの会話で聞こえたんですけど、昔人間だったって本当ですか?」
柏木警部の顔が、少し曇ったように見えた。
「すみません……失礼でしたね。忘れてください」
女性に年齢を聞くくらいシビアな問題なのかもしれない。そう思って、すぐさま謝った。けれど、警部は答えてくれた。
「そうよ。純粋な人間だったわ。それも遠い昔話」
「そうですか」
その先を、聞きたかった。聞けずにいたのだけれど、柏木警部は自分のブロンドの先を少しだけ弄びながらぽつんと呟いた。
「あんたも人間だもんね……。少しだけ、聞いてくれる?」
俺は頷いた。
「別に隠す事でもないんだけどさ。偏見ってのもあるじゃない。差別とか。私は、人間っていいなって思うわ。ロボットになってつくづくそう思う。全てに限りがあって、必要性があって。ね。そのために頑張れる」
「そうですか」
柏木警部は、俺にちらりと目をやった。
「私はね、事故で家族と身体を失ったの。両親も妹も弟も即死だったのだけれど、私だけが奇跡的に助かった。私だけというか、私の脳だけが。助け出された時、首から上しかなかったんですって。けれど、脳だけはまだ死にきっていなかった。それで、助かったのよ。ただ、そのせいか昔の記憶は殆どない。家族の顔も声も温もりも、思い出という思い出が消えてなくなった。唯一思い出せるのは、1人の男の子。ぼんやりだけど、その子がきっと何か知っていると思うのよね」
「その子、探しましょう!」
「は?」
俺が思わず叫んで、柏木警部が呆れた声を出したところで、例のラーメン定食が運ばれてきた。
シンプルな中華そばに小鉢とチャーハンと揚げ物が少し乗っていた。
「まあ、おバカなこと言ってないで、とりあえず食べなさいな。美味しいから」
オヤジの奥さんだろうか。ふくよかな割烹着のおばさんが、ウサ子用のプラスチックの取り皿を持ってきてくれた。
それに中華そばを入れると、ウサ子はテンションMAXにきゃっきゃと笑いながらラーメンを手掴みで食べ始めた。
「私ね、最初はそう思ったよ。そう思って警察になった。それでいろんな人や事件に関わった。それで、忘れようとしているのかな。もしその男の子を見つけてもさ、その子がただの通りすがりで、何も私の事を知らなかったら寂しいじゃない。希望が見えなくなっちゃうわ」
「…………」
唯一記憶に残った、残るような人物が柏木警部の事を何も知らない。なんて事があるんだろうか。残るくらいの思いで深い人だったんじゃないのかな。
そう思ったけれど、それは彼女も当たり前のことながら考えていたようなのだ。
「結局さ、打ち所……だったんだよね。きっと。印象深いから、とかそんなんじゃなかった。だって、私からしたら家族以上に印象深いものなんてなかったように思うのよね」
そこまで聞いてふと思った。
「でも、自分の名前とか素性というか、基本的な事は覚えていたんですよね?」
そこから、調べられそうなのだけれど。
彼女は答えた。
「わからないわ。何もわからなかった。私の名前も、その後私を引き取ってくれた養母が付けてくれたもの。年齢と性別。それだけは残った私の欠片からわかったみたいなのだけれど」
ウサ子がおかわりを欲しがったので、俺は取り皿に追加してやった。
「こうしてさ、純粋に必要な食事だって思って楽しんでると人間に戻れたような錯覚があって。なんかこう、ずっと前から私は私で、いつかそれが現実になるような気がするの。もう、今の私は人間になりたいわけでも、思い出を取り戻したい訳でもないんだ。養母や養父から沢山の幸せや温もりは貰ったから、ただ今は家族だった人達を忘れたくないだけ」
衝動的であれ、探そう! 等と、無責任な発言をしとさえ思った。
「すみません」
考えるより先に謝っていた。それを見て、ウサ子が心配そうに首を傾げながら俺を見た。
「あんたって、本当にお人好しよね。ウサ子ちゃんの事にしろ、私の事にしろ」
「ひ、暇なんで」
柏木警部は笑った。
「でも、ありがと。嬉しかったわ。あんたの両親は、きっと良い人達だったのね」
確かに、お人好しなのは両親譲りなのかもしれない。
「人間もロボットも関係ないですよ。出来ることはずっとロボットの方が多いし、不自由な事を考えれば人間の方が不利です。人間もロボットも同じように心はあるし、そう考えていったら人間って辛いことばかりな気がします。でも、俺の両親は言ってました。食べること、寝ること、そのセックスする事の楽しさは人間の特権だって。俺も両親もロボットになったこと無いけど、きっとそうだっていってました。だから、俺は人間で良かったって思うようにしてます。どんなに惨めだって思っても」
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