第8話 お前はお母さんか
柏木警部は、立ち上げた電子手帳の内容を読み上げた。
「人間で言う推定年齢3歳の幼女型ロボット。記録データが85%欠落。製造から半年は経過していると思われる。未確認最新型ロボットのため、詳細は不明。記憶や機密データに高度なセキュリティロック確認。現在、身元確認のため、欠落データの復旧作業と、セキュリティロック解除作業中。これが、現在の状況よ」
柏木警部は、電子手帳を鞄に戻した。
「で、私なりにも調べてみたわ。誘拐の届け出もなければ、捜索願いも出ていない。製造記録も見つからなかった。そこで、町中の事件も調べてる。今のところ幼女が関わっていそうな事件の一つもないわ」
俺は、ぽかんとした。
「でも、あの子は誘拐されたのですよね?」
「私も不思議に思ったの。誘拐されたのなら、その確認ができるはずって。確認もしないのに、誘拐やら共犯やらって言えないでしょ。何らかの形で、敵か味方の区別は必要。けどね、その誘拐の事実ですら、あやしいものだったの。幼女は誘拐されてないのかもしれない」
「え? 犯人が……子連れで強盗ってするもんですか?」
柏木警部は笑った。
「そりゃ傑作だわ! コメディだわ」
「柏木警部……」
「でも、それも強ち否定出来ないのよ。で、誘拐だって最初に言い出した奴がわからない。私は部下から聞いて、部下は情報部から聞いて、情報部の誰が確認して、そう報告したのかがわからなかった」
俺の頭はいっぱいだった。
「すみません、そろそろリハビリに……」
ナースが気まずそうに声を掛けて来たのを合図に、柏木警部は立ち上がった。
「これは、私自身も引っかかるのよね。私も動いてみるつもりでいるの」
「あの、ウサ……幼女は、今どうしてるんですか?」
柏木警部が、顔を傾げた。
「だから、作業中だって」
俺の頭に、配線で繋がれて無理矢理眠らされ、数人の男に囲まれているウサ子の姿が浮かんだ。
「そんな! モルモットじゃあるまいし」
柏木警部が、顔を不快に歪めた。
「何想像してんの?」
「だって、作業中って! ロボットで幼児だって……人権ぐらいあるでしょう」
彼女の口から生まれたのは失笑。
「ウサ子、だっけ。この病院で元気に生活してるわよ。あんたの何倍も楽しそうにね」
きょとんとする俺を置いて、柏木警部は去っていった。小気味良く、赤いハイヒールを鳴らしながら。
リハビリの軽い運動を終わらせて、柏木警部にこちらから連絡を取りたいとナースに頼んだ。
ロボットナースは、それを拒否した。
「柏木警部に、桜木さんからご連絡を取ることは許可されていません」
「何故ですか?」
「プライバシーの侵害に当たるからです」
なるほど。この情報&電子世界での、お願いの仕方を間違えたようだ。
「あの、個人的ではなくて、会社を通してで構わないのですが」
今度は、ナースも承諾してくれた。
「どのようなご用件でしょうか? 柏木警部の勤務先である警察署に問い合わせてみます」
「ウサ……幼女に会いたいんです。そう伝えて貰えれば分かります」
ナースは、間も空けずに答えた。
「保護幼女について、柏木警部から伺っております。もし、桜木さんが幼女についてご質問された場合、場合によっては面会させるようにと」
俺は嬉しくなった。
「本当ですか!」
「ええ、嘘は言いません。夕方、面会の準備をいたします。お部屋までお迎えに参りますので、それまでお待ちください」
俺はうきうきしながら部屋に戻った。
戻ると、部屋に圭介が来ていた。俺を見るなり、彼は涙目になりながらタックルのようなハグをかましてきた、
「霞ちゃん! 心配したよ!! オレ、100回くらい電話したし家にも行ったのに行方不明だし。まじ心配したんだよ! 人間だから孤独死してるか、誘拐されて遠くの国に売られちゃったか、とか色々考えてさ!」
だいの男の慰め方などよくわからないが、取り合えず俺に抱きついたままの圭介の頭をなでなでしてあげた。
「まあ、落ち着いてよ。圭介からの連絡みたの昨日だったし、病院だからか電波飛ばなくて」
「もう、そんな古典的なもん使ってるからだよ!」
「通信機器内蔵出来ないからね、俺。人間だもの」
有名な格言は、こんな時に使うものらしい。
「で、どうやってここだって知ったの」
「警察に捜索願い出したんじゃん! 警察もなかなか教えてくれなくてぇ。やっと今朝連絡来たんだって。それで、デートすっぽかして飛んできたんだからね!」
「愛されてるんですね」
「そら、使い捨ての女より一生の友人でしょう!」
さらっと酷いことを言ったぞ、この男。
「霞ちゃん、痩せたね。いっぱい食べなきゃね。退院したら、なんか作ってね」
退院祝いにごちそうしてくれるんじゃないのか……俺が作るのか。
俺は複雑な気分になった。
「酷い病気だったのかな。体力が25%も落ちてる、脂肪も筋力も。まだ暫くは退院できなさそ?」
「うん、まだ聞いてないね。ある程度体力が回復しないと、生活に支障をきたすといけないからって」
半泣きの圭介はようやく俺から離れると、今度は圭介が俺の頭を撫でた。
「待ってるからね、がんばるんだよ」
なんだろう、こいつはお母さんかね。
「なんか必要なものがあったら、オレに言うんだよ」
「うん、ありがとう。売店にもあるし、なんとか大丈夫。また連絡するわ」
「また、来るわ」
と、圭介は早々帰っていった。すっぽかしたと言っても、流石にすっぽかしきれなかったんだろう。
部屋で1人になって落ち着くと、改めて圭介の優しさが心に響いた。一人暮らしで恋人もいない、仕事すら就けない男。考えてもみれば、圭介の言う通り、孤独死して白骨化しても気付かれない、なんて事もありえるんだよな。圭介がよく遊びにくるのも、少なからずそういう心配もあるのかもしれない。
退院したら、料理をいっぱい作って心配させたお詫びというかお礼をしてあげるのも、ありだよな。うん。
あと、もし可能だったら柏木警部にもお礼にご馳走したいな。まず不可能だけど。
昼食を食べてから、テレビを見ていた。その間も、ウサ子と会えるのが楽しみでしかたなく、ずっとそわそわていた。そんな様子を見て、事情をしらないナースが圭介の事を俺の恋人かどうか聞いてきたのだが、そこは全力で否定させてもらった。いくらモテなくても、俺は女性が好きである。マジで。
暫くして、リハビリの時とは違うナースが現れた。リハビリの時のナースに頼まれたとのことで、案内してくれるという。
「あの、すっかり忘れてたんですが、服は着替えた方がいいですか?」
俺は病院着のままだった事を、忘れていた。
ナースは無表情だった。
「そのままで結構です」
「ウサ子は、元気ですか? どんな生活してるんですか?」
「私は、詳しく知りませんが、彼女担当のナースと教育カウンセリンセラーもいます。そちらのお二人もご紹介いたしますので、その方々から聞いてください」
病室内を歩いて移動するのだが、確かに広いがしれてる広さでありながら、俺は息が切れてきた。なんというか、著しい体力の減少具合に、我ながら情けなく思う。
「ウサ子には、また会いに来てもいいんですかね?」
「それも、あちらにご確認ください。それより、桜木さん。大丈夫でしょうか? 車いすをご用意いたしましょうか?」
車いすに乗ってウサ子の前に現れるとか、情けなくて嫌すぎる。
「いえ、結構です」
「そうですか。ご無理なさらぬように」
ナースなのだから、もう少し愛想良くてもいいと思うんだけどな。すれ違うナースを見れば愛想を振りまいてる人も多いので、きっとナースによるのだろうと思った。
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