第9話 パパと呼んでくる

 ウサ子が居るらしい病棟は、俺が入院している病棟から少し遠かった。

 途中オートウォークがいくつもあり、ベルトコンベアのように運ばれている時は楽だったのだが、歩いて移動しなければならない部分もあり、今の俺には体力的にきついながらも、運動としては良いのかもしれない。

 病棟は5つ程あって、一番端同士が俺とウサ子の病棟だった。で、俺は地下だけどウサ子は最上階。

 ナースの案内が、奥の病棟の最上階の自動ドアの前で止まった。

「この向こうに居ます。このフロアは、児童の遊び場兼学び場所となっていて、寝るときと検査の時以外は、大抵ここに居ると思います」

 ナースが扉横のボタンを押すと、扉が開いた。暗証番号を入力したらしい。

 フロアにはウサ子と同じくらいの子供が何十人も居て、想像以上に広かった。

 床には玩具も転がっているし、奥は擦りガラスになっているものの、その向こうが勉強部屋のようになっているのがわかる。

「ウサ子は、今ここに?」

「はい、私はそう聞いています。先程、検査が終わったと聞いていますから。専属のナースとカウンセラーを呼んで来ますので、今暫くお待ちください」

 ナースは1人、フロアを出て行った。

 ウサ子がここにいるなら、待っている間に探せばいいと思い、俺はフロアをうろうろした。

 5分くらい探したところで、ウサ子を見つけた。彼女は大きなウサギのぬいぐるみを抱きしめていて、相変わらず耳にはあの白いウサ耳のような髪飾りを付けていた。あの頃より小綺麗になっているような気がした。

「ウサ子」

 俺が呼ぶと、彼女はきょとんとした目でこちらを見て、直ぐに満面の笑みでウサギのぬいぐるみと共に抱きついてきた。

「ぱぅぱぁー!」

 まだ上手く言葉が話せないから、知った男は皆パパなんだろう。結婚もしてないし、まだ若いんだけど……ウサ子になら、悪くない。寧ろ、ちょっと嬉しい。

「ウサ子、ちゃんと覚えてくれてたんだね。心配したぞ、元気してた?」

「ぱぅぱぁ! ぱぅぱぁ!」

 よっぽど嬉しいのか、俺の服に顔をすりすりして離れない。可愛すぎる。俺も離れたくない。

 と、感動の再会を楽しんでいると、先程のナースに連れられて、専属ナースらしき女性とカウンセラーらしき女性が俺に声を掛けた。

「はじめまして、桜木さん。彼女の専属ナースのサライです」

「はじめまして、こんにちは」

「はじめまして。私は教育カウンセラーのマリラーです」

「どうも、はじめまして」

「こちらにどうぞ」

 2人から自己紹介され、場所を変えるように言われたのでウサ子を離そうとしたのだが、ウサ子は嫌がって俺から離れない。いやいやと泣きそうになった。

「あ、桜木さん。彼女を抱いたままで結構ですよ」

「あ、そうですか」

 俺は、べそかくウサ子を抱いたまま、案内されるがまま、フロアを出た。

 フロアの外に出て、右に曲がった奥の部屋に案内された。そこにはソファとテーブルがあって、ちょっとした応接室のようになっていた。ソファに腰掛けると、タイミング良く別のナースがコーヒーとウサ子用のオレンジジュースも持ってきた。

「桜木さんには、色々お話せねばならない事が多かったので、こちらに移動して頂きました。どうぞ、ご遠慮なくお飲みくださいね」

「あ、はい。ありがとうございます」

 俺は、ウサ子に一目会いたかっただけなんだけどな。なんだろうか。ウサ子の親が見つかったとか、かな。良いことなんだけど……なんかなぁ……俺としては複雑だ。

 ウサ子を抱きしめる俺の手に、無意識に力が入った。

「そう、緊張しないでくださいね。ですが、少々困った事がありまして」

「はい」

「その前に、桜木さんは彼女をなんと呼んでいらっしゃるのですか?」

「え? ウサ子、ですけど。名前、わかんなかったんで。とりあえず」

「そう、ウサ子ちゃん。ウサ子ちゃんが、ロボットなのはご存知ですか? それも、最新の」

 会話を中心で進めているのは、専属ナースのサライさんだった。俺をこの病棟まで案内したナースは、いつの間にかいなくなっていた。

「ええ、柏木警部から聞いています。と言っても、ざっくり。本当に少しだけですけど」

「そうですか。では、その情報と重複する部分もありますが、お話いたしますね」

「はあ」

 って、なぜ俺なのだろう。よくわからんが、取り合えず俺は黙って聞くことにした。もしかしたら、これも柏木警部の心遣いかもしれないと思ったから。

「ウサ子ちゃんのプログラムには、高度なセキュリティが掛かっていて、正直私達には手が追えません。そのプログラムに、どうやら桜木さんが父親だとインプットされているようなのですが……何か思い当たる部分はございませんか?」

 俺は、思わず噎せてしまった。は? どういうこと? みたいな。

「み、身に覚えはないのですが……」

 なんだろう。俺の頭が真っ白になる。ウサ子のパパは、リアルパパだった。

「ウサ子ちゃんのお名前も、ウサ子みたいです」

「え? どういう事なのか、俺には理解できないのですが」

「恐らくですが、ウサ子ちゃんに組み込まれていたプログラムに、桜木さんを狙ったのか狙っていないのかわかりませんが、父親として認識するようなものがあったみたいです。あと、桜木さんが呼んだ名前が名前として決定するようになっていたようなんです。そこで、そのプログラムの内容や仕掛けた者の痕跡を調べようとしたのですが……全てロックされて手の出しようがないという状況です」

「じゃあ、ウサ子の親は探せないと」

「はい。名乗り出て貰わない限り、こちらから見つけようがないんです」

 俺は、ウサ子を見た。俺の膝の上で、楽しそうに笑っていた。ウサ子が可哀想過ぎて、俺は泣きたくなった。こんな可愛い子を手放すなんて、その親を見つけたら、ボコボコに殴ってやりたい。

 と思ったところで、サライさんはウサ子にとって残酷な言葉を続けた。

「ウサ子ちゃんが最新のロボットだというところを見れば、もしかしたら彼女は製造されたばかりなのかもしれません。制作者が親だと言えばそれまでですが、ウサ子ちゃんがオーダーメイドなのか量産タイプなのかまではわかりませんが、人間でいう親というものは存在しない可能性があります。桜木さんは、ご存知でしょうか。幼児タイプのロボットは量産され、プログラムだけ引き継いでボディだけ使い回されたりリサイクルされたり、時には思い出の人形としてコレクションされることもあります。量産的に製造されるのは主に幼児タイプのみ。倒産する企業が、無い訳ではないのです。最新のタイプを研究し製造するのもお金が掛かる。採算が合わなければ、倒産する企業だって出てきます。近頃は特に、そういった傾向が目立つのです」

「表だってニュースになってないって事ですか?」

「ええ。ロボットがロボットを産み出すのは、高度なボディを手に入れなければ難しい。まだ、子を購入する方が一般的なのです。それ故に、最新児童ロボットメーカー企業の特に小規模なメーカーはどうしても立場が弱くなるのです」

「それじゃあ、何処知れず倒産した児童ロボットのメーカーが、ウサ子を処分したと」

「そうも考えられます。その関係者が思いあまって強盗した、そういう考えも出来ると今警察では動いているようですが。ただ、はっきりした証拠もないので。全てはまだ憶測です」

「だとしたら、ウサ子以外にも何体か処分されたロボットが見つかるんじゃないですか?」

「そうですね。今のところ、確認が取れているのはウサ子ちゃんだけですが」

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