第6話 カツ丼じゃなくてカツカレー食べた

 俺はする事もなく、ぼんやり天井を見つめていた。さっきうたた寝してしまったせいか、暫くは眠れそうもないし。

 ふと考えてもみたら、牢の中でも警察署には変わりないので、ここに居る限り安全は確保されているんだろうな。

 さっき携帯で電波を確認したときに、ついでに時間を確認したら、夕方だった。そういえば、お腹空いたな。結局出して貰えないのなら、さっきあの美人さんにご飯くらいお願いすればよかったな。

 と、くだらない事を考えるのも疲れたので、通信無しで遊べるゲームが入れてあるのを思い出したので、それで遊んでいた。

 上から降ってくるブロックを組み合わせ、横に隙間無く繋がれば消えるというレトロなゲーム。レトロだけど、俺は割と好き。ロボット達には物足りないらしいけど、それなりのマニアもいるらしく、このゲームはなくならない。暇つぶしにも丁度良いし。

「今度はゲーム?」

 美人さんの声がして、俺は起き上がりながら振り返った。

「ほんっと、呆れるわね。あんた。こんな状況なのに」

 美女は牢の鍵を外していた。

「おかしな真似したら即撃ち殺すから、変な気起こさないように」

 そうか、この美女の正体は悪魔なのか。

「何もしませんよ。大人しく従います」

「そう、賢明だわ」

「で、一つだけお願いがあるんですが」

 牢の扉を開けようとした美女の手が止まった。一つ間を置いて、彼女が「なに?」と緊張感のある声で問うた。大した事ではないので、ハードル上げるの止めて欲しい。

「お腹空いたんで、何か食べ物くれません?」

 扉を閉めたまま、美女は無線を取り出した。

「カツカレー2つ。1つはサラダとスープ付きのセット。直ぐ、取調室に運んでおいて」

 そこはカツ丼じゃないのか、と思いつつ。

「あの、誰か他に居るんですか?」

「はあ? 私の分に決まってるじゃない。お腹は空かないけど、あんたが食べてたら私も食べたくなるでしょ」

 なんか、可愛いな。

「そ、そういうもんですか」

「そういうもんよ」

 美女は牢の扉を開けると、俺に手錠を掛けた。俺はそのまま、されるがままに連行された。

 部屋を移動している間、ここが地下だった事に気付かされた。最初に連れてこられた時は、突然だった上に大人数に囲まれていたから、上なのか下なのかもわからなかったけど。

 取調室だと思われる小部屋に入ると、若い女性がコーヒーを出してくれた。

「ありがとうございます。意外と親切なんですね」

「まあ、それなりにしないと話したくなくなるでしょ」

「まあ、意地も出てくるでしょうしね」

 こっそり周りに目をやるが、どうやら水を張った洗面器も電気椅子的なものも、見当たらないようだ。この後、出てくんのかな。と考えていたら、見透かされた。

「拷問なんて趣味悪いことしないわよ。嘘発見器くらいは、使わせて貰うけど」

 彼女は俺に、一枚の紙を差し出した。

「プライベートに関わる事だから、強制は出来ないのだけど。ここ1ヶ月の記憶を覗かせて貰えたら話が早いんだけど。貴方、見たところ人間だから簡単に記憶操作も出来ないでしょ。もし、何らかの形で記憶操作してたら、その痕跡はわかるわ。ただ、これは不必要な記憶まで見ちゃう事になるから、よく考えて」

「というと?」

「お風呂とかトイレとか性行為とか……」

 俺の顔が紅潮するのがわかった。

「まあね、だから貴方程度だと強制出来ないのよ」

「……でも、無実が実証されるんですよね」

「まあ、早いわね」

 丁度、カツカレーが若い女性によってが運ばれてきた。案の定、セットは美女用だった。美女は2人前の食事代を、運んできた若い女性に渡した。

「あ、後で自分で払いますんで」

「いいわよ、このくらい。取り合えず、食べながら考えてよ」

「ありがとうございます」

 色々考える事が多すぎて、カツカレーの味がよくわからない。

「あの、記憶を確認するのは誰なんですか?」

「私と専門家の2名ね。必要なところは、証拠としてデータで作らなきゃいけないから」

「そうですか」

 女性に見られるのは恥ずかしいな。せめておばちゃんならまだ……。世のおばちゃん、ごめんなさい。

「あの、刑事さんのお名前は?」

「警部よ。柏木」

「柏木警部ですか」

「あとでまとめて聞くつもりだったんだけど、あんたの名前は?」

「桜木です」

 カツカレーを食べた後、大きな溜め息が出た。同時に、俺は決意した。このままだらだら説明しても信じて貰うまでに時間が掛かりそうだし、犯人じゃないって分かればウサ子のことも少しくらいは教えてくれるかもしれない。

「俺、腹括ります。記憶確認お願いします。ほんと、無罪なんで。しっかり確認してください。で、俺が連れてきたウサ……女の子がどうなったかだけ、教えてください」

 俺は、用紙にサインした。

「わかったわ。あんたが無実だって確定したら、その子のこと聞いておいてあげる」

「お願いします」

 この後、フルネームとか名前とか住所とか出身とか両親とか。色々色々聞かれたけど、記憶で確認するからと事件の事は一切聞かれなかったし、教えても貰わなかった。

 検査は明日朝行われるらしく、別の独房に案内された。

 一晩泊まる独房は畳張りで冷暖房完備、布団も含めて清潔さはまあまあだった。一晩だけど、雑巾があったので取り合えず軽く掃除した。

 カツカレーを食べた後だったけど、夕飯の時間だったらしく食事が運ばれた。扉の下の小窓からそれを受け取ると、食事を運んできた人が1人前しか持って来なかったことに気付いた。怖いながらも外の様子を伺うと、部屋はいくつかあるようで、人も居るようだった。けれど、俺以外食事をとってる素振りもないので、多分人間は俺だけのようだ。

 トレイには、具のないしゃびしゃびしたカレーとキャベツの千切りとお茶が乗っていた。お茶はお代わり出来るのかな。

 お腹はそんなに空いてはいなかったが、折角なので頂いた。よくよく思い出してみれば、カツカレーは美味しかったな。

 食事を済ませると、することも無いので俺はさっさと布団に入った。

 入ったものの、夜中に声を出す奴がいたり、見回りの足音がうるさかったりで結局ぐっすりは眠れず、俺ってこんなに繊細だったっけ、と思いながら起床の時間を迎えた。

 朝方になって眠気がピークになったせいかぐっすり眠ったと思ったのだけれど、朝食が運ばれて完全に起こされた。

 トレイには、焼いてない食パンとミニトマトと牛乳が乗っていた。

 朝だけど、朝だけど……ラーメン食べたいな。温かいご飯と味噌汁が恋しいな。

 携帯で時間を確認すると、朝8時だった。相変わらず圏外だった。それから2時間程して、柏木警部が現れた。

「おはよ。ぐっすりは、眠れる訳ないか。クマがスゴいわね」

「はい、全然寝てないんですけど、大丈夫でしょうか」

「記憶確認は眠ってる間にするんだけど、これなら軽い薬で済みそうね」

「薬なんてなくても、ぐっすり眠れますよ」

「途中で起きられると困るから」

「そうですか」

 記憶確認は警察署で簡単に行われるものだと思っていたのだけれど、実際には警察病院で行われるとかで、パトカーでの移動となった。

 30分程して、綺麗な病院ビルに到着した。柏木警部は、パトカーの中で俺の手錠を外してくれた。

「いいんですか?」

「変な気起こしたら、射殺するけどね」

 信頼されてるのかされてないのか全く分からないが、見えない手錠がされているのはよくわかった。

 パトカーを降りて、柏木警部に案内されながら病院の中へと進んでいった。こんな大きくて綺麗な病院は初めてだ。両親と離れてから、病院に行ったことなどなかった事を思い出した。両親と住んでいた時は、近くに人間専用の小さな病院があったので、そこに行っていた気がする。 

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