第5話 すごい美人の柏木警部
スコーン! という軽い音と共に、頭に走る鈍い痛みによって俺は現実世界に引き戻された。
無機質なひんやりとした空間の中、金髪美女がしゃがみながら俺の顔を渋い表情で見つめていた。
その後に、若い男が驚いた表情で立っている。
「あんた、こんな状態でよくうたた寝出来るわね。感心するわ」
と、金髪美女に言われた気がする。どうやら俺はあの後寝てしまったらしい。ぼんやり眠気眼を擦り、記憶を戻そうと努力する。
警察にウサ子を届けに来て、ウサ子を取られて、牢屋に入れられて……で、その後暫く「助けてー」と叫んでいたものの、誰もいなくて……気付いたら疲れて寝て今に至ると。
「あ! ウサ子。ウサ子は? ウサ子は無事なんですか?」
考えるより、先に声に出ていた。
美女は顔をしかめた。
「はあ? ウサ子って何? 第一、子供を誘拐したのは、あんたでしょ。なんで私が誘拐したみたいになってんの」
なるほど。俺は例の誘拐犯と間違われてるって訳か……。って、おいおい!
「俺じゃないです。第一、ニュースで聞いた内容しか知らないけど、俺アリバイあるし、それにタクシーの中で犯人が逃走してるってニュース観てたし」
美女は、手に持っていた赤いヒールを履いた。どうやら、始まりの鈍い痛みは、ヒールで殴り起こされた痛みだったらしい。容赦ねえな。
「実行犯では、ないでしょうね。犯人は、警察顔負けの超超超最先端の科学技術を持って逃走してたわ。時空と磁場を歪めて瞬間移動するワープは、あんたも知ってるでしょうが今じゃ当たり前の技術よ。けど、事故を防ぐ意味でも今の技術が追いついていない事実も含めて、時空のトンネルを関知するレーダーで全ての出入り口は拾えるようになってる。もし、犯人が通常のそれを使って逃走するとすれば、少なくとも犯人が逃げ込む30秒前には時空の歪みが関知出来るはずなの。それに合わせて出口も開くから、結果出口はもっと早くにわかるし、事前に押さえ込むことができる」
現代では常識的な話であるが、美女は確認するかのように丁寧に説明してくれた。
「で、それが俺とどう関係してくると?」
美女の眉が、不快にピクリと動いた。
「最後まで素っとぼける気かしら」
「いえ、そういう訳では……」
「まあいいわ。犯人は、時空トンネルの入り口を瞬時に開き、出口を移動中に開いたの。だから、いつワープが始まるかもわからなかったし、いつ何処に出てくるかさけもわからなかった。こんな技術聞いたこともないし、上に確認してもみたけど、未知の技術だと返って来たわ。まず、時空間の中、すなわち時空と磁場の中で機械を操る事はおろか、犯人がロボットだとしたら長時間滞在する事など不可能よ。今の技術では、繊細な機械は耐えられないから。消去方だけどね、犯人は人間で2人以上は存在すると考えられる訳よ。どう?」
美女はドヤ顔だった。
「どうと言われても、俺知らんし」
「実行犯が逃走するルートの決定も、時空間の操作も、あんたがやってたんでしょ!」
俺は、瞬時に全否定した。
「待ってくださいよ。もし、仮にそうだとしたら、何で大事な証拠にもなるような子供連れて、のこのこ敵陣に乗り込まないかんのですか!」
「子供が誘拐された子だって、認めたわね!」
「いやいやいやいや! そうじゃなくて、俺は犯人の行動じゃないでしょって言いたいんです!!」
「そんなの、自分が怪しまれない為の行動でしょ。まあ良いわ。どうしても口を割らないのであれば、こちらにも考えがある」
美女は立ち上がると、牢屋を出て再び鍵を掛けた。
「ちょっと! 俺は無実なんですって!!」
俺の叫びも虚しく、ヒールの足音と共に美女は闇の中へ消えていった。
多分、まだ昼間だろうけど、ここ暗いから。
考えがあるって言ってたけど、何する気だろうか。カツ丼くらい出してくれたらちょっと嬉しいけど、それは多分無理だろな。水張った洗面器に、顔を沈められるくらい覚悟しておいた方がいいだろうか。怖いな。
ウサ子、ウサ子は無事だろうか。仮にも警察なんだから、無事であると信じたい。もしかしたらだけど、親が来ててウサ子は無事親元に帰れてるかもしれないしな。それくらい、見届けたかったな。
ふと、ポケットに携帯電話の感触があるのを思い出した。緊急的に引きずられて、そのまま牢にぶち込まれたから、持ち物回収はされてなかったようだ。もし俺が武器持ってたらどうするんだ、間抜けな警察だな。と一瞬思ったものの、よくよく考えてもみれば、相手はロボットなので直ぐに気付いていただろう。ここで間抜けなのは俺一人である。
こんなに人畜無害なのに。
そう思いながら、せめて圭介に助けをこおうと携帯を取り出して画面を見るも、圏外だった。
やはり、俺は間抜けである。もし電波があったら、回収されてるっつーの!
何もかもが嫌になって床に寝っ転がるが、コンクリートの床は痛くて固くて冷たくて。なんかもう、泣きそう。泣いていいかな、マジで。
いつまで、ここに居たらいいんだろう。
*****
「あの、柏木警部。あの男、本当に共犯なんすかね。頭悪そうだし、肝っ玉小さそうだし……もしそうだとしたら、脅されてたんじゃないすかね」
金髪美女の柏木は、後ろを着いて歩く部下を振り向いて見ようともせずに答えた。
「人を見かけで判断してはダメよ。一番犯人に見えない奴が、一番怪しんだから。けど、もしあんたが言うようにあいつが犯人に脅されて加担してたのだとしたら、彼も被害者。助けてやらないと。どちらにしろ、この件はっきりさせないと」
「そういえば、柏木警部。犯人の罪って銀行強盗ですよね? 何盗ったんですか?」
柏木の足が、ぴたりと止まった。部下の男も慌てて足を止め、軽く声が出た。
「もう、急に止まらないでくださいよ! 銀行強盗して、逃走のために人質取ったのは知ってますけど、最新の武器持って抵抗出来る者なしで、警察来るまで多少時間あって、被害金額の報道がないっておかしくないですか? 盗りたい放題なのに。だから、自分が知らないだけだと思って」
ばっと柏木が振り返ったので、部下は瞬時に土下座した。
「バカで、すんませーん!!」
部下は柏木の怒声と踵落としを覚悟し、目を固く閉じたものの何も起こらないのでちらっと柏木を見上げてみた。
そこには、顔色の悪い目を丸くした柏木の顔があった。完全に表情は固まっていた。
「私も……知らないわ……」
柏木の中に、いくつもの可能性が巡った。
牢の男は、ハメられただけではないのか。
実は、銀行も共謀していたのではないのか。
銀行強盗は騒ぎをそちらに集中させる為の単なる罠で、実際には別の事件が起きているのではないか。
「今考えれば、犯人の逃げ方もおかしいわ。単なる時間稼ぎだったような気がする。あの技術があったら、あんな攪乱するような事わざわざしなくても、一発で逃げ切れたはずだもの」
柏木は思った。自分のミスだ、自分の。プライドに負けた、仕事に集中するあまり冷静さに欠けていた。結果、犯人にも逃げられ、肝心な事実を掴むチャンスさえ逃していた。あのとき、目の前のネズミを必死で追うより、もっと大事なことがあったはずだ。それに気付かなかった。
考えれば考えると、目に涙が浮かんできた。悔しくて、情けなくて仕方ない。
けれども、この汚名を挽回する術を考えなければならない。あとの祭りであっても、その残骸から片付けていくしかないのだ。
「川田、どんな小さな事件でもいい。強盗が始まる少し前から今に至るまでの犯罪、洗いざらい調べて。私は、あの男をさっさと取り調べるわ」
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