第4話 逮捕されました
T都E区に、無数のサイレンが響きわたる。
先日起きた強盗事件の犯人は未だ見つからず、警察が町中を必死に捜査しているのだ。
捜査と言うより、追跡と言った方が正しい。犯人は磁場を利用しながら逃走を続けるので、エネルギーの歪みを追いながら、その姿を追いかけるだけでも必死だった。
1台のパトカーから、無線に向かって吐き出された怒声が響く。
「どういうこと!? うちの署のパトカーには、最新の追跡装置が付いている筈でしょ!! 何で捕まんないのよ! むかつくーーー!」
20代半ばであろうか、揺るやかな金髪の美女がヒステリックな声を上げた。その声に、無線を返して返事が来た。
『柏木警部! どうやら、あちらの磁場コントロールユニットの方が上を行ってるようですよ。ことごとくかわされています。着いてくのに精一杯で、捕まえるまでに至るのかどうか』
「なーに、弱気な事言ってるのよ! 意地でも捕まえるわよ!!」
今朝、15分だけ見失った事が、彼女を焦らせていた。彼女が警部となってから、彼女が担当した事件の犯人を1人も逃がしていないのが彼女の自慢だった。ここで逃がしては、彼女自身のプライドがズタズタに切り裂かれてしまう。ただ、彼女自身もこの逃走劇の厳しさに薄々は気付いた。
(ここで逃がしても、絶対捕まえてやるんだから! というか、絶対逃がさん!)
「警部、鼻の穴広がってますよ!」
部下がからかった刹那、犯人が完全にE区から消えた。
「へ? 嘘?」
驚いた彼女は一旦車を道路端に停めさせ、モニターで犯人の車を探した。が、やはり見つからない。このE区にはいないと言った方が自然なくらい、磁場エネルギーの反応はなかった。
「あんたが、おかしな事言ったせいじゃないの? 嫁入り前の美女を捕まえて、鼻の穴でかいとかいうから逃げられたんじゃない! 責任取んなさいよおおお!!」
彼女は、部下の頬を抓った。
「す、すんません! 冗談ですよ!! 不謹慎でしたあああ!」
やはり、無線から次々に同じ報告が伝えられる。
「一旦、署に戻って作戦会議! 絶対、犯人は逃がさない事!!」
*****
オムライスを食べながら、ウサ子は眠ってしまった。警察に連れていくつもりだったのだが、あまりにも気持ちよさそうに眠るので、俺は起きるまで待つことにした。
いつまで見ていても飽きそうにないウサ子の寝顔を見ていたら、メールの着信が入った。見ると、圭介からだった。ああ見えて彼なりに気になってたようで、警察に連れていったのか、どうなったのかとの質問だった。
俺は、ご飯を食べさせたら寝てしまった旨を伝えた。圭介からの返信は直ぐで、またどうなったか教えて欲しいとのことだった。
彼にも人並みの心があったことが、俺は嬉しい。
なぜだか、ウサ子を見ていたら二日酔いが消えてしまった。
2時間くらいして、ウサ子がむっくり起き上がった。まだ寝ぼけているようで、よちよちとした足取りで俺に抱きついた。可愛い。
「ちっち、ちっち」
何を言っているのかわからないが、なんか変な夢でも見たのかな。ちょっと機嫌悪そうな顔をしていた。
「どーした?」
と、頭を撫でていたら、ウサ子が何も言わなくなった。そのあと少し震えて、俺の服がびしょびしょに濡れた。
……ちっちって、オシッコのことだったらしい。
ごめん、何も知らなくて……。
ウサ子を風呂場で洗い、ついでに俺も洗い、ウサ子には取り合えず俺のシャツを着せた。服になってないが、無いよりはマシだろう。そんなこんなで警察に行きたいのになにも進まず、ウサ子との一日は終わっていったのである。
E区は治安が悪いので、夜は出歩きたくない。ましてや子供なんて連れて歩くなど、サファリパークの猛獣ゾーンをお散歩するようなものなのだ。人間にロボットの見分けは付かなくとも、ロボットから人間の見分けが付いてしまう。くわばら、くわばら、なのでウサ子を警察に連れていくのは、明日にした。
翌朝。俺はウサ子にご飯を食べさせてから、昨日着ていたワンピース(洗濯済み)に着替えさせると、タクシーを呼んだ。警察署までは歩いて行けなくもない距離なのだが、子供連れとなると話が変わる。自転車もあるが、子供を乗せる籠など付いていないし、車は持っていない。
タクシーの運転手に行き先を伝えると、バックミラー越しに運転手のにや付いた顔が見えた。
「お客さん、訳ありですかい?」
「はあ?」
「いやね、そんな顔に見えたものでね」
「はあ」
そんな顔ってどんな顔だよ、おい。
運転手は、聞いてもいないのに話を始めた。
「私もね、昨年離婚したんですよ。子供もいるんですけど、元妻の方に着いていきましたよ。女って奴は恐ろしいものですよ、子供から父親の記憶を消しちゃいまして、元々父親がいなかったってプログラムしてたんですよ。だから、子供は私の顔なんかもう覚えてもいないってわけで。私も子供や妻の記憶を書き換えようとも思ったんですが、出来なかったですねえ。それにしても、お客さん人間でしょう? 人間ってやつは、そういう不正が出来ませんからね。良い反面、悪い反面ってとこでしょうね」
この運転手、重い過去を見ず知らずの他人にサラッと話すな。呆れ半分、哀れみ半分で聞いていた。
「で、奥さんに逃げられたんですか? 捜索願い?」
「あ」
この運転手……とんだ勘違いを。
「いや、この子はそんなんじゃ……」
俺はまだまだ25歳の独身な訳で、変な勘違いをされては困ると思い否定しようとしたのだが、そのタイミングでタクシー内に嫌なニュースが流れた。
『強盗が連れた幼児の姿が公開されました。防犯カメラから映し出された女児は、犯人が逃走し切る寸前で姿を消しています。E区に共犯者がいる恐れもありますので……』
「誘拐、強盗ですかねえ。怖いですね。あの柏木警部になってから、犯人が捕まらないなんってことなかったので安心はしていたのですが。早く捕まって欲しいものですね。で、その子は?」
俺の脳味噌は、その瞬間未だかつてないくらい、猛烈に回転した。
「家出した嫁が残していったんです」
この誤解が、一番身の危険が少ない気がしたのだ。
運転手は同情するかのように、警察署に着くまでひたすらなにか言っていたが、俺は全く覚えていない。
警察署に着いてタクシーの運転手にお金を渡すと、運転手は謎の労いの言葉をくれた。
考えても見れば、人間のくせに幸運にも危ない事件に巻き込まれた事もなく、物を落とした事もないので警察署には初めて来たような気がする。
警察官は俺を見ると、直ぐに人間だと気付いて声を掛けてくれた。
「なにか事件ですか? それともお困りのことでも? 人間専用の課にご案内しましょうか」
こんな経験初めてなので、俺は慌てて声を上げた。緊張していたせいか、自分で言うのはなんだが、ある意味不審者っぽい。
「あ、あの迷子。この子、迷子を連れて来ました」
警察は、ウサ子を見た。そして、俺からウサ子を受け取ると、何故か俺に手錠を掛けた。
「え?」
「直ぐに連行してください」
俺に手錠を掛けた親切だと思った警察官が声を上げた。一斉に警察官が3人程飛び出し、ウサ子の前で俺を押さえつけた。
俺の身体は勢いよく床に倒れ、身体が痛いと思う間もなく、後ろ手に捕まれるので、それ以上の痛みが腕に走った。
「いたたたたた! 何!?」
「誘拐犯め」
「はあ?」
「貴様、共犯者の疑いあり!」
「はあ? ちょっと、意味わかんないんだけど? なあ、ウサ子! 俺、関係ないよな」
ダメ元でウサ子に問うと、ウサ子はきゃっきゃと笑いながら「ぱぱあ、ぱぱあ」と手を叩いた。
で、俺はそのまま警察署の奥へと引きずられていった。
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