第46話 最後までこの人は
瓦礫を焼き尽くす熱量の中、どういう原理か腕組みした陛下が地下からズンズカ上昇してきます。
そ、そんな奈落から登壇する役者じゃないんだから……。
そして、当然のように会話に割り込んできます。
「つまりだ、リブラよ! 臣民を強く賢く鍛える余が政策こそ、破滅に抗う最適解ということでは〜〜〜ないかっ!! やっぱり余、すごい!! 先見の明がありすぎるのう!」
自画自賛も納得の陛下ですが、リブラさんはノリについて行けずポカンとしていました。この人って自分中心なのが玉に瑕ですが、だから皇帝なんてやれてんでしょうね。
「すんません、陛下。テンション上がってっとこ申し訳ないんですけども。シリアスな空気が台無しなんで下がっててくれますか?」
「ん? ――――んぎゃああああああっ!! 目ん玉オバケぇぇぇぇぇぇーーーーーッ!!」
注意喚起をしに行ったところ、何故かすんごい顔で逃げられました。
……そうでした。私ってば今は黒一色の目玉マシマシな人外形態なのです。陛下、イボイボとかブツブツ嫌いっつってましたしね。
だからってロケットみたいに飛び上がってリブラさんの背後に着地し、彼女の陰に隠れるのはどうかと。ギャグ漫画みたいなリアクションされたら、真面目な話をする空気まで吹っ飛んじゃいますよ。
「どっこいしょ……っと」
そうしているうちに、陛下に続いて野郎二人もピンピンした姿で同じ穴から這い出して来ました。熱くないのかな〜なんて疑問も、もう訊くだけ野暮です。
「へい、グリーゼくん」
「おう、無事だったかレテ――ぬわぁっ!? なんだテメェは!!」
二人とも私が呼び掛けるや否や、スゴい勢いで身構えました。
「また黒いドロドロと追いかけっこかい? 堪えるねェ」
大公閣下も苦笑い。暗虚のせいで組織壊滅の憂き目にも遭った為か、大いに警戒されています。
こいつらに殴られたら堪ったもんじゃないので、私は慌てて弁明しました。
「落ち着きなさい、二人とも。私ですよ、レティ・クェルです」
「レティ? ……嘘つけぇ! 皇帝と同レベルのまな板じゃねえか!! あのふっくらした包容力はどこ行った、おい!!」
「その言い方だとデブみてーじゃねーですか、おい! デカいのは胸と尻だけですから! 腰とか括れてましたから!」
……今は寸胴な影法師ですけど。
『はぁ。なーんかすっかりグダグダですの』
セキシスも溜め息を吐きますが、そのグダグダの一旦は自分も担っているのをお忘れなく。
「……そっちの金色目玉はバニーの姐さんかよ。人間じゃねえってのは聞いてたがな、もうちょっと手心っつうか、なんつうか……」
そのセキシスも声で正体を察して、グリーゼくんが沈痛な面持ちで項垂れました。実に正直で分かりやすい反応です。
「むぅ……セキシスだけでなく、レティまで目玉に……余は容姿など気にせぬが、さすがに人型以外を愛し抜く自信はないぞ」
「なにをブツブツ言ってる? つーかドサマギに私の尻を撫でるな、変態め」
「アウッ!?」
陛下は陛下でアホやってるし。ほんっとブレねーな、あの人……。
これ以上グダるのも嫌なので、強引に話を戻しましょう。
「えーっと、リブラさん。ようするに、人間が滅びない限り世界は続くって考えていいんですよね?」
「え? あ、うん。宇宙は観測者あって存在するとか、そういう理屈。この世界の知的生命体を根絶に追いやるほどの危機をどうにかすればいい。少なくとも世界は残る」
「その危機ってあれかのう。辺境で魔物が増えてることと関係ある?」
目立ちたがり屋な陛下は、頭のコブを擦りながら性懲りもなく立ち直ってました。でも、確かにそれは私も気になるところです。
「逆。世界の安定が揺らぐから、魔物が現れる。放置していい問題じゃないけど、根本的な原因とは無関係。超巨大隕石の衝突とかだったら諦めた方がいいけど、疫病とか、戦争とか、滅亡の火種は必ずどこかにある」
「難しいのう。それじゃ具体的な対策がままならぬではないか」
頭を掻いてボヤく陛下ですけど、ぶっちゃけ対策なんて彼女自身が口にした通りで良いのではないかと。
「陛下が今までの路線で突っ走ればいいと思いますよ。医療にしろ軍事にしろ、国の末端まで教育が行き届くだけで劇的に改善されるものですから。地球の歴史がそれを証明しています」
まあ、そうなったらそうなったで別の問題が立ち上がりますけど、そうなったらその時代の人が足掻けばいい。
問題が予見出来たとしても、目の前の対処せにゃならん課題を放置していい理由にはなりません。
「分かっとる分かっとる。どっちみち、一度始めた国政は余でも止められぬ。むしろ余計な新事業をやらずに済むなら重畳じゃよ」
「そう。じゃあ、最後に大事な確認をしてもいい?」
リブラさんは陛下とか心底どうでもよさそうに、セキシスへ振り返りました。
無視されら陛下は、縋るように私を見つめてきます。どうすんですか、この空気?
「■■■■……いえ、敢えてセキシスと呼ぶ。私が帰還した後、この下層世界は完全に閉塞される。そうなると、もう高次元との交信は不可能になる。二度と帰ることはできない」
「心得ていますの」
「……営業部門総括の死亡事故、あなたが故意に起こしたのでは、という容疑が掛かってる」
「実際に故意ですの。そうなるよう立ち回り、起こるべくして起きた事件。間接的な殺■と呼んで差し支えなく」
迷いのないセキシスの言動は、ようは高飛びの宣言です。実にふてぶてしい。
リブラさんは警察関係者ではないとはいえ、執行役員にとってグループ内の不祥事に対する責任追求、その後の火消しにも関わる立場のはず。
「いいわ、あなたもこっちで死んだことにしておく」
その結論を出すまでの恭順をおくびにも出さず、リブラさんは実にあっけらかんと言い放ちました。
「いいんですか、そんなんで?」
思わず私からも訊き返してしまいます。
ですが、もう彼女の表情から何かを読み取ることは出来ません。輪郭がボヤけ、溶けるように消え始めていたのです。
「構わない。どうせエルドリッチはもう存在しないし。諸々の責任は■■……元代表に全部背負ってもらう。株主の何割かは離れるかもだけど、グループは存続できる」
「結構な大事じゃないですか?」
「こっちの世界で荒事に慣れたあなたたちと、正面から戦うよりも遥かにマシ。高次元存在なんて偉ぶったところで、生憎と本業はサラリーマン。生命のやり取りなんて御免被る」
……そう言われればそうですよね。私自身、すっかりこっちの世界に染まってて忘れていました。
「ところでよ〜。さっきからどうしてリブラの周りにも黒いブヨブヨが浮いてんだ?」
最後に今更ながら、グリーゼくんがリブラさんに一言尋ねます。でも、答える前に彼女の姿は跡形もなく消滅していたのでした。
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