第45話 以上、私の独壇場でした

 ふと。

 ハイになっていた私の目の前が、チカチカと明滅しました。

 気付けば独りで、崩れて光の粒子として消えていく鉄巨兵を前に立ち尽くしていました。


『レティ!』


 馴染み深い声を見上げれば、それは空を滑るように舞い降りてくる、セキシスの金瞳の眼球です。

 私はニヤリと笑みを作って、いつの間にやら右手に捕らえた拳大の眼球を差し出しました。

 いつぞやのボーグルと同じサイズのそれは、紛れもなくアスホーその人です。

 作戦は見事成功。ヤツを固い外骨格から引きずり出してやりました


『ひっ!? ひぃぃぃぃっ!! 助けてっ、殺さないでぇぇぇぇーっ!!』


 惨めにも震えながら命乞いをするばかりなアスホーです。そう言われてもねぇ。どうしますか、セキシス?


『さっさと潰してしまって、レティ。生かしておくだけ時間と資源の無駄ですの』

「おっけー」

『待って! 待って待って待って待って!?』

「ストップ。それ、こっちに渡して」


 一思いに握り潰そうとした私を、静かながらも威圧感のある声が制します。

 セキシスと同時に振り向いた先にいたのは、真紅の瞳を文字通りに輝かせたリブラさんでした。

 眼が光ってるだけでも怪しいですが、さらに愛用の杖には暗虚をまとわせています。攻撃用ではなく、自分の所属を表す為なのでしょう。

 つまり、彼女も高次元の存在。今更驚きませんがね。


「それ、こっちに渡して」


 同じ要請を繰り返すリブラさん。それ、というのはアスホーのことです。


「理由をお尋ねしても?」


 予想は付きますけど、私は敢えて尋ねます。リブラさんは無表情を崩さず、抑揚のない口調で答えました。


「それが横領した、社のリソースを回収したい。死なれると全て霧散してしまう。故に引き渡しを要請する」

「なるほど。では、あなたもエルドリッチの関係者ですか」

「その上位。アンコンシャス・エンタープライズグループの執行部役員。……本名は発音できないから、今まで通りリブラでいい」

『アンコンシャスの? ほぇ~、そりゃ大物ですの』


 場違いに呑気なセキシスでした。

 対して、手の中のアスホーの震えがシャレにならないレベルになってます。登場のタイミングを考えても、本当に上位グループの役員さんなのでしょう。


「そんな人が、どうしてこの世界に?」

『単純。この下層世界の本当のオーナーは我が社。現場作業の立会人みたいなもの。同行は秘密裏にだけど、実はずっといた』

「ふ〜ん。ま、いいですよ。はいっ」


 今更アスホー(こいつ)にがどうなろうと興味もないし。身柄が欲しいなら差し上げましょう。下投げに目玉を投げ渡しました。


 リブラさんは、私があまりにもあっさりと引き渡しに応じたのが意外だったのか、一瞬キョトンとしてました。でもすぐに暗虚を手の形にして目玉をキャッチしました。

 掴まれたアスホーは、暗虚と一緒にどこかへ消してしまいます。セキシスがちょっぴり勿体なさげな溜め息を吐きますが、大目に見てもらいましょう。


「ありがとう。回収できないと、グループ全体のの経営に支障が出るところだった。これで大勢が失職せずに済む」

「そりゃどーも。代わりと言っちゃなんですが、いくつか質問に答えてくれます? 嫌なら帰ってもらって構いませんが」

「い、意地の悪い言い方をしないで。それぐらいなら構わない」


 苦笑いのリブラさんが頷きます。その表情は、一緒に行動した時にグリーゼ君へ向けたのと同じに思えました。


「ではまず、この世界に迫る100年以内の破滅をなんとかしてください」

「それは無理」


 即答ですか。


「あ……違うの、無理っていうのは『方法がない』ってこと。意地悪とか駆け引きじゃないから、勘違いしないで」


 と、慌てて付け足されました。真面目なキャラは素ですね、この方。


「そもそも、どうして世界が滅びるんですか? つーか滅びるって具体的にはどうなるんです?」


 重ねて質問すると、リブラさんがセキシスへ顔を向けます。セキシスはフルフルと首……いや、眼球の全身を激しく振りました。

 リブラさんは小さく嘆息すると、語り始めます。


「この世界はまず、サーバを最初に借りた神……デーモン? ……とにかく、高次元の存在が新規事業として創世した。ここまではいい?」

「またスケールがマクロんなりましたね!?」


 今更ツッコミを入れてもキリがないので受け入れますがね。慣れたもんです。


「創られた世界は……シャボン玉の中に入っていると考えて」

「随分と儚いですね」

「実際そう。シャボン玉に包まれて、無限の虚無に漂っている泡沫の夢。それが世界」

「気が滅入る話です。では、その膜が百年以内に破れると?」


 無常にもリブラさんは頷きました。ますます気が滅入る。


『ほへ〜。そういう仕組みでしたの』


 だというのに、能天気な目玉がいました。当事者でしょうが、あなた。

 リブラさんもズッコケてます。


「なんであなたが知らないのよ!?」

『わたくしはソフトウェア専門ですの。ハードについては門・外・漢♪』

「……こ、この膜を維持出来るなら、百年だって千年だって世界は続く」

「なら、今はどう膜が維持されているのですか?」


 セキシスの話じゃ、地球はその状態から持ち直したってんですから。対策はあるはず。


「知的生命体による認識、つまり人間が世界の存在を認知し続けていればいい」

「えらく簡単な話ですね」

「簡単じゃない。世界にとって知性や意識の芽生えは、何億兆の果ての奇跡。高次元とか三次元とか無関係に『意思』が世界を形作る。逆に言えば、人間の消えた世界はその瞬間に消滅する」

「ほっほーう! それはよい事を聞いたぞ!」


 その時でした。一帯に偉そうな声が轟いて、私とリブラさんの中間地点の地面から火柱が噴き上がったのは!

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