第44話 精神攻撃(物理)

『エルドリッチ・ドリームワークスの解散が決まった。春までに各部署を分割し、グループの別企業へ移管される』


 ふと、一面に広がった暗黒空間から、厳つい声が響いてきました。

 私に対するものではありません。こいつはアスホーの記憶です。総会で吊し上げられた場面でしょう。


『もはや君の席は、グループのどこにも無い。理由は言わずとも分かるだろう、事業の再生どころかトドメを刺しおって!』


 また別の声が暗闇に響きます。

 映像が一切流れてこないのは、おそらく私に4次元以上の宇宙を認識する能力が無いからです。だからって眼球や眼差しも見えてこないのは退屈ですね。背景CGぐらい用意しとけよ。


『君の業務実績は契約上の最低限でしかなかった! 株主にとってはそれだけでいいかもしれないがな、我々のオーダーは低迷したブランドの再建だ! 新規事業を許可した覚えなどない!』


 ダンッと激しく机を叩く音がします。口調も荒々しい。撮影してネットにバラ撒いたら、さぞや良い火種となったでしょう。


「で、ですがプライズ事業には大きな波が来ています! 格安での生産ラインを確保して、来季からの収益が見込めるところまで来たのです!」


 っと、これはアスホー本人の声ですね。いつか電話越しに聞いた、少年のような少年役の女性声優のような、内有の声です。


『安いだけで低品質な商品が売れるものか! ユーザーを見くびるのも大概にしろ。第一、プライズは既に別会社で展開している。本業そっちのけでやるものではない!』

「う……し、しかし私が代表になってから、ずっと黒字成長を続けているのも事実――」

『年に0・02%の収支でか? 随分と甘い考えでいたものだ。上に立つ責任を僅かにでも理解していたなら間違っても吐けまいセリフだな』

『黒字でいられたのは支出を抑えた結果だろう。売り上げそのものは下降しっぱなしだ』

「そ、それは私が就任する前からの――」

『それをなんとかするのが貴様の役割だった!!』


 再び机を激しく叩く音。特に興奮している方一名いらっしゃいますが、他の声も冷たく突き放しているのは一緒。まあそりゃそうか。

 労働とは、誰かのやりたくない仕事を報酬を貰って代わることです。相手の注文を無視して自分の都合だけ押し進めてりゃ怒られますよ。しかも利益出せてないし。


『肝心のゲーム開発部を削減して、本末転倒も甚だしい! たった三人のプログラマーで何を作る気だ!? 品質管理はどうした!? その程度の知識すら持ってないのか!』

『君の過去の実績を鵜呑みにしたのは、確かにこちらの落ち度だ。だがね、独断専行に走った結果がこの体たらくでは、相応の罰を受けて貰わねば示しがつかん』

『もはやエルドリッチのブランドは、抱えているだけ損なのだ。君自身はもっとだが、最後の責任ぐらいは果たしてもらうぞ』

『代表としての最後の務めだ。社長ごっこがしたいだけなら、次からは自分で一から組織を立ち上げることだな。それぐらい、優秀な君になら簡単だろう?』


 ボロクソに言われ放題のアスホー。けど上層部だって例の反資本主義契約に合意してる以上は、やってることはトカゲの尻尾切りです。

 利用するつもりが利用されて切り捨てられる。自業自得とはいえアスホーも哀れです。私の前世を殺した報いには到底足りませんが。

 やがて重い扉の閉じる音が響き、ヤツが部屋から締め出されました。真っ暗だから多分ですけど。


「見るなよっ! 見るなぁぁぁぁぁーーーっ!!」


 その直後です。背後の死角から私の脳天をかち割ろうと、鋭い刃物が振り下ろされました。

 生意気にも不意打ちを狙ったようですが、殺気の消し方がなってません。振り向きざまに丸型の術盾で軌道を逸らせて防御し、反撃として不届き者の胴体へ前蹴りを打ち込みます。


「うげぇっ!?」


 鳩尾に爪先がクリーンヒット。漆黒の影法師そのものの人型が、もんどり打って後退します。


 周囲が暗黒なのに影法師がくっきり視えるのは、この空間特有の現象としてもう流します。

 その姿は身長175センチの人間サイズ。凹凸が無くて性別などは判断つきません。

 私が眼球だらけなのに対して、こいつは全身に無数の口が付いています。そこから吐かれる罵声は、アスホーのものでした。


「お前っ! お前ごときが僕の中に踏み込んできやがってぇぇぇっ!!」


 会話をする余地もなく、アスホーは無数の口から泡を飛ばして、手にしたマチェットで斬り掛かってきます。

 ……遅っ!? 腰も入らず脇もユルユルな太刀筋は、紛うことなきズブの素人。こんなん、5歳から荒事に関わってきた私の敵じゃありませんよ。


 私は右前腕を剣状に変形させ、円の動きでマチェット捌きます。

 勢いが空回りしてつんのめったアスホーの脇腹に、今度は回し蹴りをとぉっ!


「ぐっは!?」


 見た目に反してダメージも痛みも普通にあるらしく、腹を押さえて蹲るアスホー。後頭部に追撃の膝を入れて、無様に転がしてやりました。


「なんですか、この手応えの無さは。真面目に戦ってくださいよっ!」


 相手の顎を一旦足の甲に乗せてから、強烈に蹴り上げます。

 仰け反らせて強引に立ち直らせたら、大きく脚を引いて大振りのハイキックをかましました。

 吸い込まれるように顔面を潰した一撃で、アスホーの身体が一回転して地面に叩きつけられます。


「お、おぐぇ……っ!?」


 全身にある無数の口から、苦悶の声とともに嘔吐するアスホーでした。

 うっわ、最悪。汚すぎて追撃する気が失せました。斬新な防御術ですね。


「たくっ。せっかく主人公の一騎打ちイベントなのに、ラスボスが弱いんじゃ盛り上がりませんよ。これだからレベルデザインすらまともに出来ない、三流以下のクソゲーメーカーは」


 触りたくないから言葉で攻めました。すると殴られるより堪えたのか、呻きながらも顔を上げてきます。


「し、素人意見で僕の戦略を語るんじゃあないぃぃぃ! ぼ、僕のプランは完璧なんだ!! 実践できない無能どもが、指示に従えないせいだっ!!」

「今更どう言い繕ったって、あなたに貼られた無能のレッテルは覆りません。結果が全て、ビジネスの常識でしょう。頑張りました、なんて認めてもらえないんですよ」


 こういう意識高い系が普段から使ってそうなワードをチョイスして煽ってやると、アスホーは面白いぐらい反応を示しました。


「違う違う違う違うぅぅぅぅっ!! ぼぼぼ僕は僕はエリートなんだ秀才なんだ他とは違うんだ悪いのは僕じゃないんだ無能が足を引っ張るからなんだ本気出せてないだけだ僕が無能な訳じゃないんだ違う違う違う違うッ!!」

「うわぁ……」


 見苦しいのって突き詰めると殺そうって気さえ失せるんですね。殺す価値もないってこういうのか。どんな命乞いよりも有効ですよ。


「上役の期待に応えられていない無能はあなたですよ。この際です、役立たず同士で仲良くしませんか?」


 あぁ、なんて慈悲深い私なんでしょう。思わず救いの手を差し伸べてしまいましたよ。

 まあ、こういう輩は憐れみや共感が一番心にクるんですがね。クックック。


「ッッッ!? ああああああぁぁぁぁぁっ!!」


 獣みたいに吠えちゃって。がむしゃらにマチェットを振り回し突進してきます。

 でも私が一歩だけ後方に下がるだけで空振るし、つんのめった足を軽く払うだけで無様に顔から転んでしまうのです。


「ちょっと。これでも私、弱い者イジメってヤツが嫌いなんですけど。ラスボスでしょう、意地を見せてくださいよぅ♪ ほら、頑張れ♪ 頑張れ♪」


 精神にも追い打ちを掛けつつ、そろそろどうトドメを誘うか思案します。というか、普通に斬ったり刺したりで倒せるんでしょうかね、こいつ?


「ラスボス……じゃない!! 僕が! 僕が主人公だ!! 主役なんだぁぁぁぁぁっ!!」

「うるさい」


 立ち上がとうとする後頭部を、スパイク状に変形させた右足で踏みつけます。

 腕の刃を背中に突き刺し、腰に向かって引き裂いていきます。


「うぎゃあああああああああああ!?」

『外面だけ整えたところで一時凌ぎでしかありませんよ!!』


 切り裂いてやったヤツの胴体から、これまでとは別の声が聞こえてきました。

 傷口の裂け目を覗き込むと、色とりどりの眼球がこっちを見つめているではないですか。まあキモい。


『考え直してください、代表! それでは我が社の持ち味が活かせない……いや、せっかく育っていた人員もノウハウも殺してしまいます!』

「何度も言わせないでもらえるかな、君? どーせ売れないゲームしか作れない部署に金を掛けても無駄なんだよ! 時流を逃さない為には、もっとフットワークの軽い会社でいないと駄目なんだ! そんなんだから三流ソフトメーカー止まりなんだ、エルドリッチは!」

『そ、その三流からの脱却がグループからの指示だったハズです!』


 アスホーの声もしますが、これも過去の記憶の再生でしょう。

 内容はただのハラスメントですけど……本当にこいつらは高次元存在なんですかね?


『ま、待ってくださいまし!? βテストもせずマスターアップだなんて正気の沙汰じゃありませんの!!』


 あ、今度のはセキシスの声です。……あの人、社内でもあの口調だったんですか!?


「α版で問題なしって言ったのは君だろう。自分の評価に自信がないのか? 年末の発売日に間に合わせる為だ」

『いや、αとβじゃ別物ですのよ!? 第一、本来は夏の発売予定でしたの! 先日の人員削減といい、仕事させる気があるんですの!?』

「たかがテスターの分際で経営を語るな!! 僕が大丈夫と判断したんだから、黙って従えばいいんだよ!! 会社で遊んでるだけの分際で、いちいち口を挟むんじゃあない!!」


 あらら、酷い言い草ですね。私がこんなこと言われたら、その場で辞表を提出しつつ、後日競合他社に社外秘を売り渡すぐらいしかねません。

 ……セキシスも似たようなことやってますね。


 もっと過去の声を聞けないか。私はヤツの身体を細切れにする勢いで斬りつけます。


「ひぎゃあっ!? いだいっ、いだっ、あがっ!? おだっ!!」


 薄布のように切り裂かれる表皮、そこから虹彩のカラフルな眼球がゴロゴロと転がり散らばっていきます。


『おい、どこへ行く!? ここは関係者以外立ち入り禁止だ!』


 他よりも一回り大きな眼球から、野太い男性の声が響きました。痛みに食いしばっていたアスホーの口が、僅かに何かを言いかけました。

 私はその目立つ眼球の掴んで、掌から自らの暗虚へと取り込みました。セキシスの時と同じく、私の中にアスホーの記憶が流れ込んできます。



 解雇されたアスホーは失意の中で本社に戻ると、なんと撤収準備の真っ最中だったのです。

 解散に伴う異動辞令は、とっくに全社員に行き渡っていました。側近の営業部門でさえ例外ではなく、手続きを済ませて引き払っていました。

 開発部門などは、もっと前からもぬけの殻。

 事後処理のある事務方でさえ、明日には〆る予定となっていたのです。

 知らなかったのは、アスホー本人だけ。故意か偶然か知りませんけど、間抜け極まる話です。


 ……展開が劇的に早いですが、こっちと向こうの時間の流れが違うことを留意しておいてください。


 アスホーが勝手に進めていた新事業も、他の役員によって畳まれていました。彼に残されたのは社の貸与物を明日までに返却せよという、極めて事務的な伝言だけ。


 そこで人望の無さ、計画の甘さを猛省して一からの再起を企てたってんなら、まだ見る目はあったのですけどね。

 こいつは、よりにもよってまだ生きてるセキュリティカードを悪用して、この世界への不正アクセスを試みたのです。

 しかも、会社の資産を大量に持ち出して。



「夢が破れた果てに、この世界で『主人公』になろうと? アホくさ」


 ついストレートな本音を抑えられませんでした。

 どこにキレたか全身を震わせながらアスホーが口の数をますます増やします。斬りつけられた傷も、大きな牙を持つ口へと変わりました。


「黙れ黙れ黙れぇ!!」


 胴体の大口が、小柄な私を一呑みにしようと襲い掛かります。虎挟みかよ。

 思いの外速度が素早く、避け損ねた私は両手足を支え棒にして耐えるハメになりました。


「僕はこの世界じゃ神にも等しいんだ!! なんだって出来る!! 理想的な国だって造れる!! ここでだったら、何も失敗しないんだ!!」

「くだら、ない……! 再起がしたいなら、自分の世界でやりなさい……っ!!」


 口が閉じる力は強く、か弱い私の全身が軋みます。術盾ボディの硬度を限界まで上げますが、全身に微細なヒビが入ります。


「ここにあなたの居場所なんてない……っ!! 私が……いる、限り!!」


 両掌、両足裏にスパイクを生やして、相手の顎を貫き反撃します。


「おごぉおっ!? ごッ!?」


 激痛に悶えるアスホーですが、スパイクには返しが付いてます。口を開こうとしても抜けません。

 相手が怯んだので両腕を引き、上顎を引き裂いて脱出。下顎も足を乱暴に抜いてズタズタにしてやります。

 よほど堪えたのか、アスホーはみるみる口を小さくして標準的な人型に戻ります。裂いてやった箇所から、汚泥のような暗虚が滴ってます。


 早速その裂傷に右の貫手を突き入れます。内部で手首から先を変形させ、大量のトゲを全方位に伸ばしてやります。グサ〜。


「おぉぐぶっ!?」


 左手の指先全てを鉤爪に変え、顔面を鷲掴みにして無理やり立ってもらいながら、さらなる痛みを与えましょう。


「どうしましたか? 神にも等しいのでしょう? されるがままですか? 情けない、所詮は口ばっかですね!」


 トゲ付きハンマー状の右手を引き抜き、また貫手に戻して別の裂傷へドスッ! トゲを出してザクッ!


 ドスッ! ザクッ! ドスッ! ザクッ!


 影法師の全身にある口から、悲鳴の代わりに暗虚がダラダラ零れ落ちます。詰まった排水溝みたいな音が汚らしい。


「わざわざ下層と蔑むこの世界に逃げ込んで来たのでしょう!? 神を名乗るなら力を見せてくださいよ! 絶対的な、誰もが平伏す力を!」

「ひぎっ!? ひぐっ!? へげぇっ!! やめっ、ゆるしっ、助け……おごぉっ!?」

「助かってみなさい! 止めてみせなさい! 全知全能だったらねぇ!!」


 鬱憤を晴らすよう、徹底的に斬りつけ、串刺しにし、ぶん殴る。私の前に顔を出したこと、骨の髄まで後悔するぐらい酷い目に遭わせねば!

 まったく、見逃してやろうと思った私の仏心を無下にして。

 地獄の鬼のような責め苦によって、肉体の前に精神をボロ雑巾にしてやりますよ。そらそらぁーっ!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る