第42話 ザ・無職
メールはセキシスへの業務通知でした。
まず第一に、エルドリッチ・ドリームワークスの解散が決定したこと。よって速やかに業務を停止して、添付された緊急コードで脱出するよう厳命されています。こっちの時間で48時間以内に脱出しないと、サーバが閉塞されて二度と元の次元には帰れないそうです。
第二に、■■■■(アスホー)が社の資産を強奪してこの世界に逃げ込んだこと。もうグループからも追放され、何の権限もないけど自暴自棄で何をするか分からないので、関わらず放置するよう推奨されていました。
「そこかぁぁぁぁッ!!」
見当違いな方向へ執拗な火力を叩き込む鉄巨兵のガラ空きな背中が、一気に哀愁を帯びて視えます。
ですが、職を失った見知らぬ他人なんかどうでもいい。よっぽど気掛かりな点があります。
「セキシスあなた、帰っちゃうんですか!?」
思わず詰め寄ってしまうほど焦りました。
メールには緊急脱出ユニットの使い方も記されていて、添付されたファイルを解凍してexeファイル的なのを起動したら即座に発動するらしいです。なんなら、今この瞬間にだって彼女は帰還が可能です。
『あら? 先程は出頭を勧めてきたレティさんではありませんの?』
「それはあなたが断罪してほしいなら、って話ですよ。個人としては残ってほしいに決まってるでしょう」
『…………あ、あらあら……』
眼球一個なのに、目に見えて挙動が不審になるセキシスです。金色の黒眼部分が大きく広がって、気持ち潤って感じられます。
「もっとも、自分の行いにケジメを着けるというなら止めませんが」
『い、イケズですの! わたくしだって、こっちがいいに決まってますの。ですので、ていっ』
メールを選択し、ゴミ箱へ。そのまま中身をクリーンナップ……かと思ったら、ディスプレイがバチバチとスパークして爆発しました。
粒子状になって空気に溶けてしまったのを見るに、ひょっとして端末ごとクラッシュさせたのでしょうか。
『……ふぅ、やっちゃいましたの』
「せ、セキシス……! やっぱり、あなたも私と一緒にいたいのですね!?」
『いや、別に。レティは相棒としてならともかく、恋人としてはちょっと。あ、でも前世の方は好みでしたの。インテリ系のイケオジって雰囲気が素敵でしたわよ?』
ガハッ!? ぜ、前世の自分に負けた!?
ショックのあまり額が割れて、暗虚が少し噴き出しました。我ながらキモグロい。
『うふふふ……あら?』
「こぉんなところに隠れてェェェ! やり過ごせると思ったか、馬鹿めがァ」
やっべ。遊んでる間に鉄巨兵が盆地の淵からこっちを覗き込んできてました。モノアイがキュッキュ、キュッキュと震えながら我々を見つめてきます。
「ん!? んんんっ、お! お前はぁ〜!?」
あ。どうやら私の存在にも気付いた様子。
「どーも。転生時以来ですね、ミスター」
挑発も兼ね、相手の出方を伺うべく呼び掛けました。
「お前……お、お前はァ〜!」
『あ、やっべ』
鉄巨兵のモノアイが、ピントを一気に絞りました。
その寸前、私の胴体をセキシスの暗虚が掴みます。そして私ごと、後方へ猛スピードで飛翔しました。
「お前ぇぇぇぇぇッ!! お前のせいで僕はァァァァァッ!!」
鉄巨兵の胸部装甲が、紅色から黄金色へと輝きを変えます。凄まじいエネルギーの奔流が放たれました。
炎ではなく、熱量を直接放射しているよう。余剰熱量が光に変換されてるだけで、ビーム兵器というわけでもないみたい。まさに熱線砲(ブラスター)!
命中した地面が一瞬で沸騰し、大爆発と火柱が巻き起こります。逃げた先の我々にも、無数の飛礫が襲ってきました。
多重構造の術盾に周囲の空気を取り込んでクッション状にし、どうにかこうにかやり過ごしま――駄目だ割れたァァァーーーッ!!
危ういところでセキシスに引きずられて別の窪地へ避難出来ましたが……にしてもあいつ、問答無用で撃ってくるとは!
「てか、なんでアッチが私に激昂してんすか!! 逆でしょ、逆!?」
『多分、あなたのせいで事業が失敗したって思い込んでるですの。知らんけど』
「あんですと!?」
なるほど、だから「お前のせい」ですかってあの野郎!! 罪悪感も反省もゼロか、あの野郎!
「そーゆーこったら遠慮しねーぞ、馬鹿野郎。手ずから地獄に叩き落としてやらぁね!」
「口調が迷走してますの。つーか、さっきはもうどうでもいいって言ってませんでした?」
「目の前にノコノコ出てきたんなら話は別ですよ。殺らなきゃ殺られるし」
セキシスは「そりゃまーそうですの」と納得しつつ、私を掴んだまま再び4時の方向へ跳躍しました。
鉄巨兵の放つ弾幕から、寸前まで潜んでいた窪地へ着弾。その爆風に乗って移動しつつ、空中で急制動からのアクセルターンを極めて対空砲火を回避します。
上下左右への強烈なGは、生身だったら首がへし折れて内臓が潰れたほど。ですが今の私は、その最中に術矢を放つ余裕があります。
鏃に自分の暗虚を注入して番えます。機動と回避をセキシスに丸投げし、狙うは鉄巨兵のモノアイです。
第一射。空気抵抗を無視した亜音速の矢弾が、発射とほぼ同時に命中します。
「ぐっ、うわぁ!?」
と同時に、鏃の暗虚が飛び散りました。
カメラレンズを塗り潰し、鉄巨兵の視界を奪います。
外見の勇壮さに不釣り合いなアスホーの悲鳴が響きました。
「見えないっ!? 視えないよぉーっ!!」
鉄巨兵の両腕がメチャクチャに振り回され、砲弾が広範囲へ拡散されます。
お陰で砲弾の密度が薄まり、こっちの攻撃チャンスが増えました。拾った拳大の石ころを暗虚で汚染して、弓の形状を巨大なパチンコに変形させます。
第二射。狙いはやっぱりモノアイです。
「ふごっ!?」
再び命中。巨体が仰け反る程度の衝撃を与えますが、損傷は見受けられません。
まだ威力不足ですか、そうですか。
『お見事、レティ。ところで、どうして攻撃に暗虚を絡めているんですの?』
空中の何も無い場所で三角跳びを披露しながら、セキシスが尋ねてきました。私としちゃ、その機動力の秘訣を聞きたいところですが。
「どうせあいつも無敵モードとか使ってるんでしょう? でも暗虚だったら無効化出来るんじゃないかと思いまして」
『あ〜。レティ、賢いですの。それ正解ですの』
「もっとも、致命打には程遠いですがね」
術矢でも汚染瓦礫でも、装甲にかすり傷一つ与えられないのが現実です。飛ばせるギリギリの大きさの瓦礫を用いて三射目を試みましたが、怯ませて弾幕を途切れさせるだけに終わりました。
陛下の幻影剣、あれの矢バージョンとか出来たら簡単なんですがね。私には原理すら理解できない高等技術なのですよ、あれ。
ヤケクソになった私は、自分の右前腕の肘関節を超強力なスプリングに変形。マッハ2は固いロケットパンチとしてブッ放します。
結果は、潰れた右腕から大量の暗虚が相手の上半身を覆い、より強力に視界を奪うだけでした。
……どーすんだ、これ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます