第41話 最後までエルドリクオリティ
突然の衝撃。しばしの浮遊感からの暗転。
断続的な意識の明滅を起こした私は、気付けば屋外に放り出されていました。
それは遺跡の外、という意味ではなく。地下空洞を覆っていた分厚い岩盤が丸ごと取り除かれて、吹き抜けた青空が拝めるようになっていました。
「ぐあああああああぁぁぁぁぁっ!!」
呆然とする私でしたが、直径数キロもの縦穴に響く絶叫によって正気を取り戻します。
振り返れば、ほんの数メートル先に営業部門総括が作ったのとソックリなロボットがいました。
全長、約5メートル。マッシブな上半身と、ガニ股で短足気味な下半身と外見は同一ですが、色が違う。何重にも重なった金属装甲はビビットレッドに光り輝いて、色味的にも熱苦しい! 電気ストーブか、こいつは!?
ですが、こいつが何者かという疑問は即座に消え失せます。ヤツの無骨な掌で、今まさに圧壊されようとするセキシスを見たからです。
「gaaaaaaaaa!!」
咄嗟に彼女の名前を呼ぼうとし、上手く喋れないことにまたまた驚きます。私の身体もまた、半分以上が瓦礫に押し潰され、暗虚が飛び出したゲル状となっていたのです。
「この役立たずがァ!! 散々に僕のプランを無駄にしやがってェェェ!!」
「ぎぃぃぃッ!?」
深紅の鉄巨兵がさらなる力を加え、ついにセキシスのアバターが破断。上半身が千切れ、形を急速に失って金色の眼球体を露わにします。
直径は営業部門総括と比べて遥かに小さく、私の背丈の半分ぐらいでした。眼球としては規格外に巨大ですが。
『ふう。……フン、ついに代表自らデバックですの? 少しはエンジニアの苦労が身に沁みました?』
アバターを失ったセキシスですが、ダメージ自体は無さそう。鉄巨兵の眼前でフワフワと漂って、相手を煽ります。
……つうか、代表って言いました?
つまり、ヤツがエルドリッチの代表取締役?
「エンジニアがなんだってんだ!? お前らはなァ、必要な時、適当に揃える道具ナンだよ!! 僕の言う通りに動くのが仕事だろうがッ!! 言われたことぐらい全部やれよッ!!」
『だったら完遂できるスケジュールと人員を配備してくれます? 魔法使いじゃないんですの、わたくし達も』
「ッ!! 偉そうに口答えすんじゃねーよ! 何様だ、貴様ァ!!」
鉄巨兵がセキシスに殴り掛かりますが、彼女は軽快にそれを躱し、股下を潜り抜けておちょくっていました。愉しそう。
「僕の手を煩わせるんじゃあないぞ、お前ぇぇぇッ!!」
追いつけそうで追いつけない鉄巨兵が、とうとうキレました。
両手を前方に突き出して五指を広げ、そのぶっとい指先を左右にオープン! とてつもない弾幕を展開し始めましたァーッ!!
こっちにまで砲弾が飛んできたーーっ!!
「いつもいつもいつも、無能が足を引っ張っるからァァァーッ!! 僕の苦労も知らないでェェェェェーッ!!」
バスケットボールみたいな火球を秒間30発ぐらいの勢いで乱射、さらには上半身をミキサーみたいに大回転! 狙いなんて定めず四方八方撃ちまくり天国です!
咄嗟にその辺の城壁跡に身を潜めましたが、どんぐらい持つかな、この壁?
周囲を見回しますが、あるのは瓦礫と岩石と土砂が重なった丘陵地帯だけ。もはや遺跡など跡形もありません。
セキシス以外のみなさんの安否は不明。まあ私が生きてんだから大丈夫でしょう、どうせ。
「避けるな! 避けるなッ! 避けるなァァァ!!」
『ヘイヘイヘイ♪ 鬼さんこ〜ちら〜ですの♪』
セキシスは夥しい火砲をスイスイと回避して、手拍子まで鳴らす余裕を見せつけます。……眼玉だけでどうやって音を出してるのかは謎。
そうして空中を滑るように、ツィーっと私の下まで飛んできました。
『レティ、みーっけ♪ ですの』
「ですの、じゃねーです! あなたがこっちに来たら私まで――」
「そこかーァァァァッ!!」
毒々しい暗赤色のモノアイのピントを神経質なまでに調節しながら、十本もの火線が私の隠れる瓦礫に集中します。まるで戦車……いえ、二足歩行の戦艦です!
分厚い城壁も数秒と経たずに木っ端微塵。私は寸前でセキシスに引っ張られ、正面の窪んだ盆地に転がり落ちました。ふーっ、間一髪……じゃねー!
「gaaaaaaa!?」
『あらあら、可愛いお顔が台無しですのよレティ? 中身出ちゃってますの』
崩れかけた身体で喋るのもままならない私に、セキシスが眼球姿のままケラケラ笑いかけてきます。
なんですか、もう。酷い姿はお互い様じゃないですか!
『いいからさっさと修理しますの。わたくしと違って、レティは中身が剥き出しだと蒸発してしまいますのよ?』
マジですか!? どーりでさっきから全身がチリチリ焼け付くと思ってたんですよ!
えーっと、アバターの修理ってどうやるんです!? てか修理って出来るんです!? おせーて、せんせー!
『術盾で身体を作って着ぐるみみたいに入り込めば充分ですのよ。応急処置としては、それで充分。得意でしょう、そーゆーの』
か、簡単に言ってくれますね!? ま、出来るんですが。
(精神、集中……!)
暗虚(なかみ)の飛び出した身体ごと包むように、術盾で輪郭を形成。そこに自分を注ぎ込んでいくと、なんかスライムにでもなった気分です。
完成した姿は、まるで影法師が三次元化したような黒一色と不格好ですが、取り敢えず活動には支障ありません。
体幹も問題なし。全力疾走も余裕そう。
名残惜しいですが、ロリ巨乳は陛下の胸ぐらいフラットに削りました。再現が難しいし、運動性を重視した高機動フォルムと割り切りましょう。
ついでに頭部の前後左右、胴体、背中や脚などに追加の眼球を生成。360度のパノラマ視界を確保しました。
……うん。数を増やしすぎなければ、情報過多で自壊することもなさそうです。
『お上手。随分と思い切った形状にしましたのね。今後はその姿でいきますの?』
「間に合わせですよ。質感とかの再現は苦手なんです。知ってるでしょう?」
喉が無いので、全身を振動させて代替えしました。金属質でくぐもった汚い声ですが、これも仕方なしと割り切ります。
「私よりもセキシス、あなたこそアバターを直しなさいよ。私、あんなゴツいのと戦えませんよ?」
『残念ながら、わたくしのアバターはあなたと違って複雑ですの。自動修復以外だと、専門家のメンテナンスが必須なんですの』
「何の為のデバッグツールですか!?」
『もう権限を剥奪されて起動すら出来ませんの』
「僕が出て来いって言ったんだぞッ!! なんでその程度が出来ないんだよォォォォッ!!」
金切り声が会話を遮ってきました。あんまり呑気してる余裕も無さそう。
『勘の良いあなたは気付いてると思うけど、エルドリッチの元代表取締役様ですの。今は解雇されて無職だそうで』
セキシスが空間投影ディスプレイを一枚開いて、翻訳されたメール本文を見せてくれます。
コンプラ意識低いな〜、というツッコミは置いておいて。その内容たるや、聞くも語るも苦笑いな内容でありました。
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