伍、一日目
ついに城戸らは秩父市で恐怖の夏休みを過ごそうとしていた。夏の日差し。夏の匂い。
『…来ないで』
誰かの声。
城戸は遙か向こうにある深い山の方に目を向けた。
「…?」
不思議そうに首を傾げたが、神谷の話が始まったので、すぐに山から視線を背けた。
「ついにこの日がやってきたな!!」
ついに来てしまった…。城戸は落ち込んでいた。久保が楽しそうに「怖いの?」とからかうが、図星なので何も言えない城戸であった。
「俺たちは今日から3日間、解体村の謎を解明しようと思う。入り口はほら…あの山が見えるだろう?」
神谷は楽しそうに目をきらめかせながら、その指を山の方へ向けた。
あ、あの声が聞こえた方向の山だ。
城戸は、背筋が凍ったような感覚に襲われる。さっき聞こえた声が解体村の入り口からだとは・・・。
「あの山っすか?」
「いかにも」
真山の質問に、嬉しそうに神谷は答えた。真山は「ふーん」と無表情で山を見る。
「まずはあの山に向かう。あの山にある入り口に入ってからがスタートだ。前に説明した“ルール”を決して忘れるな」
榊がノートを取り出して、改めて説明した。
「一、入り口の近くに黒い鳥居がある。
二、一際大きな寺院が村のどこかにある。そして、決してその寺院の中に入ってはいけない。
三、人喰いが存在する。
四、その村で怪我をしてはいけない。
五、その村で出されたものを決して食べてはいけない。
六、夜九時から朝五時までの間、外出してはいけない。
七、黒い鳥居から出るまで、どんな事があっても決して振り向いてはいけない。」
「―――・・・」
夏なのに、冷たい風が通った。その風は山の方から吹いていた。まるで「入るな」と城戸たちを拒むように。
「よし、行くぞ」
山に向かって歩き出した九人。これから九人を襲う悲劇が起こるなど彼らには想像もつかない。ある一人を除いては・・・。
「ちっ・・・」
山の名前は「死峠」というらしい。秩父の住人は山に近づこうとも、行こうともしないらしい。
向かっている途中で、老人に「悪いことは言わない。あの山に行くのはやめとけ」と忠告を受ける。
「なぜですか?」と城戸が尋ねると、老人は静かな声で話し始めた。
「前もお前達のような若者が大勢に訪れては、あの山に向かった。しかし、誰も帰っては来なかった」
城戸たちの他にもここにやってくる者はいる。死に行く者たちを老人は何年も何十年も見てきたのだろう。
神谷は笑って「大丈夫ですよ。ご忠告どうも」と爽やかに言ったのだ。老人は力なく、「そうか」と短く答えた後、自分の家に戻っていった。その小さな背中がとても悲しく城戸の目には映ったのだった。
「大丈夫ですかね、神谷さん・・・」
「大丈夫よ。しっかり準備してきたから」
榊にそう言われ、城戸は「そうですか・・・」とこれ以上は何も言わなかった。
しかし・・・運動が苦手な城戸にとって、山に向かうまでの道のりは厳しくて。
「なんで上り坂が多いの!」
「仕方ねーだろ。山だぜ?」
川西に正論を言われ、何も言えなくなった城戸。ブツブツと文句を言いながらも足を進めた。
さっきから真山は何も言わない。冷たい目でただ、あの山を見つめているのだ。真山と城戸は中学校からの友人ではあるが、あまり真山のことを知らないのだ。・・・親友なのに、変なの。城戸は無性に淋しくなった。
「城戸?どうした?」
中田に話しかけられる。城戸は笑顔を繕って、「なんでもないよ」と答えた。
「着いたぞ」
神谷の言葉と同時に入り口と見られる、黒い鳥居が見えてきた。
ついに、来てしまったか。と城戸は泣きそうになった。真山は相変わらず何も言わない。秩父に来てから、真山はまだ笑っていない。
黒い鳥居に入り、足を進めていく。別世界みたいに寒く、空気が重い。城戸は気持ち悪くなったのか、手で口を覆う。城戸の恐怖心は最高限度までに達していた。その時だった。
「秋。大丈夫だよ」
聞きなれた声。顔を上げると、真山が優しく微笑んでいた。
「…宗ちゃん」
城戸は落ち着いたのか、深呼吸し始めた。
「俺の腕、つかんでな」
真山にそう言われ、素直に応じ、腕を組んだ。城戸の足幅に合わせるように、真山はゆっくりと歩く。腕から伝わる真山の温度に城戸は安心する。
感覚にして、1時間ほど歩いただろうか。どれだけ歩いても、歩いても、その村の入り口が見える気配はしなかった。何事もなく、無事に終わるといいな。そう、城戸は祈るように心の中で呟いた。
そんな城戸の祈りは叶わず、
「あった。ここだ」
神谷の声で俯いていた顔をあげた。黒い鳥居がそこにはあった。妙に古びていた。その先には、解体村がある。冷や汗が止まらない。震えも止まらない。
本能が叫んでいた。
ここに入ってはいけない、と。
「行くぞ」
神谷が先頭に立って、いきいきと鳥居の向こう側に歩いて行った。城戸はさらに身体がこわばった。
―――九人は鳥居の先へと、足を踏み入れた。
深い森。夏なのに冬のような寒さが肌に突き刺すようにして、城戸はその寒さに怯える。他の人は何事もないような顔をして、足を進めていく。怯えながらも、懸命についていく。
「寒いな」
中田がそう呟いた。城戸だけではない。ここにいる誰もが、気づいているのだ。この森の不気味さに。誰も言わないだけで、みんな怯えているに違いないのだ。夏の日差しが全くなく、夜のような暗さ。スマホを見れば、朝の十時だが、朝だとは思えないくらい、暗い。
ひんやりと冷たい風がずっと吹いている。
「思ったんだけどさ」
沈黙を破ったのは、川西だった。
「宿とかどうすんだ?」
そうだ。神谷が言うには、二泊三日でこの村を調査するらしい。
「大丈夫だ。調査によれば、宿らしき家があるらしいんだ。そこで泊まらせてもらおう」
「人喰いがいるかもしれねえのに?」
川西のそんな言葉に全員が固まった。彼らが向かう場所は人喰いがいるかもしれないとされている村だ。餌が自ら喰われに行こうとしているのと同じだ。
「それが目的なんだからいいだろ」
神谷と川西との間で険悪な雰囲気が漂う。今思えば、川西は最初から、あまりこの企画に乗り気ではなかった。自分の可愛い後輩が行くとなれば、と思って参加したのだろう。川西はチラリと隣にいる城戸を見た。青ざめた表情で、川西と神谷を見つめていた。
「・・・一つ条件がある」
「何だ?」
「なんか一つでも問題が起こったら、オレと後輩は帰るからな」
「ああ」
二人の話は終わったが、それでも険悪な雰囲気は消えない。
宿につくと、優しそうな老人が「ようこそ。ゆっくりしてくださいな」と部屋を案内してくれた。古し、狭い宿なので九人とも同じ部屋になった。
神谷と川西の言い合いはまだ続いている。
「神谷。本当にこの宿に泊まるのか?」
「そうだよ」
「もし、人が襲ってきたらどうする?こんな宿で安心して眠れるか!」
「大丈夫さ。なんとかなるさ」
「もっと危機感持てよ」
「話にならないな」と神谷は榊のもとへ行った。
川西は一際大きなため息を吐いた。
気まずくなったのか、中田は眼鏡をかけ直し、立った。
「ちょっと散歩でも行ってくるわ」
「わかった」
城戸はそう返事した。この得たいの知れない村を散歩するなど、普通ならしないのだが、この時は微塵も思わなかった。
そう、この村の異常さに呑まれていたのだ。
城戸はできるだけ、真山から離れないように座っていた。神谷と榊は二人でこの村を回ると言って、出て行った。ここにいるのは、城戸、真山、川西、中田、黒杉、久保の六人だ。先ほどの険悪なムードがまだ残っているため、会話がない。
気まずい空気に耐えられなかったのか、城戸はあらかじめ持ってきたトランプを出した。
「・・・トランプでもしませんか?」
みんなの視線が刺さる。言わなければよかった、と後悔したが真山が大笑いして、「さすが、秋!!」とトランプを切った。
「そうだな」と川西は城戸の頭を撫でた。真山の笑い声のおかげで、この気まずい空気ではなくなった。トランプを始めるが、黒杉だけは参加しなかった。
眼鏡を上げて、大きなため息を吐く。中田は神谷と川西がもめたのを見て、この村に来なければよかったと後悔していた。暇つぶしで入ったサークル。ここまで本格的にやるとは思わなかった。
ふと空を見上げる。灰色の空。今にも雨が降り出しそうだ。降る前までには戻ろう。
さっきからずっと不思議に思っていたが、今は夏休みでしかも八月のお盆。汗をたくさんかいてもおかしくないはずなのに、この村に入ってから、汗ひとつかいていない。むしろ寒いのだ。腕を見ると、鳥肌が立っていた。
やはり、この村はおかしい。
川西が言っていた「人喰いがいるかもしれないのに?」という言葉が急に現実感を帯びていた。
スマホを見ると、圏外。外との連絡を取ろうにしても、こんな山奥じゃ無理だな。
眼鏡の汚れが気になり、外しハンカチで綺麗にする。眼鏡をかけようとした時、中田の目に何かが映る。人でも獣でもない何か。
実は中田は他の人よりも目がよく、その代わり目にかなりの負担がかかる。それを防ぐために伊達眼鏡を使用していたのだ。眼鏡のない状態で村を改めて見渡す。
黒い靄が村全体をかこむようにかかっていた。異常な靄の多さに恐怖を覚えた。その中でも靄の多い方向を見やるとあの大きな寺院だった。寺院から何かの気配を感じ取った中田は恐る恐る寺院へ向かった。この村でのルールがあることなど、中田はすっかり忘れていた。
寺院を見つけた中田は寺院のあまりの大きさに、圧倒されていた。木造で建てられた寺院。歴史を感じる古さと貫禄があった。
なぜか、この寺院の中に何かがあると中田は直感した。
寺院に足を踏み入れ、キョロキョロと見回る。誰もいないはずなのに、中田の背中に張り付いて離れない不気味な気配。この寺院には何かがあるのか?
しばらく歩くと、目立つ大きな扉が目の前に現れた。厳重に閉ざされたこの中に何かがいると中田はふと思った。ガチャンと鍵が開く音がした。その瞬間、さっきまで出なかった汗がどっと溢れ出した。
嫌な汗だ。
ここに入ってはいけないと頭では分かっていても体は扉に引き込まれるようにして、中田はドアノブに手をかけた。
鈍い音を響かせて扉は開いた。真っ暗闇だ。スマホのライトで辺りを照らしてみる。広い部屋のようだ。何もない。
一体、この寺院はなんのために建てられたのだろうか。中田はふむ、と考える仕草をした。
ライトが何かを照らしたのに気づいた中田はライトの光の先へ足を進めた。そこにあったのは・・・。
「ここで何をしておる!!」
老人がすごい剣幕で、中田を追い詰める。その顔があまりにも恐ろしかったので、中田は寺院から逃げ出した。
口を手で覆い、先ほど見たものを思い出す。
あれは、何かの肉だった。いや、人間の手らしきものがあった。そして、その近くには誰かがその手を食べていた。
――――人喰い。
その言葉が脳裏をすぎった。
後ろから住民が追ってくる。オノや包丁など、手に持ち、中田を追っていた。
中田は思い出す。この村でのルールを。
二、一際大きな寺院が村のどこかにある。そして、決してその寺院の中に入ってはいけない。
中田は、目に涙を浮かべた。しまった。俺はルールを破ってしまったのか。
そして、先ほど目撃された老人に腕を掴まれる。その老人の顔は喜びに満ちていた。
「捕まえた」
「うわああああああああああああああああああ!!!!!」
深い森の中で中田の悲鳴がどこまでも響いていた。
トランプなどの暇つぶしがきりのいいところで終わった。ふと、スマホを見れば夕方の四時。トランプ遊びが盛り上がっていたから、夕方になっていたことに気づかなかった。
久保と黒杉も散歩に出かけているのか、いつの間にか宿からいなくなっていた。
「川西さんって、うちの近くのコンビニでバイトしているんですよね」
「なにそれ、初耳だぞ」と真山が城戸を睨むが、城戸は気にしていないのかそのまま話を続けた。
「だって、言ってないもん」
「秋の近くとは思わなかったな」
川西がケラケラと笑う。
「ってか、秋になれなれしいのはやめてくださいよ」
「やだね」
また、この二人の喧嘩が始まる。城戸は諦めているので、無視をする。
高橋はスマホをいじっている。
「高橋さん、何見てるんですか?」
「うん?ああ、ランニングシューズ~」
「そういえば、陸上部でしたよね」
「そうそう。走るの、楽しいよ~。城戸ちゃんも走る~?」
「はは。運動苦手なんで、遠慮します」
高橋とそんな話をする。ふと、中田がまだ戻ってきていないことに気づく。
「中田くん、遅いね」
城戸が心配そうな声で言った。真山も「そうだな」と頷いた。
「散歩のついでで、探してみるよ」
川西が重い腰を上げて、そう言った。
川西が出た後、城戸は緊張感から解き放されたように、倒れ込んだ。大きな息を吐く。
「疲れた!!」
「ほんとにな」
「この村、やっぱり何かがおかしいよ」
「・・・」と真山は黙る。まだ、真山から話を聞いていないが、無理に聞こうとは思わなかった。
城戸は真山の気まずそうな顔を見て、「ふっ」と噴き出した。
「間抜けな顔してるよ、宗ちゃん」
「うるせ」
「ふふ」
少し、いつもの宗ちゃんに戻ったような気がする。それだけで、十分。
嬉しそうにニコニコしている城戸に真山は困ったような、泣きそうな微笑みを浮かべた。
秋にはかなわないな。
真山は窓から外を眺めた。ここには来たくなかった。そんな思いを胸にしまい込み、まだ帰ってこない中田に不安を抱く。
「二人って、仲いいんだね~」
高橋のその言葉に城戸は嬉しくなり、「中学校からの付き合いなんですよ」と答えた。
「いいね~」
高橋は真山の目をじっと見つめた。困ったような微笑みを浮かべる真山に高橋は口角を上げた。
「青春せよ、若人よ」
真山は目を大きく見開く。妙に伸ばす口調からして、何も考えなさそうな人だと思っていたのに、案外人のことはよく見ているらしい。
真山の気持ちを見透かしているみたいなそんな目をしていた。
城戸は高橋が言った言葉の意味がよく分かっていないのか、首を傾げていた。
真山はにっと笑った。
「わかっていますよ」
深い森の中に、黒杉と久保はいた。
「なんで、ついてくるんだ」
「あんたがわからないから」
「わからなくて当たり前だろう。人間の心は誰にも分からない」
「いや、そういう意味じゃなくて。あんたは何か目的があって、ここに来たんでしょ?」
黒杉は足を止めた。そして、振り返り、「神の存在を信じるか?」と尋ねた。
「神?」
その時、くらっと立ちくらみしそうな臭いが鼻をかすった。その臭いがするもとへ向かう。鴉の群れが集まっている。あそこに何かがあるのか。
「っ!!」
久保は口を手で覆った。
そこにあったのは、両目のない中田だった。腕や足は獣に食べられていたのか、グチャグチャになっていた。
死体の独特な臭いに久保は涙が出そうになった。
「なんで、死んでるのよ」
黒杉はゴム手袋をした。そして、中田の体に触った。
「・・・気持ち悪くないの?」
「俺、一応医学部だから」
「だからって、死体に触るのは・・・」
黒杉は何も言わないまま、中田の体を観察する。失われた目。何かで斬られたような後。死体を目の当たりにしても冷静な黒杉に久保は恐怖を覚えた。
「あんた、何考えてんの?」
「いや・・・本当に神様は存在するんだなって思った」
眼球をえぐりだされた中田の遺体を見て、黒杉は不気味な微笑みを浮かべた。久保はこの男は何かをするに違いないと思った。
黒杉は単に好奇心でこの村に来たのではない。もっと、深く、黒い・・・欲望に満ちた表情でこの村に何を求めるのか。
ゴム手袋を外したその手は綺麗だった。ちゃんとケアされていて、傷一つもなかった。医学部だからだろうか。
「俺は宿に戻る」
「あたしも」
さっきまで笑っていた黒杉は無表情に戻り、早い足取りで宿に向かっていく。その背中についていく久保は目の前の男が分からないと観察するように見ている。
放っておけないと思い、久保は黒杉を監視することにした。二人は宿に戻っていった。
「・・・まじかよ」
変わり果てた中田の遺体を目の当たりにした川西は吐きそうになった。やはり、この村に来るべきじゃなかった。現に人が一人死んだ。一刻も早くここから出なければ。
宿に戻った川西は村を回り終えていた神谷と榊に「この村から出るぞ!」と言ったが、神谷は頑として首を縦に振らない。
「中田が死んだんだ!」という言葉を呑み込んだ。もし、言えば、城戸は混乱し、泣き叫ぶだろう。この村を出るためには冷静な行動が必要だ。だから、あえて言わなかった。
「もういいだろ。この村はおかしい。だから、出るぞ」
「どうしてだ?」
「はあ!?どう考えてもおかしいだろ。さっき、この村を見てきたが人が住んでいる気配がない。本当に、この村は普通の村なのか?」
「だから、都市伝説だと言われるんじゃないかしら?」
榊は神谷の味方なのか、神谷と同じように川西の声に耳を傾けようとはしなかった。
川西は舌打ちをした。
「あ、あたし走ってくるね~」
この空気に耐えられなかったのか、高橋は城戸に耳打ちをした。高橋の気持ちが痛いほど分かるので、城戸は頷いた。
「川西先輩の言うとおりっすよ」
真山が口を開けた。
「早く、ここから出た方がいい」
真剣な口調でそう言う。そんな真山に城戸は「宗ちゃん・・・?」と首を傾げた。
「・・・真山は川西が出ると言った理由を知ってるみたいだな」
すぐにいつもの口調に戻り、「いや、なんとなくっすよ」と答えた。
これ以上、真山は何も言わなかった。
高橋は森の中を走っていた。体力が有り余っていたため、風をきるような早さで森の中を駆ける。
気まずいあの空気から逃げた高橋は「楽しくないな~」と思いながら、走る。
汗を流す。やっと、気持ちがすっきりした。
「ライト持ってくれればよかったな」
もう時刻は夜。山奥なので、月の光は入ってこない。森のあまりの暗さに目の前の道さえも見えない。不気味ではあるが、とにかく走り足りない高橋は再び走り始めた。
城戸と真山との会話を思い出す。
可愛い後輩が青春をしている。ふふっと高橋は笑みを零した。
あの真山くん、城戸ちゃんのことが本当に大事なんだねぇ。
春。新しい一年生が入学してきて、他の人よりも真山は目立っていた。男の平均身長よりかなり大きかったので、「大きな子がいる」と二年の間では噂になっていた。
高橋も真山のことが気になっていた。高身長だし、明るいし、イケメンだし。
だから、真山くんがオカルト研究会に入ってきた時は嬉しかったな。
城戸が榊を憧れていることは分かっていた。榊を見るときの目がキラキラしていて、可愛かったのをよく覚えている。高橋はいつも真山を見ていた。それで気づいたことがあった。
真山くんはふざけているように見えるけど、城戸ちゃんを見る時だけは小さな微笑みを浮かべる。まるで愛おしいものを見ているかのように。
それで気づいた。真山は城戸のことが大事なんだと。
それから、真山と城戸を見守るのが高橋の日課となっていた。
「ふふ。頑張って欲しいな~」
下にある根っこに気がつかず、足を引っかけてしまい、そのまま転倒する。思いっきり転んだので、痛みが大きい。膝に手をやると、どろっとしていたので血が出ているのが分かった。ひどい怪我で立てそうにない。助けを呼ぼうとしたが、スマホを宿に置いたままだということに気づいた高橋は絶望した。
こんな暗い森の中にたった一人で朝を迎えるのは淋しすぎる。
「もう~」
どうしたもんか、と高橋は倒れ込んだ。木の葉っぱの隙間から星が見える。綺麗な夜空にすっと心が軽くなった。自然の中でこそ、見られる景色がある。この景色を他の人も見て欲しかったな。
ガサガサと草が揺れる音がした。その音にびびる高橋は「きゃ!!・・・誰買いませんか~?」と草の向こうにしゃべりかける。
出てきたのは若い男だった。ほっとした高橋は「怪我しちゃって・・・宿まで肩貸してくれませんか?」といった。
男は高橋の足を見て、「ああ」と高橋の体を抱えた。
抱えられるとは思わなかったのか、高橋は赤面した。
「あの、ありがとうございます」
男は何も言わない。
宿まで連れてくれるなら助かるな、と高橋は考えるのをやめた。
「なんで、ここに来たんですか?」
「・・・匂いがしたから」
「匂いとは?」
男は高橋を見て、ニヤリを笑った。
「血の匂いだよ」
「え・・・」
灯りが見えてきた。宿に着いたんだと安堵したのも束の間。そこは宿ではなく、古い民家が立ち並んでいた。集落のようなところである。
おろされた高橋はこの集落の奇妙な空気に恐怖を感じ、怪我した足なんとか逃げようとする。
体の大きな中年男性が高橋の足を掴む。そして、「綺麗な足だなあ」とよだれを零す。
「ひっ!!」
その時、高橋は思い出す。ルールを。思い出した瞬間、高橋は自分の死を悟った。
四、その村で怪我をしてはいけない。
悲痛な叫びを上げた。
高橋の周りに人が集まる。暴れる高橋の体を拘束し、中年男性はオノを掲げ、そのまま振り下ろす。
「いやあああああああああああああああああ!!!」
両足が切断され、高橋は叫びを止めない。あまりの痛さに涙を零す。足を切られた。
高橋の両足はどこかに運ばれていった。先ほどの若い男が高橋の上に乗った。
「た、助けて」
男は高橋の口にキスをした。大きく見開いて、男を見た。
「残念だな。ここじゃなくて、別の場所で出会えたらよかったのにな。俺、あんたの顔がタイプなんだよ」
狂っている。この村の住人は狂っている。遠ざかっていく意識の中で、城戸と真山のことを思い出す。
城戸ちゃん。真山くん。早く、この村から逃げて。一刻も早く、ここから逃げて。
男はアイスピックを高く上げて、高橋の心臓にめがけてそのまま突き刺した。血が噴き出し、男の顔や服に血しぶきがかかった。男は顔についた血をペロリとなめた。
絶命した高橋の死体をまた、抱え、森の中に置いた。男は高橋の体を優しく触れた。髪や瞼、首筋、腕、お腹など体の至る部位にそっと口づけをする。
「さっき言ったことはほんとだよ」
男は悲しそうに言った。自らの手で殺したのに、悲しそうな顔をしている。
「この村からは逃げられない」
高橋の体を抱きしめて、夜空を眺める。
「ごめんな。お前は連れて行けない。神様が怒るから」
しばらくして、男はその場から立ち去った。
高橋は無残な姿のまま、森に取り残されたのだ。
こうして、夜は更けていった・・・。
解体村 氷魚 @Koorisakana
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。解体村の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます