肆、夏休み
待ちに待った夏休み!と言いたいところだが、あいにく城戸には《解体村》の謎を解明するという恐怖の予定がある。
ジリジリと肌に突き刺すような暑さの中、城戸は汗を流しながらも、歩いていた。
ミーン、ミーン…。
蝉の鳴き声が煩くて、城戸は小走り気味にコンビニへ向かう。何故、コンビニに行くのか。午後、泊まりに来る真山のためにお菓子や飲み物が必要だからだ。
コンビニに入り、空調の効いた店内に 「ふわぁー」と間抜けな声を漏らす。
お菓子コーナーを見て、真山の好きなお菓子をカゴに入れて行く。
「飲み物は…コーラでいっか」
買い物を終えた城戸は、神谷の言葉を思い出していた。夏休みに《解体村》に行くと言うことに対して、城戸は「はぁ、やだな」と本音を漏らす。
そんな暗い気持ちでレジに向かう。
「いらっしゃいませー…あ?秋?」
上から聞き覚えのある声が落ちてきた。上を見ると、川西がいた。
「え、な、ど」
城戸が言いたいことが分かったのか、川西はちゃんと答えてくれた。
「バイト」
「あ、そうですか」
セブンイレブンの服を着ている川西は何故か、様になっていた。
くそう、イケメンは何を着てもイケメンなのか。
「ここでバイトをやっているということは、家が近いんですか?」
「そうだけど。お前んち、ここの近くか?」
「はい。歩いて一分くらいですかね」
「近いな。オレんちにも近いかもしれねぇな」
川西の家と近いという衝撃な事実に城戸は驚く。もしかしたら、知らないだけですれ違ったこともあるかもしれない。
「それで、この大量のお菓子はなんだ?」
川西がカゴに指を指した。
「あぁ、宗ちゃんが泊まりに来るんですよ」
「宗ちゃん?」
「真山です」
「真山か」
ふーんと言いながら、会計する川西。
初めて川西を見た時、怖かったのに、今、こうして普通に話せている。それもそのはず。川西は思ったよりも話しやすかったからである。年上だからなのか、必要以上に距離を詰めてこないし、男前な性格をしているので、城戸にとって川西は話しやすい人となっていた。
「オレもいつか、泊まらせてくれよ」
「そのいつかがあれば、いいですよ」
「お前、結構言うな」
川西はくしゃりと笑った。その笑顔の破壊力はすごくて、店内にいた女の人の胸を射た。チラリと振り返ると、顔を赤らめる女の人が何人かいた。
確かに、この人イケメンだもんな。
手際よくレジ袋にお菓子を詰めていく川西。
「ありがとうございましたー。また、来いよ」
ニヤリと笑う川西に城戸は「はい」と答え、コンビニを後にした。
暑い日差しの中、城戸は足を早めた。近所に川西が住んでいるということに嬉しく思いながら。
そして、午後。真山が来る時間となった。
ピンポーン。
玄関のインターホンが鳴る。
ドアを開けると、「よっ」といい笑顔で真山が立っていた。
「こんにちは」
真山は中学生から城戸の家に泊まっていたので、我が家のような態度でくつろぐ。
真山はソファにもたれかかり、大きな欠伸をしていた。
「コーラ飲む?ポテチもあるけど」
「くれ!」
「はい」
「なぁ、秋」
ゲームをしながら、真山は言った。
城戸と真山は絶賛格闘中で、お互いの顔を見ず、テレビに夢中していた。
「何?」
「先輩から連絡、来た?」
「いや、まだ来ていないよ」
あれから、神谷からの連絡はまだ来ていない。
まだ、《解体村》が見つからないんだろう。
「…そんな簡単に見つかるわけねーよ」
ボソッと呟く真山のそんな声を城戸は聞き取れなかった。
「何か言った?」
「いやーなんでも」
ヴーヴー。一件ノメッセージガアリマス。
お、噂をすれば神谷さんだ。
「神谷先輩?」
「うん。えーと、なになに」
メッセージの内容を真山にも分かるように、声に出して読む。
「『よぉ。城戸、夏休みは楽しんでいるか?俺は榊とついに《解体村》の入り口とみられる黒い鳥居を見つけた。まだ、中には入っていないぞ。みんなと一緒に行くまでの楽しみってことだ。もし、そこに真山がいるのなら、聞いてほしい』…って、なんだろ?」
というか、《解体村》見つけたんだ。
《解体村》を見つけないでほしいと願っていたから余計、すごくガッカリだ。
いや、そんなことよりも…。
真山がいるのを分かっているみたいな内容だった。
「…俺に聞きたいことってなんだよ」
不機嫌そうな声を出す真山。
「ちょっと待って。えーと…『真山は《解体村》の真実を分かっているみたいだな。そこで、お前に聞きたい。お前は《解体村》をどう思っているか?を知りたい』だとさ」
神谷の問いにさらに不機嫌になる真山。 よっぽど、聞かれたくなかったみたいだ。
「…クソな村」
短く答えた真山はそれっきり、何も言わなかった。
城戸は神谷のメッセージにとりあえず、返事をしといた。
『こんにちは。お疲れ様でした。《解体村》を見つけられてよかったですね。いつ、行くんですか?あ、メッセージの通り、宗ちゃんも一緒にいたので尋ねてみました。そしたら、「クソな村」とだけ答えました。神谷さんは宗ちゃんに何を聞きたかったんですか?』
すぐに神谷の返事が来た。
『いつ行くかはまだ決めていないが、お盆の日に行こうと思っている。俺は真山が何かを隠しているように思えてならないんだ。ま、続きは真山の口から聞くことにする。また連絡する』
真山はイライラしているのか、貧乏ゆすりをしていた。
「宗ちゃん。イライラするなよ」
城戸もスマホを机の上に置き、真山の隣に座り、またゲームを始めた。
「…いつ行くのか?」
「詳しくはわからないけど、お盆の日だって」
「よりによって、お盆の日かよ」
真山はソファから起き上がり、舌打ちをした。そしてそのまま、城戸のベッドの上に寝転んだ。
「おい、それ俺のベッド!」
「いいじゃねーかよ。俺たちの仲だろ?」
大きくため息を吐いた真山はボソボソと話し始める。城戸は話を聞いた方がいいと思い、ゲームをやめ、ベッドの上に座った。
「俺はさ…神谷先輩と榊先輩よりも《解体村》を知っている。今は、それしか言えない」
「うん」
そう言う真山の顔がどこか悲しそうで。辛そうで。一人できっと耐えて来たんだろう。
「大丈夫。お前が言いたくなるまで、俺は待つよ」
城戸は大きく笑った。今まで、真山が城戸にそうして来たように。
「…俺な、姉がいたんだ」
「ん」
「とても、優しくて…明るくて…。俺は姉が大好きだった」
「ん」
「…でも…」
真山の声が震え始めたので、城戸は真山の手の上に手を置いた。
「…もう言わなくていいよ。もういいよ」
真山の嗚咽が、部屋中響いた。
誰にだって、言いたくない過去はある。 それを無理に聞く権利も資格は誰にも存在しない。それは皆が同じ。
「…落ち着いた?」
「…落ち着いた」
「ん、じゃぁ、泊まれば?」
「ん。ありがたく、泊まらせてもらうわ」
真山は城戸の顔をジッと見つめたかと思えば、「やっぱり、お前は《解体村》に行っていいような人間じゃねぇ」と言った。
そして、逃げるかのように「風呂に行くわ~」とお風呂へ向かった。
ヴーヴー。一件ノメッセージガアリマス。
「うん?」
タイミングを計らったかのように、真山が行ったあと、神谷からのメッセージが届いた。
『榊と相談して、お盆の日に行くことにした。二泊三日くらいの荷物を用意しとけ。真山にも言っといとくれ』
メッセージをお風呂から戻ってきた真山に伝えると、真山は力なく微笑んで、「そうか」と言った。洗面所に行こうとする真山の体を、思わず引き留めた。今にも消えてしまいそうだったから。
「秋?」
「宗ちゃん。どこかに消えてしまわないよね?」
そんな直感がするんだ。その不安をかき消すように、城戸は真山の大きな背中をぎゅっと抱きしめた。
「俺はずっと秋のそばにいるよ。約束だ」
「うん・・・」
真山はそっと城戸から身体を離した。
それでも城戸は真山から離れようとはしなかった。そんな城戸に真山も気付いていて、困ったように笑う。「いつまでもこれじゃ、俺ドライヤーできないじゃん」と言った。
「うん・・・」
何も起こりませんように。
城戸はそんな祈りを真山の背中に捧げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます