参、”長谷川椿”という人物


キーンコーンカーンコーン…。


授業の終了を知らせるチャイムが鳴ったのと同時に城戸は教室から出た。


「腹減った」


今日は真山とは別の講義を取ったので、真山とは食堂で会う約束をしていた。

城戸は大学の食堂の料理が大好きで、1日の中で一番幸せだと言うほどである。


食堂には大勢の人がいた。それもそのはず。今日は一番人気である「オムライス」の日だからだ。


思わず、城戸は頰が緩んだ。その時、城戸は浮かれていたのだ。だから、ちゃんと周りを見ていなかった。


ドンッ。


そのため、誰かとぶつかってしまった。


「あっ、すみません!」


慌てて顔を上げると、「あ?」と眉間にシワを寄せる川西がいた。


ヒェッ!川西さん!


川西は城戸を見て、うーんと頭を捻る。すると、思い出したような顔をした。


「ああ、オカルト研究会の時にいたチビか」

「チビじゃ、ありません!」

「チビだろ」


川西は城戸の身長を測るような仕草をした。それが城戸を怒らせる。


「何なんですか!」


川西は膝を曲げ、城戸の視線に合わせた。


「なんだっけ、名前」

「この前、紹介しましたよね!城戸秋です!」

「そうだった、そうだった。秋な」

「勝手にしてください!俺、もう行くんで!」


その場から早く離れたくて、川西と別れようとしたが、当たり前のように後ろに川西がついてきた。


キッと睨むと、「オレも食べに来たんだ」と川西は素っ気なく言った。


もう、いいや。


諦めた城戸は、食券を手に入れ、受付に向かい、「オムライスをください」と言った。


「今日も来たね!城戸ちゃん!」


毎日食堂に行くので、食堂のおばちゃんに顔を覚えられた。それで可愛がってもらっている。


「はい、オムライスね!」


ホカホカの湯気を出し、眩しいくらい鮮やかな黄色のオムライスを目の前にして、よだれが出そうになった。


「ありがとうございます!」

「オムライス好きなのか」

「そうですよ」


隣で川西はカツ丼を受け取っていた。なんとも男らしいチョイスである。


カツ丼も美味しいよね。


「あ、城戸ちゃん。真山くんがあそこで待ってるって言ってたわよー」


おばちゃんが指す所に目を向けると、真山が手を振っていた。


「おばちゃん、ありがとう」


オムライスを持ち、真山のいる席へ向かう。何故か、川西と一緒に。


「おす、秋。で、その後ろにいる人は?」

「こんにちは。川西さんだよ」

「お前、確か真山だっけ?」

「そうっすよ。なんでここに来るんですか?」

「あ?別にいいだろ?オレがどこで食おうが」


真山と川西との間で火花が散る。


「宗ちゃん、いいから食べようよ。川西さんも」


城戸の声で真山と川西は言い争いをやめた。


「オムライスかー。相変わらず子供味覚だな」と真山がからかう。


「ぷっ」と川西が噴き出す。


「うるさいな!美味しいんだからいいでしょ!川西さんも笑わないでください!いただきます!」と城戸はオムライスを頬張る。


「秋って面白いやつだな」


そう川西が呟くと、「なんで秋って呼んでいるんすか?」と低い声で真山は言う。


「秋って呼ぶ許可はもらってるぞ」


川西はニヤリと笑ってやる。二人が険悪な雰囲気をしているにもかかわらず、城戸は……。


美味しい。さすが人気メニュー!


と、美味しそうに食べていた。


「なぁ、秋」

「ん?」

「美味しいか?」

「うん」


真山が物欲しそうな目でオムライスを見るので、スプーンでオムライスを掬い、そのまま真山に差し出す。


「食べる?」

「え、いいのか?」

「うん」


真山は口を開けたので城戸はそのまま口にオムライスを入れた。


カッと目を大きく見開いた真山は「うまい!」と大きな声で言った。


「でしょ!」

「お前らって仲良いのな」


川西がカツ丼を食べながら、言った。


「まぁ、中学生からの付き合いなんで」


真山が答える。


城戸はジーっと川西のカツ丼を見つめていた。そんな城戸の視線に気づいた川西が、食べようとしていた手を止めた。


「あ?…食いたいのか?」

「あっ、いえ。ただ、美味しそうだなって」


今にもよだれが垂れそうな勢いで見て来るので、川西は「プッ」と笑い、城戸にカツ丼を差し上げる。


「やるよ、一口」

「え、いいんですか?」

「おう。口開けろよー」


城戸は目をキラキラさせて、口を開けて、カツ丼が運ばれて来るのを待つ。


口の中に広がるカツ丼の濃い味に、「うーん」と城戸は美味しそうに食べる。


「川西さん、ありがとうございます!」

「なんか、俺、お前気に入ったわ」


川西が城戸の頭を優しく撫でる。


川西さんって、いい人なのかも。


単純な城戸である。


「川西先輩!秋の頭撫でるの、やめてくんねぇっすか」

「あ?別にいいだろうが」


真山と川西が口論していると、後ろから「お、城戸と真山と川西じゃないか」という声が聞こえたので、振り向くと神谷と榊がいた。


「一緒に食べていいかしら?」と榊が言ったので、「どうぞ!」と答えた。


「川西。食堂に来るなんて、珍しいな」


神谷が川西に話しかける。二人とも同じ法学部らしく、仲は良いそうだ。


あの川西さんが、法学部…。頭いいんだな。


川西に対する印象が変わった。


「たまの食堂もいいだろ」


冷たい言い方をする川西だが、神谷は「そうか、そうか」と全く気にしていないようだ。


「さて。食事中に悪いが、あれから、さらに調べて来たんだ」


「後にしろよ」と川西が言うが、神谷はそのまま話を続ける。


神谷と榊は色々調べてきたらしく、神谷が持つ資料には黒い字で埋め尽くされていた。


「それで、また新たなことが分かった」

「ごちそうさま。それで、なんですか?」


オムライスを食べ終えたので、神谷の話に耳を傾ける。


「前に、噂について少し話したろ?その中で人喰いがいるという噂があったろ?」

「はい」

「どうやら、本当らしいんだ。正確には、人を喰べる習慣を作り出した人物がいる…が正しいかな」

「へぇ、誰っすか?」


真山は頬杖をついて、神谷に尋ねた。


「長谷川椿」

「女の人なんですか?」

「そうだな」

「十年前くらいの話だそうよ。《解体村》と呼ばれる前の話。その村は観光客でとても賑わっていたらしいわ」


榊が資料を目にしながら、そう話す。


「でも、その村の本当の名前は分からないんだよね。今、調べている途中だからね」


困ったように眉間にシワを寄せて、笑うその仕草さえも綺麗だな、と城戸は密かに思うのであった。


「その村で長谷川椿という若い女の人がいた。とても美しく、不思議な力があったらしい」

「不思議な力?」

「人の病気、怪我を治す力だ」

「へぇ、すごい能力ですね」

「あぁ。だから、彼女なくては村の未来はないと考える人々が多かった。彼女は村の寺院の中に一人だけ暮らしていたらしい」

「神様…みたいなものですかね?」

「そうだろうな。村の人々にとっての神様だったんだろう」

「その村、頭イかれてるんじゃねーの」


カツ丼を食べ終えた川西が言った。城戸はその通りだなと思っていた。


「まぁまぁ、聞けよ」と神谷が榊に視線をくれる。


「そして、彼女はある日突然発狂したのよ。理由は未だに謎だけど。とてもひどい雨の日のことだったらしいわ。長谷川椿が突然発狂し、寺院で掃除のバイトをしていた高校生、永井幸太郎を包丁で切り裂き、バラバラにした。そして、その死体を喰べたらしいわ」

「食堂でする話じゃないだろ」


大きなため息を吐いた川西。


「…」


なにも言わない真山。


「…なんてむごい」


城戸は吐き気がした。こんなことが現代にあるのか。いや、信じたくなかった。


「村の人々は、彼女は何か悪いものに取り憑かれたと考えたのさ。そこで、彼女を寺院に閉じ込め、人の死体を調達し、彼女に差し上げることで彼女の怒りは収まるという理由で人を殺しては、バラバラにした。それが、《解体村》の由来だ」


資料を読み終えた神谷はふぅとため息を吐いた。


「じゃぁ、今も…」

「そのしきたりは今も続いているんだろうな」


長谷川椿という人物は、村の人々にとって神様のような存在だった。だから、彼女がおかしくなったせいで、村もおかしくなったんだ。


城戸は遣る瀬無い気持ちになった。簡単に命が奪われる。そんな現実に悲しく思った。


「もうすぐ、夏休みだろう。俺と榊は秩父に下見にしに行くつもりだ。そこで、《解体村》を見つけたら、連絡する」

「…分かりました」





ミーンミーンミーン…。



遠くから蝉の鳴き声がした。


まるで、何かが起きる兆しのように。

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