弐、違和感
眩しい朝の光で目を覚ました城戸は憂鬱な気持ちになっていた。
先週、つい勢いで神谷についていくことになったが、冷静に考えてみてとても馬鹿なことをしたなと後悔し始めていた。
カーテンを開けて、窓も開ける。
夏の朝早くの気温は低く、ちょうどいい風が吹いている。その風に当たり、城戸はため息を漏らす。
でも途中から逃げるわけにはいかない。そして何よりも、榊さんに嫌われたくなかった。
そんな思いが城戸の背中押しになっていた。
ヴーヴー。一件ノメッセージガアリマス。
メッセージが来たのを知らせる音がしあので、スマホを取り、画面を開いた。
宗ちゃんだ。
『おはよう!一緒に大学行かね?いつもの所で待ってる!』
相変わらず朝からテンションの高い真山の文章に城戸は『おはよう。分かった。』とだけ返事をした。
いつも通りに出る準備をする。
顔洗っていた時に、ふと視線を感じた。後ろから誰かに見られている…。そんな気がした。
慌てて振り返るが、誰もいない。
「はは…。ビビりすぎでしょ」
自分を馬鹿にするような笑い声を上げた。しかし、その笑い声は乾いていた。
気のせいだ。《解体村》の話をしたからだ。そもそも、実在するわけがない。
―――あくまでも都市伝説なんだから。そう、自分に言い聞かせた。
時計を見ると、もう時間が迫っていた。
「あっ!ヤバイ!!宗ちゃんが待ってる!!」
身だしなみを整え、家を出た。
小走りに南浦和駅に向かうと、途中にあるコンビニの前で真山が立っていた。
イヤホンで音楽を聴いていた真山は城戸に気付くと、イヤホンを外した。そして、手を振る。
「おはよう!秋」
「おはよう。朝から元気だね」
「それだけが取り柄だからな!」
城戸と真山は交流し、大学へと向かう。城戸は朝あった出来事を真山に話した。
「視線を感じるぅ?」
大きな欠伸をかました真山は、眠そうに目をこする。
「気のせいじゃね?」
かかかっと笑い、城戸の話を真面目に聞こうとしない。
「気のせい…だよね」
城戸は不安そうに、電車から見える風景をボーっと眺める。そんな城戸の様子に真山は鋭い目つきで、見ていた。その瞳の奥に“何か”を抱えながら。
そして、大学に到着し、いつも通りに授業を受ける。
城戸は懸命にノートに書き写しているのに対して真山は堂々と寝ていた。城戸はそんな間抜けな顔で眠る真山に、通常運転だ、と思い、起こさない。
そして、オカルト研究会の時間になり、二人は部室に向かう。
「秋~。あとでノート、写させて」
「ジュース一本ね」
「げっ!分かったよ」
そんなくだらない会話をしている途中で、中田と会う。
「よっ。中田じゃねーか」
軽いノリで中田に話しかける真山。すぐに軽いノリで話しかけられるのは、真山の良いところでもある。
「こんにちは。中田くん」
「おー。真山と城戸か」
中田は理学部で、特に数学が好きだそうだ。文学部である城戸と真山は苦笑いをする。中田とお話ししながら、城戸は楽しそうに数学の話をする中田を見て、本当に数学が好きなんだな、と思った。
「ありゃ~?真山くんと城戸ちゃんと中田くん~?」
妙に伸ばした言い方をするのは、一人しかいない。高橋さんである。
「こんにちは。高橋さん」と城戸。
「って、なんで、ちゃん付け?」
「可愛い顔しているから?」
「なっ。嬉しくないです」
「あっはははは!!!」と大笑いする真山を睨む。
「どうも」と中田。
「こんにちは~」
高橋は体育学部らしく、さっきまで走っていたそうだ。しかし、さっきまで走っていたとは思わせないくらい元気で話している。恐るべし、体育会系。と城戸は微かに思う。
部室に着き、ドアを開けた。
「失礼します」
するとそこにはもうすでに神谷と榊、久保、黒杉がいた。神谷と榊は何かの資料を手にしていた。
あれ?川西さんがいない。
キョロキョロと川西の姿を探すが、やはりいない。
「おう」と神谷が城戸たちに声をかける。
「あの、川西さんは?」
「川西ならいないぞ。バイトで」
「そうなんですか」
「城戸くん。こんにちは」
榊からの挨拶。その他のみんなからも挨拶される。城戸は丁寧に挨拶を返していく。
「何を調べているんですか?」
城戸は神谷の近くに座り、尋ねた。
「あぁ、秩父市について調べていたんだ」
「秩父はいいよ~」
高橋が言った。どうやら高橋は走るコースとしてお気に入りの場所らしい。
「秩父ってとても空気が澄んでいるらしいのよ。観光地にもなっているし、そんな所にあるかもしれないなんて…信じがたいわよね」
榊は困ったように笑う。
「それでこれからどうするんすか?」
真山が欠伸をしながら、神谷に聞く。
先輩に対してその態度はどうかと思うが、神谷はそんな小さなことを気にするような男ではない。
「とりあえず、秩父に行ってどこにあるか探す。それからがスタートだ」
神谷は楽しいことがある時はいつも口元に手を持って行き、笑う。
「あ、そうそう」
榊がカバンからノートを取り出し、開いてみせた。
「《解体村》について調べているうちに、妙な噂を見つけたの」
その噂というのが―――…。
一、入り口の近くに黒い鳥居がある。
二、一際大きな寺院が村のどこかにある。そして、決してその寺院の中に入ってはいけない。
三、人喰いが存在する。
四、その村で怪我をしてはいけない。
五、その村で出されたものを決して食べてはいけない。
六、夜九時から朝五時までの間、外出してはいけない。
七、黒い鳥居から出るまで、どんな事があっても決して振り向いてはいけない。
「へぇ。注意事項みたいね」と久保。
「久保さん、怖くないんですか?」
「んー?別に?あたし、ホラー好きなんだ」
久保とちゃんとした会話をしたのは、これが初めてだった。派手な見た目をしているわりには、意外と話しやすかった。
「君は苦手?」
「まぁ…ええ」
苦笑いしながら答えると、久保は意地悪っぽく微笑んだ。
「今度、ホラー映画貸してあげるよ」
「いや、いいです!」
「面白い」とボソッと黒杉が呟いているのが聞こえた。その表情は実に不気味だった。
「なぁ、秋」
ヒソッと耳打ちしてきた真山。
「黒杉先輩、なんかよく分からない奴だな」
真山も同じことを思っていたみたいだ。
「そうだね」
城戸も声を潜めて言った。
「《解体村》ってかなり、危ないんじゃないんですか?そもそも、本当にあるんですか?」
「あるさ」
城戸の問いに即答した神谷。
「だから、このような都市伝説が残るのさ」
「でも…」
「危ないことだと分かっている。だが、真実を知らなきゃ俺の気が済まないんだ」
「……」
神谷の力説に城戸は何も言えなかった。
「うーん。神谷先輩、秩父に行くのは別にいいんすけど、もっと詳しく調べおいた方がいいっすよ」
いつもヘラヘラしている真山がまともなことを言ったので、少し驚く。
「…その口ぶりだと、真山は《解体村》についてよく知っているみたいだな」
神谷の鋭い指摘に真山は「いやー。なんとなくっすよ」とはぐらかした。
「後輩の戯言ってことにしてくださいよ」
宗ちゃんは何かを知っているのだろうか。
そう言えば、最初から真山は城戸たちから一線を引いていたような気が城戸は思えてならない。
「宗ちゃん、何かを知っているの?」
「んー」
聞いても真山からは曖昧な答えしか返ってこない。
「ま、時間はたくさんあるんだ。調べまくって、準備が整ったら行こう」
「秩父に下見しに行かないと」
神谷と榊は下見についての相談をし始めた。
「よし、みんな帰っていいぞ。お疲れ」
神谷にそう言われ、帰ることにした。
《解体村》に行きたくないという気持ちがさらに強まる。
「じゃぁ、お先に失礼します」
「お先―」
部室の扉を静かに閉め、城戸と真山は他のメンバーに別れを告げ、大学を後にした。
外はすっかり日が暮れていた。駅に向かう帰り道で、沈黙が続く。
「……」
「……」
そんな沈黙を破ったのは、真山だった。
「なぁ」
「ん?」
「秋は《解体村》に行きたいのか?」
そう言う真山の顔はいつになく真剣で。
「正直、行きたくない」
「だったら…」
「でも、ついて行くと言ったんだ。最後までやり遂げる必要がある。ほら、あれだよ。“男に二言はない”ってやつ」
ヘヘッと城戸は笑ってやる。すると、目を大きく見開いていた真山が急に笑い出した。
「あっはははは!!!」
「どこに笑う要素がある?」
「うん。そうだよな、秋はそういう奴だもんな」
今日は宗ちゃんの様子がとにかく変だ。
城戸は心配していた。
きっと、尋ねても「なんでもない」と宗ちゃんは言うのだろう。なら、俺は宗ちゃんが言うまで待つことにしよう。
今日は満月。それも大きな満月。
満月はただ、月明かりを二人に照らし続けるだけだった。
「…」
城戸の心に蟠りを残したまま…。
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