壱、都市伝説《解体村》
「なぁ、知ってるか?」
それは、ある青年の楽しそうな声から始まった。
「《解体村》」
知らないという声があちこちから聞こえてくる。もちろん、城戸もその一人だった。
城戸はオカルト研究会のメンバーの一人である。大学に入学した時、どのサークルに入ろうか迷っていたところ、ある綺麗な人に誘われて入ったのだ。
我ながら単純だな、と思った。
チラッとある人を見る。長いストレートの黒髪を小さな花が付いているゴムで纏め、凛とした眉、大きな瞳。そう、この人こそが城戸をオカルト研究会に誘った張本人、榊である。城戸の二つ上で、オカルト研究会の副リーダーである。
あぁ、今日も綺麗だな。
城戸は心の中でそう呟く。
「今日も榊先輩、美しい!」
隣から呑気な声が飛んでくる。
「声が大きいよ、宗ちゃん」
その呑気な声の正体は、城戸と同じく榊に誘われて入った城戸の同じクラスの真山だ。真山とは中学校の時から一緒で、いわゆる腐れ縁という奴である。
「いいではないか、秋」
互いに下の名前で呼び合う仲である。真山はいつもヘラヘラしていて、周りを笑わせる。ムードメーカー的な存在である。城戸とは正反対の性格をしているが、馬が合ったのか、ずっと一緒にいる。
「《解体村》っていうのは…いや、その前に確認しようか」
話しているのは、リーダーの神谷だ。明るい金髪に両耳にピアスをつけている。見た目は完全に不良だ。
城戸も最初は怖かったが、オカルト研究会に入ったその日に「おー、新入生か!」と、とても嬉しそうな顔で城戸に笑いかけてきたのだ。話してみると、フレンドリーで、とても明るい人だった。なぜ、金髪とピアスを?と聞けば、「厳格な親に少し反発したくてな」と神谷は悪戯っ子っぽく笑った。
『人は見かけによらぬもの』という言葉は本当なんだな、と思った城戸であった。
それから神谷は城戸の尊敬する先輩となっていた。城戸が憧れている榊とは幼馴染らしく、とても仲がいい。
羨ましいなと常に思う城戸だったが、神谷だからなのか、そこまで嫌な気持ちにはならなかった。
城戸は懸命に神谷の話に耳を傾ける。
「《解体》って、どういう意味か、もう一度確認しようか。城戸、答えてみろ」
指名されたので答える。
「えーと、バラバラにする…ですかね?」
「その通りだ」
「つまり、人が人を解体…バラバラにする村ってこと?」
榊のその言葉に、「そうだ。さすが、真由だな」と口元に笑みを浮かべた神谷。
「そう、《解体村》とは、人間が人間を殺し、バラバラにし、その人肉を喰べる村のことだ」
うわぁ…、と城戸は吐きそうになる。
城戸はあまり、そういうグロテスクなものが得意ではないのだ。
なんだっけ…。人が人を喰うって…あ、カニバリズムだ。
「今まで多くの人たちが、その《解体村》に訪れた。しかし、戻ってきた者は存在しない。その村で本当に殺しがあって、バラバラにして、その人肉を喰べているのか、気にならないか?」
目を細めて、笑う神谷に榊は「あなたは一度疑ったら、とことん疑う。自分が納得いくまで追求する。それが信だもんね」とふっと笑った。
あまり笑わない榊が笑ったので、少し周りがざわめく。
「なぁ、秋!笑ったぞ!」
いちいち大きな声で騒ぐ真山に城戸は苛立ちを覚える。
「いい加減に静かにしなよ」
そう注意し、また神谷の話を聞く。
「あぁ!早速、村に行こう!」
そう言う神谷に城戸は勘弁してくれと項垂れる。
「…と言いたいところなんだが、場所がわからないんだ」
「そうなんですか」
城戸はホッとした。
そんな怖い村に行くなんて、自分から死に行くようなものじゃないか。
「あれ、場所が不明って…《杉沢村》みたいですね」
「素晴らしい!城戸。さすが真由が見つけた新入生だな」
神谷はニヤリと笑った。
「そうなんだよ。《杉沢村》にそっくりなんだよ」
《杉沢村》とは某県のどこかにある村で、詳しいことは分かっていない。ただ、とても小さい村だったらしい。
《杉沢村》
ある日、その村に住む一人の男が突然発狂して住民全員を手斧で殺害、犯行後男もまた自らの命を絶ってしまったため村には人が一人もいなくなってしまったのだ。
この事件により、村として成立しなくなった杉沢村は、事件を覆い隠そうとする自治体によって密かにその存在を抹消された。
地図上から名前を消され、某県の公式記録からも名前を消された。
廃墟と化した杉沢村はそれ以来近づく者はなく、五十年の歳月が静かに流れていった。
ところが…いかに某県が真実を隠蔽しようとしても、人々の記憶までは消せるものではない。
杉沢村の事件は地元の老人たちによって語り伝えられ続けていた。
一説では作家の横○正史はこの杉沢村の事件を伝え聞き、その話をモデルにして「八つ墓村」を執筆したと言われている。
杉沢村の事件は地元の住人にとって言わば公然の秘密であったのだ。
ある日のこと、某県の山中をドライブしていた三人の若い男女が道に迷い、山奥にある古ぼけた鳥居の前に辿り着いた。
鳥居のすぐ下には大きな石が二つあり、そのうちの一つは髑髏のような形に見える。
運転手の若者はこの時、昔聞いたある噂のことを思い出した。
髑髏岩の祀られた鳥居が杉沢村の入り口であるという噂を。
男二人は車から降りると「恐いからやめよう」と嫌がる女を連れ出し、杉沢村を探検してみることにした。
鳥居をくぐり百メートルほど杉林の中を歩いて行くと、不意に三人の前に空き地が広がり、そこに四軒の古びた廃屋が姿を現した。
そのうちの一軒の家に三人が足を踏み入れると、その家の内壁には大量の乾いた血の跡がある。
男たちが背筋に寒いものを感じた時、連れの女性が突然こう叫び出した。
「ねぇ、絶対に何かおかしいわ。人の気配がするの!」
驚いた三人が慌てて廃屋の外に飛び出ると、確かに彼らを囲むように大勢の人がいる気配を感じる。
三人は大急ぎで車へ向かい走り始めた。
ところが、どうしたことだろう。
どんなに走り続けても、なぜか車のもとへ辿り着くことができないではないか。
広場から車までの距離はほんの百メートルほどであったはずだし、三人は行けども行けども杉林の中から抜け出すことができないのだ。
いつしか三人ははぐれてしまい、女性一人だけが長い間走り続けた後、どうにか車まで戻ることができた。
幸い車のキーは差したままになっている。
彼女は助けを呼びに行こうと運転席に乗り込み、車を発進させようとキーを回した。
ところが、なぜかいくらキーを回してもエンジンがかからない。
彼女は泣き出しそうになりながら何度も、何度もキーを回し続けた。
その時…
「ドン、ドン、ドン!!」
突然車のフロントガラスから大きな音が鳴り響いた。
見ると車のフロントガラスを血に染まった真っ赤な手が激しく打ちつけている。
いや、フロントガラスだけではない。
車の前後左右の窓に多数の血まみれの手が現れ、一斉に窓ガラスを突き破るかのような勢いで叩き始めたのだ。
彼女は恐怖でその場にうずくまると、やがて意識を失ってしまった…。
翌日の朝、地元のとある住人が山道の途中で、血の手形が多数につけられた車の中で茫然自失となっている彼女の姿を発見した。
彼女の髪は恐怖のためか一夜にして白髪と化していたという。
病院に運び込まれた彼女はそこでその恐怖の体験を物語った後、突然姿を消してしまった。
これ以来彼女の姿を見た者はなく、彼女の連れであった二人の男性も姿をくらましたままである。
呪われし悪霊飲むら、杉沢村。
ここに足を踏み入れた者に、命の保証はない。(都市伝説から引用)
「それが《杉沢村》さ」
淡々な口調で話す神谷に少し恐怖を覚える。
「日本各地にはこのような都市伝説が存在する。俺は真実を知りたいだけだ。だから、俺と一緒に真実を解明してほしい。もちろん、無理強いはしない。俺についてくる人は手を挙げてくれ」
力強い目で話す神谷には揺るぎない覚悟があった。危険を冒してまで、真実を知りたい。そんな神谷の好奇心による追求心について行けない人がほとんどだろう。
しかし、そんな予想を裏切ったのは…榊だった。
「私は信についていく。だって、昔からそうだったから」
「真由、ありがとう」
神谷と榊との間には計り知れない信頼関係があった。城戸はそこには踏み込めない。
でも…少しでも近づきたくて。
憧れの二人に少しでも近づきたくて。そんな気持ちが城戸の右手を挙げさせていた。
「俺も神谷さんについていきます」
「城戸…ありがとう」と神谷は大きく笑った。榊も「城戸くん、よろしくね」と城戸に笑いかけた。
榊に笑いかけられた瞬間、心臓がバクバクと早く脈打つ。
笑ってくれた!
「秋が行くなら俺も」
真山も右手を挙げた。それが合図だったかのように、次から次へと手が挙げ始める。
「じゃぁ、あたしも」
少しツリ目で見た目が派手な、いわゆるギャルっぽい女性が手を挙げた。
「オレも。暇だし」
目立つ銀髪に、ジャラジャラとしたピアスをつけた男性も同じように手を挙げた。
「あ、俺も」
緑の眼鏡を掛けている男性。
「……」
ストレートの黒髪の男性が、何も言わず、手を挙げた。
「私も行く~」
妙に伸ばした口調をした女性。
「手を挙げていない人は帰っていいぞ。俺の話を聞いてくれてありがとう」
神谷のその言葉でゾロゾロと手を挙げていない人たちが帰り始める。
もしも、神谷と榊に憧れていなかったら、城戸もあの中にいたのだろう。
そんな気持ちで帰って行くみんなを見つめる。
「じゃぁ、この九人で《解体村》の謎を解明しよう。まずは場所を見つけなければならない」
「…おっと」と、神谷は自己紹介をし始めた。
「一緒に謎を解明していく仲間だから、改めて自己紹介をする。三年の神谷信だ。よろしく」
「同じく三年の榊真由です。よろしくね」
ふわっと柔らかな笑顔を浮かべる榊。それを見た城戸は思わず、見惚れてしまう。
「あっ。一年の城戸秋です。よろしくお願いします」
慌てて城戸は自己紹介をした。
「一年の真山宗佑っす。よろしくお願いしゃーす」
軽いノリで挨拶した真山は城戸の肩に手を置き、「ちなみに秋の一番の親友でっす!」とふざける。城戸は「こいつの言うことは無視していいですよ」と苦笑いをした。
見た目が派手な女性が「二年の久保愛理。よろしく」と言った。
銀髪の男性は大きく欠伸をして、「三年の川西流」とだけ言った。
神谷とは違うタイプの不良だ。神谷は明るい不良という感じで、川西は硬派な不良という感じだ。
仲良くなれるかな。
城戸は不安になった。
「一年の中田秀樹です」
緑の眼鏡を掛けた男性が軽く頭を下げた。城戸と真山と同じ一年で親近感が湧いた。
「…二年の黒杉隆也」
ストレートの黒髪の男性は小さな声で言った。
名前に黒が入っているだけに、その黒い目の向こうには闇を抱えているように城戸は感じた。
「二年の高橋光です!!!よろしくね~」
大きな声が部室に響く。真山の女バージョンのような女性だ。
「これで自己紹介が終わったな。さて、本題に入ろうか」
腕を組み、楽しそうに笑う神谷。
「《解体村》の場所を探すのが優先だ」
「なら、人気がない山がある県とか町を探すとか」と榊。
「確かに。村と言えば、山とか川の近くですもんね」
城戸は榊の意見に同意した。
「県外にあるんじゃない?」と久保。
「ありそうですね」と中田。
「どうでもいい」と川西は椅子から立ち上がった。
「川西、どこに行くんだ?」
神谷の問いに、「バイト。分かったら、教えてくれ」と言って、川西はその場から去った。
協力する気あるのかな?と城戸は思った。
ほとんど神谷と榊の話し合いで進む。
「県内もありじゃない~?」と高橋がスマホをいじりながら言った。
「なら、秩父市は?」
榊が言った。
隣にいる真山に「秩父にありそうだよね」と話しかけると、真山は鋭い目つきで神谷と榊を見ていた。
「宗ちゃん?」
城戸の呼びかけにハッとした真山は「なんでもない」と笑った。
「秩父…。確かに、山もある。川もある」
神谷は顎に手を置いた。
「俺が次の研究会の時までに調べてくる。今日はここまでにして、帰ろうか」
神谷はリュックを背負い、「図書館に行ってくる」とその場から離れた。
「私も」
榊が神谷を追いかけて行った。
「…」
無口のまま、帰って行く黒杉。
「さよなら」と久保。
同じように帰って行くメンバー。
「秋。ラーメン、食いに行こうぜ」
「いいね!行こっか!」
こうして、第一回の研究会は終わった。城戸と真山はいつものように一緒に夕飯を食べに行くことにした。
部室の電気を消し、城戸たちは部室から出て行った。
誰もいないはずの部室で、地図の本がパラパラとページをめくる音がした。
そして、そのページには《埼玉県秩父市、解体村》と書かれていた。
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