第1話


「ここは……」

 

 目が覚めると、見覚えのない木製の天井が広がっていた。古びた木々が複雑な模様を織り成している。

 

 少年は身体を起こそうとしたが、重力に押しつぶされるような無気力感がそれを拒んだ。逃げるように視線を横にずらすと、先ほどの女性が微かな光を頼りに本を読んでいた。静寂の中、本のページをめくる音だけが響く。しばらくすると、彼女はパタンと本を閉じ、目を細めた。

 

「目が覚めたのね」

 

 彼女は椅子から立ち上がり、そのままゆっくりと少年に近づいた。そして、人差し指と中指を使い、少年の喉仏から鎖骨にかけてそっと撫でた。

 

「さあ、立って」

 

 ついさっき試して、力が入らず立てなかったばかりだ。少年はそう思いながらも腕にグッと力を込めると、不思議なことに身体が軽くなり、簡単に身体を起こすことができた。先ほどまでの脱力感が嘘のようだ。身体の節々まで力がみなぎっている。

 その様子を見た女性は、少年から少し離れ、ドアノブに手をかけ小さく手招きをした。

 

「こっちに来て」


 ――

 

「……ミリー!」

 

 部屋に入ると、ベッドの上でミリンダが眠っていた。先ほどまで身体に沢山あった血痕も全て無くなり、本来のきめ細やかな綺麗な肌に戻っている。何か夢でも見ているのだろうか、幸せそうな顔をしていた。

 

「ごめんね、本当はこの娘の耳も元通りにしようと思ったのだけれど、完全に朽ちた細胞を復元することはできないの」

 

 耳が切り落とされてから時間が経っていたから・・・と、彼女はミリンダの新しい耳にそっと触れる。するとそれに呼応するように、ミリンダの耳がピクッと動いた。

 

「この娘に合う耳がなかったの。ちょうどさっきここに住み着いていた猫が死んでしまったから、これで我慢してほしい」

 

 ミリンダの頭には、大きくてふわふわとした猫耳がついていた。

 

「いえ、命があるだけで奇跡です。それに妹だけでなく俺の命まで……。本当にありがとうございます」

 

 少年が深々と頭を下げると、女性は少し眉尻を下げて言った。

「それは違う。この娘がお兄ちゃんを助けてと願ったから、結果的に二人とも助けただけ。お礼ならこの娘へ」


 ――ミリンダが。まだ五歳の、最愛のこの娘が……。

 

 何か心の底からくる暖かいものが少年を満たし、頬を伝った。彼は直ぐに腕で涙を拭い、床に額をつける。

 

「それでも、ありがとうございます。俺たちも必ずお返しします。何でもします。何か俺たちにできることはないでしょうか」

「顔、上げて」

 

 彼女に言われ顔を上げると、そっと手を差し伸べられた。少年はその手を取り、ゆっくりと立ち上がる。すると彼女は、少しはにかんで言った。

 

「それなら、私と一緒に暮らしてほしい。あなたの名前は?」

「俺は、ジャック・ウェスタリアと言います。ウェスタリア王国の第二王子です。妹はミリンダ・ウェスタリアといい、親しい者からはミリーと呼ばれておりました。失礼でなければ、あなたのお名前は?」

「私に名前はないの。だから好きに呼んでほしい。

これからよろしくね、ジャックとミリー」

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